月華 ―― 雪姫
竹取の屋敷――
「平安コレクションへようこそ。モデルは、平安時代の先駆けデザイナー、月野美弥子です」
シルクのワンピースにロングのワイドパンツを履き、その上に綿入りのガウンドレスを着て、ランウェイを歩くモデルのように、くるりと回って見せた。ドレスの裾がふわりと広がり、波を立てた。
絹を毛羽立たせた白磁色のガウン。さらに脇の切り替えラインはふわふわに仕立てた絹をあしらい、愛らしさを見せている。夜会巻にした髪に南天の枝かんざしがよく映える。
「本日のタイトルは雪のお姫さま。南天の赤が白の衣装に映えるでしょう。あとはフェイスベールで顔を隠せば、完璧です。……なんてね。どう、お父さん。可愛い?」
蚕が飛び跳ねて喜んでいる。
「うんうん、さすが、自慢の娘だ。世界で一番美人だ。何を着てもよく似合う」
「ほめ過ぎ、ほめ過ぎ、親ばかだね。じゃあ、行ってくるね」
「お土産、忘れているぞ」
「あ、そうだった。蜂蜜柚子茶。お湯で割ると美味しいんだよね」
弥子の姿を見て、竹取の屋敷の翁も感動していた。
「眩しいほど、美しいのう。かぐやが自分から中納言さまのお屋敷へ向かうとは。中納言さまなら、高貴なお方をお選びになられたに違いない。媼、喜べ。ついに良き縁談相手を紹介してもらうようだ」
「おや、まあ。かぐやの花嫁姿を見れるのですね」
すっかり見合いと勘違いした翁と媼は、期待に溢れた目で弥子を見送ろうとする。
「違うから。今日は中納言の奥さんと約束があるの。じゃあ、遅くなるけど、心配しないでね」
「かぐや。よいですか。これだと思うたら、勇気をもって飛び込むことも大切ですぞ。泊まりとなっても、私は何も申さぬゆえ、ご安心を」
「だから違うって。……もういいや。行ってきます」
門を出ると、漆塗りの厳かで威圧的な牛車が待っていた。四面全てに御簾が掛けられている。車体には、金銀の装飾品が施されており、車輪にも朱色の彩りと、まさに動く神殿である。脇には、蔵人頭の惟光が控えている。惟光は弥子の姿に思わず見惚れてしまった。
(美しい。まことに美しい。しかも独創的な装いは、まさに神の娘のなせる業。我が主君に、一目お見せしたい……)
「惟光、お待たせ。お迎え、ありがとう。なんか、牛車が立派過ぎてびっくりなんだけど。ちょっと、おおごと過ぎない? 牛車じゃなくて、私も馬が良かった」
馬がいい、心の底から言っていることが惟光には十分伝わった。異国の姫君のような装いで、馬に乗るなど、とんでもない。
「何を仰っておられるのですか。馬などで行かせられましょうか」
惟光の叱りと唾が飛ぶ。
(外見だけが神々しくて、中身はいつもの弥子さまとは、なんとも頭の痛いことだ。先が思いやられる。しかし今日は、振り回されぬよう、しっかりせねば。弥子さまには貴族の姫君のような振る舞いをしてもらわねばならぬ。惟光、心を鬼にしてご指導いたしますぞ)
「あのお方の直々の指示で手配した御車なのですから、今回ばかりは、勝手な行動は慎んでいただきます。よろしいですね。本日参られるは、左大臣の嫡男、中納言藤原博信さまの屋敷にございます。由緒ある格式高い……えっ、あっ、姫君?」
弥子は、すでに牛車に乗っていた。御簾の脇から手を振っている。
「早くしてよ。牛車は遅いんだから、ちんたらしてたら明日の朝になっちゃう」
「大丈夫であろうか。不安だ……」
惟光は重い気持ちで馬に跨った。御者が手綱を引くと牛がゆっくりと歩き出す。牛車の周りで随身が警備を怠らない。誰が見ても高貴な姫が乗っていると分かるほどであった。通りがかる人々が振り返る。
「どこぞの姫の婚礼か」
「もしや、ついに入内か」
「年明け早々、よきお相手が見つかったのね」
「めでたい、めでたい」
「入内だそうだ」
「入内。どちらの方に決まったの」
騒ぎがだんだん大きくなっていく。惟光は背中に冷たいものが走るのを感じた。「そうではない」と否定すればよいのだが、車の中にいるのは皇后となるお方。あながち、否定もできない。
そんなことになっているとは思いもせず、ゆらりゆらり動く牛車の中で弥子は、うとうと。半分過ぎたあたりで、すーすー寝息を立てて眠ってしまった。
中納言邸につく頃には、まさかの大名行列となっていた。退屈しのぎと姫君見たさに皆がついてくる。ぞろぞろ、ぞろぞろ。いったいなんの騒ぎかと、気になって追いかけてくる者もいた。
「どういうことだ。どうしてここなんだ」
「ここは中納言邸じゃないか」
「車にいるのは誰だ」
「なんだよ。ついてきて損した」
「入内じゃなかったのか」
「いや、入内だろ。きっと中納言が推薦して、そのお礼に来たんだろ」
「もしかして、北の方を追い出して、皇族の姫を新しく据え置くんじゃないか」
好き勝手言う噂好きの集団に、さすがの惟光も参ってしまった。
「ええい、向こうへいかぬか」
随身が追い払おうとしても、多勢に無勢。
「詰めろよ。見えないって」
「姫さまーっ。早くお顔見せてくださいよーっ」
ざわざわざわざわ、人の声に弥子が目を覚ました。
「着いたの?」
「は、はい。ですが、しばしお待ちを」
「なんで、こんなに賑やかなの。どこかでお祭りでも……げっ」
御簾の隙間から外の様子を伺った弥子は、大きく口を開けた。どこからこんなに人が集まってきたのだろうか。元日の参拝客のようにいるではないか。
「なに、なにがあったの。説明して」
「それが、皆、入内だと思われて、ついてきた次第でございます」
「入内? なにそれ。なんかの儀式?」
正面を見ると大きな屋敷がどーんと視界に飛び込んできた。コマーシャルで見たような建物に思わず。
「結婚式は京安閣だ!」
弥子の大きな声が響き渡り、一斉にどおっと唸るような歓声が上がった。
「ここで結婚式だって」
「やっぱりおめでたいことじゃないか」
「どこのお姫さまだろ」
「姫さまーっ」
牛車に人が押し寄せてくる。祭の神輿のように、押せ押せ状態。随身の守りも役に立たないほど。
「控えろ」
「不敬であるぞ」
このままでは、牛車がひっくり返ってしまう、と判断した惟光は、苦渋の決断を下した。惟光は牛車を横から支えながら言う。
「も、戻りましょう。今日のところは戻りましょう。また日を改めてまいりましょう」
弥子は腕を組み、しばらく考えこんでいた。この人だかりをどうやって戻る。牛車は無理そうだ。しかも目的地は目の前。
「とりあえず、出る」
弥子は、ゆっくりと立ち上がり、御簾を巻き上げた。
(せっかく、蜂蜜柚子茶持ってきたから、渡したいな。それに私から行きたいとお願いしておいて、行かないのは失礼じゃない?)
「惟光。やっぱ行くわ」
「や、弥子さま。なりませぬ」
踏床に立って弥子は辺りを見渡した。他の貴族の姫とは全く違い、十二単を着ていない彼女は、凛々しく立ち、その姿は異端な存在に映っていた。はきはきとした声で、人々を黙らせた。
「そこ、空けて。危ないよ」
群衆の間を指さす。
「もっと、空けて」
すると、さーっと波が引くように道ができた。
「サンキュー」
踏板から弾みをつけて飛んだ――宙で一回転し、白い雪のように舞い降りて軽やかに着地した。誰もが息を飲み、一瞬、言葉を失った。やがてあまりの鮮やかさに歓声が沸き起こる。
「ごめんね、人と会うから通してくれる? あの屋敷に入りたいの」
その一言で屋敷の門まで道が作られた。そして驚くことに、誰もが自然と平伏した。惟光はその光景を見て、感動と興奮で胸がいっぱいになり、目を潤ませていた。
(やはり、弥子さまは、神の娘だ。あり得ないことが起きている)
「すごい歓迎されちゃった。中納言って人、すごいんだね」
頓珍漢なことを言ってのける弥子を見て、惟光は吹き出しそうになった。
(すごいのは、弥子さまです)
惟光は、ちゃきちゃき歩く弥子を追いかけた。




