月華 ―― 悩める乙女
熱が出た。この世界へ来て、初めての発熱である。弥子は濡らしたタオルで頭を冷やし、掛布団にくるまっている。
「薬を飲んでも効かないとは、いったいどういうことだ。もしかして効果が薄れてきているのかな」
父は、心配しつつ、炬燵の台の上でみかんをチューチューしている。
「違う……と思う。病気じゃなくて、多分、知恵熱? っぽいやつかも」
「知恵熱だと? 私の娘が、非科学的なことを言うとは。……なにかあったのか?」
父は果肉を吸い尽くすと二つ目の白い皮に吸い付いた。
「何もないよ。……ねえ、お父さん。私たち本当のところ、いつ戻れるのかな?」
「五人の貴族の話が終わってないしなぁ、すぐには無理だろうね。遅くとも、二十年後の八月には帰れるんじゃないかな」
かぐや姫は二十年地球で過ごしたのち、月から迎えが来て帰って行った。つまり、今のところ帰る方法に関しては、なんの手立ても見つからないということだ。
「じゃあ、この時代の人って、寿命はいくつ?」
「四十か、五十ってところじゃないか。医療も発達していないし、もっと早いかもしれんな。なんでそんなこと聞くんだ? 昨日、八子の里で何かあったのか?」
弥子は黙り込んだ。帝とキスしたなどと、親に言えるわけもなく。
「別に……。ちょっと聞きたかっただけ。頭、痛いから、寝るね」
頭から布団を被った。目を閉じても帝の事ばかり考えてしまう。唇に残る記憶が、弥子の心を高揚させる。
荒々しく情熱的で求められるような――
(思い出すと恥ずかしい……。でも、キスは嫌じゃなかった。むしろ、ドキドキしたし、なんかやばい気持ちになっちゃったし。帝のこと、多分……私……。でもさすがに、お嫁さんは早すぎる。まだ恋人にもなっていないのに)
足をバタバタさせて、一人悶えている弥子を、蚕はみかんから口を離し、怪しむような目でじーっと見つめている。
「さっきから変だぞ。顔も赤いし。もう一度、万病薬を試すか?」
「いらない……」
弥子は何か気付いたのか、ハッとして、体を起こした。
(よく考えたら、ちゃんとした恋愛も初めてだ。その相手が、帝って……。経験値低過ぎて、想像できない)
今度は、膝を抱え込んでうーうー唸りだした。父は首を傾げて「年頃の娘は、よう分からん」と、またみかんに吸い付いた。
(でも、普通にデートはしたいよな。出先でご飯食べながら美味しいねって……。いや、ご飯は、普通に無理だろ)
弥子は首を振った。
(帝は絶対に外で食べ物を口にしない。皆、どこでデートしているんだろう。町に行っても貴族のお姫さまは見かけないもんな。この時代の人って、どうやってお互いのことを知ったり、仲を深めているんだろう)
物事を深く考えるタイプではない彼女にとって、帝との恋愛は数学の難問を解くようなものであった。考えても仕方ないと判断すると、思考をストップさせてしまう。
「めんどくさ」
(口うるさいけど、面倒見もいいし、惟光に頼もう)
弥子からの頼み事は、随身を経由して惟光の耳へ届いた。しかし、惟光が勝手に決めることもなく、当然のごとく、話は帝の元へ持ち込まれる。
「弥子が貴族の姫を紹介してほしいと申したのか? なにゆえに」
帝が怪訝な表情で聞き返してきた。
「相談したいことがあると申しておりました。嫁がれておる者がよいとも……」
帝は閉じた扇で手のひらをトントンと叩いた。
「つまり、入内について知りたいということか。なるほど、弥子も準備を進めるつもりなのだな。となると、よき相手がおるではないか」
帝はニヤリと笑って、扇子で惟光を指した。




