残月 ―― 蹴鞠
蹴鞠、それは飛鳥時代、中国から伝えられたと言われる球技の一種である。勝敗を競うものではなく複数人で鹿革と馬の毛で作られた鞠を地面に落とさないように蹴る。これは相手を思いやり、協調性や和の心を養うスポーツとして、平安時代の貴族たちに大流行した。
しかし……。
「ふん、手加減はせぬぞ」
帝は鞠でリフティングをして見せる。それを見た弥子は、がぜんやる気を出した。
「望むところよ。行くよーっ。絶対、落としちゃだめだからね」
「はっ、お任せください」
「惟光、反則していないか、ちゃんと公平な審判してよ。帝に忖度したら、二度と、ここに来ないからね」
「し、しんぱん? とにかく、この惟光、この勝負に関しましては公平な立場を務めさせて頂きます」
弥子と帝が、それぞれ随身や近習を牽いてチームを作り、どちらが長く蹴っていられるか。雅な遊びも勝つか負けるか、真剣勝負へと変貌する。
「それっ」
「はい、弥子さま」
「わあ、思ったところに飛ばない。意外に難しいな」
「そうであろう。今のうちに参りましたと申してもよいぞ」
「誰が、言うか。帝こそ、泣いても知らないから」
普段は、重く、張り詰めた空気が漂う内裏の庭に、なんとも楽し気な笑い声が響く。その声は内裏の廊下を伝い、右大臣阿部御主人の耳にも届いていた。何事かと思った右大臣は急いで庭を覗き見る。
「帝と蹴鞠をしておる者は、何者だ。どう見ても貧しい庶民ではあらぬか。なぜあのような者を帝に引き合わせたのだ。惟光もおるというのに。……職務を怠りおって、いったい何をしておる」
怪訝な面持ちで女官を責め立てる。
「……あの者は、帝のご寵愛を賜っておられますので……」
「寵愛だと? 若い男ではないか」
右大臣は足元をふらつかせ、思わず廊下の手すりにつかまった。これまで幾人もの姫君を妃候補にと薦めても、全く興味を示さなかった。それどころか、女房も寝所に入れようとしない。過去に起きた忌まわしき事件が帝を男色にしてしまったのか。これは大事である。
「ならぬ、ならぬ。遊ばれるのは構わぬが、このままでは国が衰退してしまう。権力を奪い返そうとする愚か者ものに足元をすくわれるではないか。すぐにでも姫君を入内させねば」
右大臣は踵を返すと大慌てで自邸へ引き返していった。




