小望月 ―― 弥子、攫われる
「今夜あたり、来てくれるといいんだけどね」
随身は、腰と太ももに紐を巻きつけ、刃の破片と長い釘を数本忍ばせた。
「弥子さま、やつらが乗り込んできたら取り押さえて、白状させればよろしいのでは」
「私の勘だけど……この組織、そうとう大きな権力を持っている人が裏にいると思う。もしかしたら……」
弥子は名前を口にするのを躊躇った。多分、この感は当たっている。庫持皇子だ。物語の中で、かぐやが出した難題の贈り物、職人たちを騙し集めて、巧妙な蓬莱の玉の枝の偽物を作らせることになっている。
「お心当たりがあるのでございますか」
「聞かないほうがいい。間違ってたら、とんでもないことだし」
「もしや、庫持皇子ですか」
随身の言葉に弥子は驚いた。
「どうしてそれを」
「私どもは帝の手足。庫持皇子が港へ向かったふりをして、行方をくらましたことを掴んでおります」
この難題を考えたのは帝だ。つまり、帝はかぐや姫を利用して庫持の動向を探っていたんだ。弥子は自分の手のひらに自分の拳をぶつけた。
「あいつ……。よくも私を利用したな。もう二度と口利いてやらないから」
こつん、家の板戸に小石の当たる音がした。合図だ、やつらが来た。
老婆は近所の家で隠れてもらった。庭の外には随身たちが潜んでいる。弥子と夫に変装した随身は、一枚の藁の敷物に並んで寝転んだ。
随身は息が止まりそうになった。本当になんと美しいのだろう。そして、この言いようのない、爽やかな香り。もう、死んでもいい。いや、だめだ、随身は首を横に激しく振った。弥子さまをお守りするのが今の自分の役目なのに、死んでどうする。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。激しく板戸を叩く音がした。二人は体を起こし、入口を見ている。
「お前さん、誰かきたよ」
バキッと板戸がけ破られ、十人ほどの男が押し入ってきた。腕っぷしの強そうな男ばかりだ。これはさすがに人数が多すぎる。背後から、ひょろひょろした男が顔を覗かせる。恐らく、あれが五平だ。弥子と随身は互いを見て頷いた。
「へぇ、これはこれは、驚いた。見たことないほどの美人だ」
「五平さんよ、連れていく前に、ひん剥いて、やっちまおうぜ」
「お前さん、助けて」
随身の背中に隠れた弥子が、怯えたふりをする。
「こんな薄汚い男に触らせはいたしません」
「なんだと。さっさとその女、よこせ」
「きゃーっ」
弥子の腕を掴んだ男がいきなり倒れた。顔を両手で押さえ、うーうーうめき声をあげてのたうち回っている。指の間から鼻血が流れていた。弥子が肘鉄を食らわせたのだ。
随身も弥子を守りながら、男たちを相手に戦った。
残りが五平を入れて五人になったとき、弥子たちはわざと捕まった。後ろ手にして縛り上げ、身動きとれないことを確認した男が弥子の前にぬらりと立つ。
「手間かけさせやがって。この女」
大きな手のひらで、弥子の頬を激しく叩いた。弥子は床に倒れこみ、あまりの痛さにしばらく動けなくなった。
随身は青ざめた。こんなことなら何が何でも連れ帰るべきだったと激しく後悔した。
「やめろっ。お前が触れていい方ではないっ」
「うるせぇ、黙ってろ」
五平が随身の顔を草履を履いた足で蹴り倒した。縛られる直前まで、随身に殴られていた男たちが、ここぞとばかりに随身に暴行を加えた。
「やめてよ。それ以上その人になんかしたら、絶対許さないからっ」
「お前は、黙ってろ」
大きな図体の男が弥子の腹を蹴り上げた。
「うぐっ」
(いたーっ、さすがに今の効いたわ。顔もまだジンジンしてるのに。女でも容赦しないってことか。こいつだけは、絶対ぼこぼこにしてやる)
敵意むき出しの目で男たちを睨みつける。
「おいおい、大事な商売道具なんだから、ほどほどにしとけよ。しかし、ほんときれいだぜ。こいつを見せたら、相当、大金積んでくれるだろうよ」
「ふざけんな。私をどこへ連れていく気だよ」
「威勢がいいのも今のうちだけだ。客に、尽くさないと痛い目あうぜ。いや、気持ちよくて、ひいひい言うかもな」
「俺が先にひいひい言わせてやろうか」
今しがた、弥子の腹を蹴った男が、舌なめずりしながら弥子の足首に手を伸ばす。
「触るな、気持ち悪いっ。向こういけって」
弥子は男の急所を蹴り上げた。
「あがぁぁぁっー」
男は飛び上がった後、うつ伏せにうずくまったまま、失神した。その場にいた男たちは全員、自分の股間を隠した。
「な、なんて女子だ。ひでえことしやがる」
「おーい、ここだ、ここだ」
外から人の声がした。隠れていた随身たちだ。
「タキばあさんの家が騒がしいぞ」
「盗人かもしれん。見に行くか」
五平たちは、顔を見合わせた。
「やばい、さっさと連れて行くぞ」
「五平さん、こいつは」
「置いていくしかないだろう」
「急げ」
男たちは弥子たちを肩に担ぐと外に止めてあった荷車に乱暴に放り込んだ。上から藁を掛け、走り出す。
でこぼこ道を乱暴に走るせいで、荷車の中で二人は何度も跳ねた。
「いたたた。もうちょっと静かに走ってよ」
「弥子さま、大丈夫ですか」
「うん。鷹さんこそ、相当殴られたよね。ごめんなさい」
「私はいいのです。あなたを守るのが務めですから、たとえ死んでも」
「よくないよ。あなたの命も大切だよ。あなたが死んだら、悲しむ人がたくさんいるのに、簡単に死ぬなんて言わないで。約束してよ」
「御意。ところで、この後は、どうされるのですか」
「向こうに着いたら、様子を見る。ぶっ潰すのは、黒幕が誰かはっきりしてからよ。……ありがとね。あなたがいてくれて、心強い」
随身は揺れる荷車の中で誓った。命に代えてもこの方をお守りするぞ、と。




