小望月 ―― 囮作戦
馬を走らせながら、随身たちは不思議に思った。なぜ、道案内もなしに、方角がわかるのか。
「弥子さまは神の導きでも在らされるのか。なんの迷いもなく馬を走らせておられる」
泥濘や湿った土にしっかりと蹄の跡が残っている。弥子は、随身たちが昨日、馬を走らせたと思われる道を追ったに過ぎなかった。
やがて集落が見えてきた。
「煙……。ってことは、人がいるってことだよね」
馬足を止め、すかさず降り立つと、馬を引いて中へ入っていく。木の枝に馬を繋いだ。
「あのー、誰かいませんか」
弥子の声に気づき、一人の老婆が家の中から出てきた。
「こんにちは。あのー、ここは、かよちゃんて子の村ですか?」
「かよ。かよは、うちの孫だ」
弥子はほっと胸に手を当てた。
「実は、かよちゃん、私たちの所にいるんです」
そう言った途端、老婆が足元にあった桶を手に取り、泥水をぶっかけてきた。とっさに後ろへ避けたが、足元に掛かってしまった。
「お前さんも五平の仲間か。孫を返せ」
竹を掴んで殴りかかろうとする。
「ちょっと、おばあちゃん、落ち着いて」
弥子は老婆から竹の棒を奪い取り、遠くへ放り投げた。
「大丈夫、何もしないから、落ち着いて」
「孫を、孫を返しておくれ」
老婆は泣き崩れて悲鳴のような声で叫んだ。
「安心して。かよちゃんは、無事だから。それより、かよちゃんから聞いたの。みんな連れ攫われたって。詳しく知りたいの」
「ここに、おられましたか。……弥子さま。お怪我はございませぬか」
随身たちが馬から飛び降り、弥子を守るように包囲した。いつどこで何が起きるか分からない。随身たちは辺りを警戒する。
「隣村の五平が、男たちを大勢引き連れて、村に乗り込んできたんだ。借金の肩だと言って、子供や娘たちを皆、攫っていったんだ」
「五平……。そいつが連れてきた男って、どんなやつだった?」
老婆は涙を拭いながら、村を襲った男たちの様相を思い出していた。
「剣を振り回してた」
「剣? 五平が雇った用心棒みたいなやつかな。私が囮になって、そいつらおびき出してみようか」
「弥子さま、な、な、なんと言うことを」
随身たちは、その場で自分たちの首が飛んでいくところを想像し、卒倒しそうになった。
「もはや我慢できぬ。弥子さま、縛り上げてでも連れて帰ります」
「この状況で帰ったら、末代までの恥よ。心配なら、あなたも一緒に囮になって」
「は?」
「残りの人は、私たちの後をつけて、アジトを掴むの。いいわね」
「しかし、私どもは、さすがに女子の格好をしても無理があります」
「ねえ、おばあちゃん、五平の耳に入れたいの。よその村で職人していた息子が若くて美人の嫁をつれて帰ってきたって触れ回ってくれない?」
「弥子さまと夫婦に?」
随身は平伏し、地面に額を擦りつけた。
「お許しくだされ。そのような恐ろしい真似、嘘でもできませぬ。もし帝のお耳に入れば、私の命は百あっても足りませぬ」
「やるの。いいわね。これは帝の大切な民のためなんだから。おばあちゃん、女物の小袖貸してくれる?」
もはや、何を言っても聞き入れてもらえないことを随身たちが悟った瞬間であった。
随身に男の小袖を着せ、弥子も女物の小袖に着替え、腕を組み、隣村の近くを歩きまわった。畑を耕す男が弥子を見て、足の上に鍬を落とす。
「あいたっ」
山菜摘みに行っていた男も弥子の美しさに見とれ、鼻の下を伸ばしている。
「ねえ、鷹さん。早く子供が欲しいわね」
笑顔で、甘えた声を出す弥子を見て随身は、火のように怒る帝の顔しか浮かばない。殺される、絶対、殺される。足がガクガク震えていた。
「や、弥子さま。少し、お離れに」
「あら、いいじゃない。みんなに見せつけてあげましょうよ。私たち、新婚なのよ。ねえ、子供は何人ほしい? 私は、五人は欲しいな」
「は、はい。そ、そう、そうでござ、そ、そう、そうだな。は、は、は、は」
「もうちょっとちゃんと演技してよ。私だって恥ずかしいんだから」
瞬く間に美人の女がいると隣村で噂が広まっていった。
「おーい、聞いたか。出稼ぎに行ってた息子が、えらい美人の嫁つれて帰ってきたって。隣の村で噂になってたぞ」
「聞いた、聞いた。俺もちょっと覗きにいったけど、そらもうすごかった。お姫さまかと思ったね。いやぁ、うらやましい。俺の女と変えてくれんかな」
「出稼ぎに行ってた息子って、どこの家の者だ」
「なんでもよ、タキばあさん家だってよ。俺も知らなかったんだが、一番下の息子、よその村で鍛冶職してたって話だ。その腕に惚れて、女がついてきたらしい」
「へえ。タキのところか。ちょうどいい。あそこの孫、逃げやがって、代わりが欲しかったところだ。それに息子が鍛冶職人ならありがてぇ。人手はいくらでも欲しいからな」




