小望月 ―― 将来のプラン
屋敷に戻った弥子は、父と湯殿に隣接する休憩室で会議を行った。
「とりあえず、子供が助かってよかったけど。お父さんの声を随身に聞かれたせいで、ますます変な勘違いされちやったかも」
「まあ、ばれなかっただけ、よしとしよう。それより、弥子」
「なに」
「お前、帝とどうなっているんだ」
「えっ」
「あいつ皇后とか言ってただろう。まさか、付き合っているのか」
弥子は手を大きく振って、全否定した。
「ない、ない、ない、ない。絶対ない」
「本当か。この前、かぐや姫になって宮中に行った時、何かあったんじゃないのか」
帝にキスされたことを思い出し、顔を赤らめ、冷や汗をかきながら、さらに否定する。
「何もないって。きっと私のこと、すごい能力者だと勘違いして、言っただけでしょう」
目も合わせず、否定する弥子を見て、父は怪しんだ。
(どう見ても弥子は動揺している。絶対、何かあったぞ)
「聞きなさい、弥子。私たちは現代人。ここの人間じゃないんだ。住む世界が違う。いずれ、帰る身。この世界の者とあまり親しくなれば、苦しくなるのは君だぞ」
弥子は、膝を抱え込んだ。自分たちはこの世界の人間ではない、じゃあどうして、ここにいるんだろう。帰る方法も、蚕になってしまった父親が元に戻る方法もまだ見つかっていない。
「本当に帰れるのかな」
娘の悲しい顔を見て、父もまた辛くなった。普段、つとめて娘は明るく振舞っている。不便な時代の中で、快適に過ごすため、色々な工夫を凝らしている。自分はともかく、娘はまだ十八歳だ。万能薬を完成させることを諦めて、帰る方法を探すことに時間を費やすべきではないだろうか。
「大丈夫だ。お父さんを信じろ。万能の天才学者だぞ」
「自分で言う?」
くすくすと笑う娘の顔を見て、すこしだけほっとする父であった。
「ところで、お父さん。かぐや姫が月に帰ったのはいつなの? その時期になったら、勝手に帰る道が現れるんじゃないの」
「言いたくないが、二十年後だ」
「は?」
「かぐや姫は、二十年以上、地球にいたんだよ」
「そんなにいたの? いやおかしいって。なんで月のお迎えに二十年もかかるのよ。三ヶ月で大人になったんでしょう。普通に考えたら月に帰ったとき、見た目、三十歳を越えてるよね」
「そこがこの話の謎の一つなんだ。翁もそうだ。五十歳だと言ったり、七十歳と言ったり、とにかく物語の時間軸がおかしいんだ。かぐや姫は、不老不死の薬を持っていた、もしくは……未来から何度も来ている。宇宙人の可能性だってある」
弥子は腕を組み、うーんと唸りだした。このまま話を聞いても答えは出てこないだろう。それより、今は他にやることがある。
「ごめん、よく分かんないからパス。その辺の小難しい話は、お父さんの分野だから任せる。私は、かよちゃんの方をなんとかする」
「えっ。いや、あのな、弥子」
「じゃ、私は、お風呂入ってくるね」
娘に置いて行かれた父はがっくりして、もぞもぞと竹籠で出来た自分のベッドにもぐりこんだ。
「冷たい娘だ……。お父さんは君しか話し相手がいないんだぞ……。はぁ、雫さんに会いたくなってきた」
月野海は妻を想い、涙した。
樽の湯船に浸かり、弥子は小窓から月を眺めていた。今夜の月は朧月。雲の合間から見え隠れする光に、すっきりしない自分の気持ちと重ねていた。
「このまま、本当に二十年もここにいるのかな。二十年後、もし帰れたとしても、世の中、絶対色々変わってるよね。車があたり前に空飛んでたり、ロボットが普通に街を歩いてたり、もしかしたら圧縮されて豆粒くらいの冷凍食品がレンチンした途端、ちゃんとしたおかずになっているかも」
樽の淵に腕を重ね、顎を乗せて溜息をついた。
「その頃、私いくつ? 三十八だよ。行方不明になっていた親子が突然戻ってきたら、ニュースになるかもしれない。世間からズレた感覚の三十八の女なんて就職も出来ないかもしれないし、結婚だって難しいかも。だったらいっそ、この世界で相手見つけて結婚しちゃう? そう言えば、帝のあれってプロポーズなのかな」
目を閉じると帝の顔が浮かび、弥子は顔を赤くした。
「皇后って、つまりお嫁に来いってことだよね。帝と結婚か……。平安版シンデレラ……。でも皇后って大変そうだし、もっと楽な相手の方がいいんじゃない。例えば、随身とか。いやいや、宮中で働く人の奥さんは大変そうだし、婿を取るって手もあるよね。優しくて妻を大事にしてくれて、イケメンで働き者で……」
弥子はハッとして湯で顔を洗った。
「こわっ、すっかり平安時代に骨を埋める気になってる。とりあえず、誰とも結婚なんてしない。もし二十年、ここで我慢しなきゃいけないなら、絹糸、蜂蜜、シャンプー、石鹸、トリートメントを本格的に売って生計立てればいいのよ。目指せ、凄腕女商人。そしたら、現代に戻ったときも役に立つはず。うだうだ悩むのは性に合わない。よし、明日からも頑張るぞ」
この先、弥子の運命がどうなるのか、月だけが知っている。
弥子が将来のプランを考えている頃、宮中では、惟光が村を調査しに行った随身から報告を受けていた。




