望月 ―― 桑の大木
食後の皿を片付け、弥子は蚕となった父親を肩に乗せ、家のすぐ裏にある山へ入った。
鬱蒼と茂る木々の隙間から、月明かりが細く漏れ出している。
恋愛成就?
願いが叶う?
そんな噂は、今の弥子には酷く滑稽で、あまりに無縁なものに思えた。月の光は甘やかだが、弥子の現実は甘くない。
少し歩くと、驚くほど大きな木が立っていた。幹の太さは四メートルはあるだろう。見上げれば空への視界を遮るように幾重にも重なる枝葉が、夜風に揺れている。
「こんなに大きいの」
「樹齢千五百年の桑の木もあるらしい。こいつも、千年は経っているだろう」
「千年……」
弥子は、大木を見つめた。威圧感とただならぬ気配をまとった大木に息をのむ。木の神様が宿っているかのようにも思えた。
「ちょっと、圧倒される」
「……それだけ時を刻んできた木だ。その葉なら、すごい効力があっても不思議ではない」
人の命は長くても百年。ここだけ空気が違うのも納得だ。桑の枝葉がまるで意思を持って呼吸しているかのように微かに囁いている。
木の下に立つ弥子の足元に生暖かい風が吹く。ごごごーっと地響きとともに地面が揺れ、思わず大木につかまろうとした。
「地震?」
その時だった。
大木が、視界を覆い尽くすほど白く光り、驚いた弥子は木から離れようとした。しかし、大木は弥子の体をその太い幹へと取り込んでいく。
抵抗する間もなく、弥子と蚕は光の渦のなかへ吸い込まれていった。




