小望月 ―― 立場
随身を置いたまま、弥子はずんずんと帝の所へ向かって歩いていく。その目に怒りを滾らせて。
「弥子、大丈夫か」
帝が手を伸ばそうとすると、すかさず惟光が間に割って入ってきた。
「お許しください。あの子供がもし疫病であれば、触れた弥子さまにもうつるやもしれません」
「何を申す。弥子は、神の娘だぞ。惟光、そなたも知っておろう」
その場にいた者全員が凍りついた。
(知ってたの……。知ってて、知らないふり、してたんだ)
弥子は静かに目を閉じた。そして息を小さく吐くと、目を開けて帝を見据える。
「何を勘違いしているのか知らないけど、私は、かぐやじゃないわ。疫病が怖いなら、私をここに残して、帰ってちょうだい」
「弥子さま、主上の立場をお考えください。主上の御身は国の象徴であり、大勢の民の命と責務を背負っておられるのです。たかが子一人のために、大勢の民を危険にさらすおつもりか」
「そうね、惟光の言っていることは分かる。でも医者にかかることもできない子供がいる傍らで贅沢をする貴族がいる。国を支えているのは民だよ。その民をないがしろにするなら、そんな国、繫栄したって不幸だよ」
「不敬であるぞ」
「だったら、ここで切り殺せば? 出来ないなら二度と、私の前に現れないで」
呆然とする惟光を背に弥子は踵を返すと子供のいる川辺へ戻っていった。
帝は自分の前に立ち塞がる随身を押しのけようとする。
「どけ……」
まるで城壁のように随身たちは微動だにしない。
「どかぬかっ」
惟光が先頭に立つと静かに、厳しい物言いをした。
「なりませぬ」
「ならば、あの子供を連れてまいれ」
惟光は帝の前に平伏し、額を地面にこすりつけた。
「なりませぬ、主上、恐れながら申し上げます。これは国の存亡に関わることでございます。どうか、正しいご判断を」
立ちはだかる随身の隙間から、弥子の後ろ姿を目の端で追いかける。さすがに選りすぐりの随身五人が相手では押しのけて追いかけることは難しい。
「ならば、すぐに都へ戻り、薬師を連れてまいれ」
(ここまで言っても動かぬのか)
帝は腹の底からふつふつと沸くものを感じていた。
「これは命令だ!」
帝の怒号が山間に響く。心臓を鷲掴みにされたような衝撃だった。
「御意」
随身の一人が馬に飛び乗った。




