小望月 ―― 惟光のひとり言
朝から小雨が降っていた。今日こそは、ご決断を頂かなければ。蔵人頭、惟光は執務室で一人、山積みの要望書や報告書を整理しながら考えていた。どうやって帝を説得すればよいものかと。
「帝も、もう二十歳になられるというのに。普通であれば皇后、数人の妃を入内させてもよいものを、女房すら近寄らせない。いつまでもお世継ぎが出来ないのは大問題だ。私がどれほど周囲から、ちくちく言われているか、あの方は分かっておいでか」
惟光は深い溜息をついた。先代も先々代も摂政や関白に実権を握られていた。権力争いからの政略結婚で、操り人形のように扱われ、悲しい結末を迎えた。
帝もまた犠牲者の一人だった。惟光は忌まわしい事件の目撃者でもあった。あの日、恐ろしく悍ましい鬼に心を奪われた乳母が、寝所で起こした悲劇。血の海となった寝所は、まさに地獄絵図そのもの。惟光は身震いする。
「あれを思い出すだけで寒気がする。この私がそうなのだ、帝はもっと苦しかったはず。帝の心情は誰も計り知ることは出来ない。だからこそ、この惟光が、よいご縁談を持っていかねば」
惟光は自分に言い聞かせた。だんだん雨脚が強くなり、檜皮葺の軒を叩く雨音が激しくなってきた。清涼殿の重苦しい空気がさらに重くなる。
「とはいえ、縁談の話をした途端、機嫌が悪くなるのがなんとも……。いや、この私以外、誰が帝に物申す」
惟光は、朝廷内の公卿たちが押し付けてきた書状を机に広げた。
「妃候補ばかり……。皆、自分の娘を皇后に仕立て上げ、権力を独占することしか考えておらぬ」
宮中は、権力の奪い合いと私利私欲で溢れている。
「帝自らが国を動かしている今、権力を奪い返そうと必死か」
惟光は、小さく息を吐いた。
あの日、帝がすべての責務を請け負って立つと決めた。忘れもしない。迷いのない、まっすぐな瞳で夜空を見上げ、私に言った。
『惟光、私は、この国を建て直す。腐りきった上役は全て始末する。そなたはどうする。ついてくるか』
『はい、どこまでもついてまいります』
いつか、必ずや、帝に相応しい姫が現れるはず。それまで、今しばし待つとしよう。




