更待月 ―― 静かな夜の畔で
さわさわと葉の擦れる音。微かに聞こえる虫の声。静かな夜の畔に似つかわしくない雰囲気の二人がいた。
「まだ怒っておるのか」
「当たり前でしょう」
帝は、どうやってなだめてよいものかと、考えあぐねていた。
「勝手にキスなんてするか……ら……」
淡い光がチラついて、視線がついていく。暗がりに浮かぶ無数の光に目を凝らす。
「えっ、あっ、うそっ」
弥子は急いで、縁へ駆け寄り、手すりから身を乗り出し、畔の向こう、木々が茂る暗がりを指差した。
「蛍? ねぇ、あれ蛍だよね。うわぁ、こんなにたくさんの蛍、初めて見る」
(まこと、ころころと忙しく表情を変えおる。そこが私の心をかき乱すと分からぬのか。帝は扇で緩む口元を隠した)
「側にいって見てもかまわぬぞ」
「ほんと」
振り返る弥子の無邪気な表情に胸が高鳴り、これは相当振り回されておるな、と帝はやれやれと小さく首を横に振った。
暗がりの中、シャリシャリと湿った土と草を踏む音を鳴らして畔をぐるりと回る。無数の蛍が光を放つ。葉の上で、空中で揺れるように。はしゃぐ弥子を見て帝が聞いた。
「それほど珍しくもなかろうに」
「そんなことないよ。蛍は自然豊かでないと生息しないから。私の住む町は住宅街だし、裏山はあるけどきれいな水なんてないし」
「そなたの申しておることはよくわからんが……つまり、竹取の屋敷にはおらぬということか」
「えっ、あー。うん。いるのは蜜蜂くらいかな」
(やばい、やばい。蛍に興奮してうっかり自分の世界の話してしまった)
「機嫌は直ったか」
「……まあ、さっきよりは、マシかな」
「ならば、よい。気に入ったなら蛍を持たせてやるが」
「大丈夫。短い命、人の手に触れさせたくない」
帝は扇で口元を隠し、目を細めた。
「そうか。ところで、そなたの屋敷の娘は、いかがしておる」
「娘?」
「そなたに借りたであろう」
「えっ、ああ、弥子のこと」
帝はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「弥子、そうか。弥子と申すのだな。また私の元によこしてほしい」
弥子は足を止め、疑いの目を向ける。
(何度もここに足を運べば、そのうち正体がばれてしまうかも……)
「いやよ。弥子は貸さない。彼女、もう二度と宮中には行きたくないって」
「宮中でなければよいのだな」
「はい?」




