望月 ―― 蚕拾いました
―― 昔は今 ――
「わぁ、めっちゃ綺麗」
学校帰り、夕日に染まる紫陽花に誘われて、家の近くの公園に寄り道をした。スマホのカメラアプリを起動させていると、ふいに葉の上でじっとしている白い影が目に留まった。
「なに、このこ……」
黒く長い艶やかな髪をポニーテールに束ねた彼女は、月野美弥子、十八歳。
幼い頃、自分の名前「みやこ」がうまく言えず「やこ」と呼んでいたのが、そのまま呼び名として定着している。彼女は子供の頃から武道と器械体操を習っていた。母親譲りなのか、身体能力が高く、将来、スポーツに関係する仕事がやりたくて体育大学へ進学した。
「白い芋虫発見」
短文を添えて父親に写真を送ると、すぐに返信が届いた。
『そいつは蚕だな』
蚕。絹糸の、あの蚕? スマホを使って調べてみた。画面に並ぶ文字を追ううちに、眉間にしわが寄る。
「人の手がないと生きていけないって……。どうやってここに来たの? 誰かが捨てたとか? このままここにいたら、死んじゃうかも」
捨て猫ならぬ、捨て蚕。いや迷い蚕か。
弥子はトートバッグから化粧ポーチを取り出し、眉毛カット用のハサミを抜いた。紫陽花の葉を根元から切り取ると、その小さな命をそっと、手のひらに乗せた。
そして、大事そうに持って帰った。
公園から少し歩くと、急な坂道が見えてくる。その一番上に建っているのが、彼女の家だ。家の裏は山になっており、草木が鬱蒼と生い茂っている。
「お父さん、まだ仕事中? 入るよ」
弥子は返事も待たずに、父親の研究室の扉を開けた。机の上には山のような資料と実験器具が散乱している。
「ほら、見て。このこ、弱ってるみたい。お腹が空いてるのかな」
月野海は、大学で教壇に立つ傍ら、独自の道を突き進む研究熱心な学者だ。娘の差し出した手のひらを見る。紫陽花の葉の上で、蚕は、ばてたようにぐったり伸びきっていた。海は眼鏡の位置を正すと、興味深そうに目を細めた。
「そうだ、あれが効くかもしれん」
海は棚の奥から、小さな小瓶を二つ取り出した。琥珀色の液体と黒く小さな粒状のものがそれぞれ入っている。
「極限まで濃縮させた桑の葉エキスに、焦がしたトカゲのしっぽと薬草を一緒に煎じた後、補強成分を混ぜて作った、万能薬試作品『海スペシャル』だ。こっちは濃縮タイプ。乾燥させて粒状にしたから持ち運びに便利だぞ。弥子、ひとつどうだ」
海は粒の入った小瓶を弥子に差し出した。
「娘で試そうとするな」
弥子は父を睨み、それを手のひらで押し戻す。
「それより早く」
父は「本当に効くのに」とぶつぶつ言いながら残念そうに机の上に置いた。
スポイトで一滴。琥珀色の雫が、蚕の小さな口元に落ちる。蚕は反応もなくじっとしている。
「本当に効くの?」
「うーん、虫には効かんのかな。ちょっと、様子を見てみよう」
父の言葉に頷き、弥子は晩御飯の支度にとりかかるため、研究室をあとにした。




