弓張月 ―― 夢の跡
帝は一人、回廊の欄干に寄りかかり、熱を帯びた瞳で夜空を仰いだ。
袖の中には、石作から取り上げた歌が収まっている。だが帝はそれを広げることも、誰かに見せることもしない。
帝は自嘲気味に笑う。噂で聞いていた娘とは何もかもが違っていた。ただの美しい娘と侮っていたはずが、対面したその瞬間、帝の胸を刺したのは稲妻のような衝撃だった。以来、帝は夜も眠れぬほどの飢えを抱えている。
「雲間にぞ 秘めて愛でたき 月の影 人に渡さば 我が心枯れん」
(雲間に隠れて見えぬその姿を、私一人で愛でていたい。あの月の影(娘)を、もし他の男の手に渡してしまったら、私の心は耐え切れず枯れ果ててしまうだろう)
「……身の程も知らず、この私の娘に欲を出すとは。雲の上のこととは知らず、月を射ようと群れる虫らよ。我が愛でる光を汚さぬよう、ただ塵となって消え失せよ」
帝は薄く冷笑を浮かべ、貴族たちの行く末を暗示するように、独り静かに言葉を続けた。
「群がるは 愚かなる虫 蹴散らさん 月を汚さじ 我が手にて」
(光に群がる愚かな虫どもよ、蹴散らしてやろう。あの娘を、何人にも汚させはしない。この私が守って見せる。どんな手を使っても)
詠み終えた帝の顔には、帝としての威厳も、周囲を突き放す冷徹さもない。ただ、一人の男として、誰にも触れさせたくない至宝への執着と、その美しさに射抜かれたがゆえの苦悶が深く刻まれていた。




