第40話 地獄への最短路
怒涛の展開で、お送りしたい所存。。。
アクシス・コードの光が薄れていく。
その先に、砕けた鏡面を積み上げたような城が姿を現した。
外殻は、風も当たっていないのに、細かなひびが生き物のように這いまわっている。
光が当たるたび、砕けた断面が不自然に反射して、城そのものが嘘をついて形を変えているように見えた。
「……着いたな」
ホウジュンが短く言う。
声音は低いが、今にも切れそうな糸の上で保っている冷静さだった。
6人は無言のまま城門へ歩み寄る。
門と呼べるほどの構造ではなく、巨大な鏡板がただそこに立っているだけ。
風はない。音もない。
金属も石もない――あるのは、ひび割れた鏡の冷気だけ。
ひとりが呟いた。
「ここ……やっぱ、前来たやつらが言ってた通りだな……」
声は震えていない。
震えているのは、鏡面に映った声の主の姿だった。
見た目と動きが、半拍ずれている。
ホウジュンは振り返らない。
「入るぞ」
その一声で、六つの影が鏡面の門へと踏み出した。
足が触れた瞬間、ガラスが割れるような音が、足裏の奥でだけ鳴った。
実際には何も割れていない。
ただ、踏んだという事実にだけ音の嘘が付随してくる。
次の瞬間、鏡面がゆっくり沈むように歪み、空間が波紋を撒くように揺れ――
6人の身体は、ためらいも抵抗もなく向こう側へ飲み込まれた。
内部は、がらんどうだった。
前回、分断された者たちが迷い込んだ無限回廊はどこにもない。
鏡の壁面が連続し、天井の高さが分からないほど反射が重なり、まるで巨大な万華鏡の中心に立っているようだった。
だが――決定的に違うものが、そこにあった。
「……鳥かご?」
最初に気づいた者が立ち止まる。
彼が指差した先の天井から、大小さまざまな鳥かごが下がっていた。
揺れてはいないのに、揺れて見える。
鏡の反射が錯覚を生み、数が数えられないほど散っているのに、静かだ。
中には、生き物らしき影が見えた。
「……なにか、聞こえる」
誰かが囁く。
耳を澄ますと、確かに――
チ……チ……
ココ……
パタ……パタ……
ささやきとも羽音ともつかない音が、音ではなく、脳の奥で直接感じるように響いてくる。
うるさくはない。けれど、耳の奥に爪を立てられたような違和感だけが残る。
あれらに触れてはいけない。
本能的に、そう悟っていた。
そのとき――
一つの鳥かごの奥から、かすかな、人の声が漏れた。
「……誰か……」
6人の足が止まる。
「た……すけ……」
それは、人の声だった。
聞き覚えのある――仲間の声。
一人が反射的に駆けだした。
「おい、待っ――!」
ホウジュンの制止は、鏡面に反射して遅れて響いた。
カシャン、と鳥かごの鍵が開く音。
手が、影を掴む。
次の瞬間――
出てきたのは仲間ではなかった。
仲間と同じ顔
仲間と同じ輪郭
仲間とは完全に違う“何か”
歪んでいる。
どこがどう歪んでいるのか説明できない。
似ているのに人ではないという事実だけが、視界の中心に突き刺さる。
そして、そいつは――
笑った。
鏡面のひび割れそのままの、壊れた曲線で。
「離れろ!!!」
ホウジュンの叫びが、ガラスの城の奥へ何十回も反響する。
鳥かごが揺れた。
揺れていないはずの天井で、光だけが揺れていた。
縦に長いその明滅が、鏡面の壁に何十本もの揺らぎとして映り込み、空間全体が脈打つ心臓の中のように見える。
異形が鳥かごから這い出た瞬間、6人のうち数名が反射的に武器を構えた。
だが――
その姿を認識した瞬間、誰も動けなくなった。
動けない理由は、簡単だった。
「……お前、まさか!?」
仲間の名前を呼んでしまう。
無意識に。
“知っている”という記憶が、判断より先に動いてしまう。
同じ顔。
同じ背丈。
同じ傷痕。
ただし――
眼の位置が、ほんの数ミリずれている。
笑う角度が、ありえない向きに曲がっている。
首の傾きが、骨格の限界を軽く超えている。
そんな違和感だけが、全身の毛穴を逆立てるように迫ってきた。
「退け!!!」
動けたのはホウジュンだけだった。
彼の怒号が、割れた鏡を叩きつけたように響き渡った。
しかし、異形は動かなかった。
ただ、鏡面に映った影だけがゆっくりと近づいてきた。
実体は微動だにせず、影だけが壁に沿って滑り広がっていく。
動揺する周囲を余所に、ホウジュンは的確に、本体を棍で薙ぎ払った。
キィィイイイン――と、金属音が反響する。
本体が取り除かれ影が消えるが、その影たちが消える直前、小さな鳥かごの蓋を開ける。
「ホウジュンっ……影が……!」
「わかってる!!下がれ!!」
鏡面に映る自分の影と、異形の影が同じ速度で近づいて来る。
一人が叫んだ。
「なんで影が――本体より速ぇんだよ……!?」
異形の本体はまだ鳥かごの前。
影だけが迫ってくる。
反射のせいじゃない。
錯覚でもない。
影が本物を追い越して迫ってくる世界にいるだけだ。
その瞬間、別の鳥かごからも声が上がった。
「助けて」
「出して……ここから、出して!」
「もう、やだ……」
その声は、明らかに本物の仲間たちの声。
声だけは……声だけは、完全に本人のそれだった。
「……これ、どうすりゃ……」
「構うな」
ホウジュンが絞り出すように言う。
目の端で、籠の中の仲間を確認し、そして…ほんの刹那、目を閉じる。
「……やり切れねぇな」
言いながら、喉の奥が焼けるような痛みを感じた。
ここに囚われた仲間たちは――
最後まで自分として叫びながら、必死に助けを乞う。
「向かってきたものだけ、払え」
ホウジュンの呟きは反射しなかった。
他の5人とは、明らかに違う反応を示す。
まるで……こうなることが、わかっていたかのようだった。
異形が、ようやく一歩を踏み出した。
鳥かごの鍵が、ひとつ。
またひとつ。
誰も触れていないのに、カチ、と外れる音だけが響き始めた。
ホウジュンは歯を食いしばる。
「あれには絶対に触るな!中身を救おうと思うな!叩くなら…」
あれだ。と、鳥かごの上。
それらをぶら下げている鎖を指した。
影も、本体に見える異形すらも、本物ではない。
言った瞬間――
城全体が震えた。
天井から吊られた鳥かごの群れが、一斉に、風もないのに揺れ始める。
カラ……カラ……カラ……
乾いた音が何十、何百と重なり、音の正体が分からないほどの揺れの合唱になった。
鏡面がヒビ割れていく。
そこから光が漏れるのではなく、闇が内側から滲み出してくる。
ホウジュンが叫んだ。
「行くぞ――!!」
進む先はもう、地獄でしかなかった。
次回更新予定は6/12です。




