第38話 理告というものたち
理を告げるものたちが、静かに動く…
ホウジュンを見送るまもなく、くるりと振り返り戻ると、派手に殴られ、動けなくなっているユウヒを見下ろす。
「らしくねぇなぁ」
幼い時ならともかく、この歳になってユウヒのこんなに弱っているところは見ていなかった。
普通の思考を持っているような言動。
もし、彼の思考を奪っているのがレリクスなら…そう思うと苛ついて仕方ない。
そんな思いを振り払うようにトキは頭を一度振ると、ユウヒの前にしゃがみ込んだ。
「お前も、呼ばれてるって…理解してるか?」
その言葉に、ユウヒはゆっくりと顔を上げ、その声が浸透したかのように脳に達する。
「………え?」
愕然としながらも、ユウヒとトキの視線が、合った。
「声が聞こえてる…それが全てだろ。珍しく働いてねぇな、この頭は」
トキはユウヒの頭をくしゃりと撫でた。
「昔からそうだ。肝心なとこだけ、抜ける」
一瞬だけ、笑った気配。
それから、軽く頭をぽんと叩く。
そして、それ以上は言わなかった。
「………そう、か」
思考が繋がったのか、ユウヒがポツリと呟く。
そうかと、何度も…
ーーー
ユウヒに声をかけようとした、その刹那、空気の揺れとは明らかに異なる、沈殿する気配を察知し、トキは勢いよく振り返った。
そこに立っていたのは、顔を覆う無地の覆面。
頭から足まで同じ布で包まれ、体格すら判別できない者たち。
足音も、呼吸も、殺気も――何ひとつ存在していないのに、確かにその場にあった。
「……理告」
吐き捨てるような呟きに、トキがこの集団を本気で厭っている様子が滲む。
ルクスしか入れないこの場ですら容易に入り込む、理を告げる者ども。
「これはこれは、トキ様。ご機嫌麗しゅう」
先頭の者が、覆面の奥で微笑んでいるような声色で丁寧に言った。
「何の用だ?俺は許可ありで入ってるぞ?」
「ええ、存じております。――今回は、貴方様が対象では御座いません」
言葉の刃を滑らせながらも、声音は紳士的に整っている。
その異様さこそが、理告そのものだった。
彼らはトキの横を音もなく通り抜け、項垂れるユウヒの前までまっすぐ進む。
「ユウヒ・カナタ様。ルクス大量失踪事案の重要参考人として招致いたします。
――ご同行ください」
淡々と、感情ひとつ乗せずに。
まるで処理された決定事項を告げるだけの機械のようだ。
ユウヒは力なく顔をあげ、事態を理解したように立ち上がった。
しかし、映っているか不確かな視線は、下に落ちたまま。
「ご協力、感謝いたします。では、参りましょう」
拘束するわけでもなく、彼らはユウヒを取り囲むように配列を直すと、
トキに構うことなく、立ち去ろうとする。
「俺とは違い、随分とお優しいこって」
「我々は裁く者ではありません。抵抗せぬ者を無碍に扱ったり致しません。
トキ様は、少し、言動が荒々しいことが御座いますので、致し方なく。でございます」
トキの皮肉も響かず、ご承知おきを。と告げ、去ろうとする理告たち。
寸の間、トキは逡巡する。
ここで抗ってもいいが、そのあとユウヒを連れて逃げ回ることはできない。
理告はどこまでも追ってくる。
それに、今は拘束されている方が、ユウヒにとっては都合がいいかもしれない。
――今の彼に、理告の拘束が耐えられるのであれば、だが…
それでも、簡単に連れていかれては面白くないと思ったトキは、彼らを止めようと動いた。
が、それとほぼ同時に、一人の理告がトキの前に立ちはだかった。
そして、静かに、告げる。
「トキ様の全委任の権限は、そのままお預けいたします。どうぞ、ご随意に」
笑いかけるような、全てを理解しているようなトーンに、トキの動きが止まった。
理告は、誰かを庇うようなことも、意図を組むようなこともしない。
そんな彼らが伝える言葉の重みを、トキが理解できないはずがなかった。
「そういうことかよ。なら……預けた」
ご理解、感謝いたします。と、告げた一人が深々と頭を下げ、隊列へと戻る。
そして、彼らはユウヒを連れて、静かに音もなく去って行った。
トキのやることは、今定まった。
「不本意だけどな…」
吐き捨てるようにトキが呟くと、くるりと円卓へと向き直る。
レリクス・オブリシカを消滅させたいのは、全ての総意だ。
理告であっても、それは例外ではない。彼らが委ねたことは、そういうことだ。
なら、抵抗する謂れはない。
静かに、確実に、トキはシステムと同調するかのように、動き出す。
未来予知すら到達しうると言われている彼の本気が、果たしてどこまで見通せるのか。
「待ってろ……」
一言零すと、その先はもう、何も発しなかった。
次回更新予定は5/29です。




