第34話 見初められた者
ユウヒの言葉が、なんかずっと…重い
誰も口を開けなかった。
ソウイチは椅子の背にもたれたまま、ぼんやりと天井を見ている。
――囚われる
その言葉だけが、何度も何度も頭の中で反芻されていた。
目は開いているのに、焦点が合っていない。
呼吸だけが、ひどく浅くて速い。
ユウヒは様子を見守りながら、一言も発さない。
ホウジュンも同じだった。
ただ、重い沈黙だけが室内に積もっていく。
やがて、ホウジュンが息を吐くように口を開いた。
「……で、ユウヒ」
自分が呼ばれたわけではないのに、ソウイチの肩が小さく震えた。
まだ現実を処理できずにいるのが、見て取れた。
「こいつがいなかったら、どう話すつもりだったんだ?」
ユウヒは一瞬、目を細めて視線を落とす。
迷いの混ざった沈黙――。
「だから言ったろ?……まだ頭の中がまとまりきってないって」
あの時点で言えることはほとんどなかった。
けれど話していれば何か引っかかると思った。
そう考えて言葉を繋いだ。
ちょうどいいところに、鍵となる人物がいた。
だから、話が進んだ。
まるで導かれているように――
「あ、そうか……」
思考が一本につながった瞬間、ユウヒは小さく声を漏らした。
その音に、ソウイチがビクッと肩を揺らす。意識が戻ったようだった。
「何かわかったのか?」
ホウジュンが眉間を寄せながら訊ねる。
ソウイチもユウヒを注視する。
ユウヒは苦笑し、言うかどうか一瞬迷ってから首を横に振った。
そして、観念したように口を開いた。
「ソウイチは、多分……ファルシラに見初められたんだ」
「は?」
「え?」
二人の声が、同じように抜けた。
————
「変なことを言ってる自覚はあるから、聞き流してくれていい」
歯切れ悪くユウヒが言うと、ソウイチを見て、ホウジュンを見て、一度考えるように目を瞑った。
2人は、ユウヒの次の言葉を待っていた。
「自分に負の感情を向けてる集団の中、そうじゃないものが紛れてたら、興味を引かないか?」
ユウヒの疑問に、2人は首を傾げる。
例えが悪いか?とユウヒも言葉にできないもどかしさを感じていた。
「自分を倒そうと思って近寄ってくるやつは、遠ざけたくなるだろう?だから、通常は弾き出す。けど、ソウイチは違ったんだ。帰りたいとか、逃げ出したいとか、自分に興味がない」
「興味を持たれないことに、興味を持った?」
「そう。周りと違うものは目立つ…ファルシラはソウイチに興味を持って、招き入れている感じ…
リッカの場合もそうだったのかもしれない。多分リッカは…ファルシラの核を見てる」
推測だけど、と付け加えたが、言葉の端々に確信が見える。
おそらく、リンクを使ってリッカに思い出させようとしていたのも、それを確かめるためだったのだろう。と。ホウジュンは感じた。
結局、彼女はそれを見つけられなかった。
ユウヒも深くは言及していないところを見ると、リッカの記憶より、ソウイチの行動の方が鍵だと判断したのだろう。
「ファルシラはソウイチを見つけた。自分と同じだと思ったのか、救ってくれると思ったのか、共感してくれると思ったのか…それはわからない。
だけど、ソウイチ――これは、警告だ」
わずかに低くなる声音。
話を切って、ユウヒはまっすぐにソウイチを射抜いた。
「ファルシラ・オブリシカには、もう近づかない方がいい。戻ってこれる、保証がない」
ソウイチは喉の奥で小さく息を詰まらせた。
それが反論の気配なのか、ただ怯えなのか――自分でも判別できていないようだった。
「……近づかない方が、いい……?」
かすれた声だった。
自分の口から出たとは思えないほど弱く、小さく。
ユウヒは頷くでも頷かないでもなく、ただソウイチの目だけを捉える。
「“興味を持たれた”ってのは、悪いことじゃない。…本来なら、な」
「本来なら?」
鸚鵡返ししかできなくなってるソウイチ。
ユウヒは一瞬だけ視線を宙に逃がし、考えを整理するように言葉を選んだ。
「本来なら、導かれるままに進んで、核を叩けばいい。レガティマはレリクスに強い。
だけど……ソウイチはファルシラと対面したら、きっと同調する。倒せないで、囚われる…」
ソウイチは拳を握ったり開いたりしながら、俯いた視線を落ち着ける場所を探しているようだった。
ホウジュンが静かに息を吐いた。
「……つまり、ソウイチは“狙われてる”ってことでいいのか?」
「狙われてるというより、招かれてる。のほうが合いそうだな」
招かれている。
その言葉が、部屋の温度を一気に下げた。
ユウヒは続ける。
「ファルシラの間口は狭い。その分、見初められた獲物を逃さない」
ソウイチが息を呑む。
ユウヒの声は淡々としているのに、どこか切実さが滲んでいた。
「だから言った。警告だと。近づかない方がいい」
しばらく、誰も何も言わなかった。
壁の時計がひとつ針を進める音だけが、やけに鮮明に聞こえた。
ソウイチがゆっくり顔を上げる。
その瞳は、不安と……ほんの少しの決意が混ざっていた。
「……じゃあどうすればいい?
逃げればいいのか?
隠れればいいのか?」
かすかに震える声で、必死に言葉を絞り出す。
ユウヒは目を伏せ、短い沈黙のあと――
「討伐人員からソウイチを外ように進言する」
「聞く耳を、持たないんじゃないか?」
ユウヒの提案に、ホウジュンが難色を示す。だろうな。と、ユウヒも零した。
「成果があるのに何故外すんだ。そう言われるだろうけど、それどころじゃない」
ユウヒは一度言葉を区切り、苦笑をこぼした。
目を伏せ、切実な声音を零す。
「死なれるより、ずっといい…」
その言葉に、ソウイチの喉が再び鳴った。
事態は、自分が思っているより深刻なのだと、やっと実感した。
次回更新予定は5/1です。




