第四十一話:お誘い
「フェリス嬢」
そう呼ぶ人物は、この宿場町に一人しかいない。
「ジョーンズ教授!」
「ツケメン。大変美味しかったです。圧力鍋をきっかけに、君に質問をして良かった。こんなにも美味しい料理が東方の国にあること。今日のツケメンがなければ、知り得ることはできなかったでしょう。君に御礼と感謝をしたい。思うに、君はまだ昼食をとっていないのでは?」
「お喜びいただけて、本当に良かったです。行列ができてしまったので、おかわりができず、申し訳ありませんでした」
まずはおかわりできなかったことをお詫びする。
「いえいえ。おかわりを許したら、食べられない人が続出となる。おかわりなしだったが、その代わりで多くの人の胃袋を幸せにした。それが正解だと思います」
「ありがとうございます。そう理解いただけると、助かります。そして御礼と感謝は今の言葉で十分です。そして私の昼食ですが……はい。まだなので、これからですが」
「ではフェリス嬢。君の知見が広がるお手伝いをさせていただけないでしょうか。君をランチにお誘いします。圧力鍋に対する詳しいレクチャーへの御礼です」
これには「えっ」と驚き、エルも「!」となり、ピアも手で口を押さえ、瞳を大きく見開いている。
ジョーンズ教授の左手の薬指に、結婚指輪はない。つまりは独身。独身男性が未婚女性を食事に誘うのは、前世と同じ。好意からの行動と思われてしまう。
しかし。
今、私を誘っているジョーンズ教授は「君の知見が広がるお手伝い」を提案し、さらに彼は「教授」なのだ。しかも私を誘っているが、頬や耳が赤いとか、好きですオーラが出ているかというと……全くない。
これは純粋な気持ちの御礼と感謝で、何か私にアドバイスなどをしたいのではないかと思えた。
「エル、ピア、お昼なんだけど」
「フェリスお姉さん、私とエルお兄さんのことは気にせず、ぜひ行って来てください」と答えるピアの瞳はキラキラ輝いている。これは間違いなく、恋愛的な意図を含んだお誘いと解釈し、勝手に盛り上がっていると分かる。「ご、護衛をした方がいいですよね!?」と問うエルは、ジョーンズ教授の意図が読めず、困惑しているようだ。
「護衛。それは不要かと思います」
私の代わりに答えたジョーンズ教授。その意図はと思ったら。
晴れているはずなのに。ピンポイントで一人の青年の頭上に、滝のような勢いと量の水が降って来た。
「うわあああ」と叫び、腰を抜かした青年に、ジョーズ教授は手を差し出す。
「私のズボンの後ろのポケットから財布を盗みましたよね? 返していただけますか? 返さないと次はこの石を君の頭に落とします」
青年の頭上には、いつの間にか漬物石にできそうな岩が浮かんでいる。
「か、返します! ごめんなさい、許してください。もう二度としません!」
青年はジャケットから財布を取り出し、ジョーンズ教授に渡す。
「二度としない。その約束を破ることがないように」
財布を受け取りながら、ジョーンズ教授が魔法を詠唱すると、青年の手首にはシルバーの美しいブレスレットが現れている。
「盗みを働けば、手首が切り落とされます。そのブレスレットにより。無理にはずそうとしても、手首が落ちます」
「そ、そんな……!」
「盗みをしなければいいだけです。それとも盗みをする予定が?」
青年は青ざめ「ありません……」と答える。「ではこの場からすぐ、立ち去ってください」とジョーンズ教授。青年は脱兎の勢いで逃げていく。
これにはピアが驚き、口をぽかーんと開け、エルは絶句。私は上級魔法の使い手の中で分類される、特級にまで満たないが、限りなくそこに近いレベルの経験と熟練された腕を持つ準特級の使い手なのではと、ジョーンズ教授をガン見することになる。
「護衛はなくても問題ないかと。行きませんか、フェリス嬢」
「そ、そうですね」とチラリとエルを見ると、彼は何か言いたいが、我慢している様子。その代わりでピアが答える。
「教授はとっても強い魔法の使い手。これならフェリスお姉さんも安心だけど……。フェリスお姉さんは大切な仲間であり、友であり、師匠。だから」
「安心してください。自分はメルボロ大学で化学を教えている人間です。紳士的にフェリス嬢と食事をすると約束します」
胸に手を当て、お辞儀をするジョーンズ教授は、貴族らしく洗練されている。
公爵家の人間が教授になることはない。だが伯爵家の次男以下が教授になることは珍しいことではなかった。
身元も間違いなくしっかりしているのだろう。
ならばお誘いを断るのは失礼になる。
それに今日は彼が呼び水になり、つけ麺は完売した。屋台の数は多かったので、東方という珍しさや本日限りの謳い文句だけでは、完売にならなかったかもしれないのだ。
「分かりました。では食事のご案内、お願いします」
「勿論です!」とジョーンズ教授は笑顔となり、ピアの顔が輝き、エルはがっかりしてしまう。私はピアとエルに「大丈夫よ。安心して。ちゃんと戻って来るわ。エル、もし私の帰りが遅くなったら、仕込みは先にしてもらえる?」と伝える。「お嬢様……」とうるうるの瞳でエルに見られると、「やっぱりエル、護衛に就く?」と言いたくなるが、そうなるとピアが一人になってしまう。
しかしピアを連れて護衛も変な話なので、ここは「エル、後は任せたわ。もしゼノビア様を見かけたら、つけ麺をよろしくね。頼りにしているわ」と伝えると……。「分かりました」とキリッとしてくれる。
こうして私はジョーンズ教授と共に、昼食をすることになった。
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