151 諜報特殊戦と魔法の関係
『領事館に籠城を続ける諸君、諸君らと対話がしたい!私はアムセルンド公国プロニスラフ領事館で駐在武官を務める、レベッタ・ハウトリムセン少佐だ』
手が届きそうなほどに近く感じる曇天の雲が空の全てを覆い隠し、プロニスラフ市街は昼間だと言うのに薄暗い。だが、人々もそうそう出歩く事の無い暗くて寒い街に、拡声器を通じて女性の声が轟いたのだ。
『領事館に取り残されている人々の安否と、諸君らの目的を教えてくれ。それを聞けば我々も検討出来るし、内容によっては善処出来るかも知れない。そうすれば無用の血が流れずに平和的な解決も見えてくるのだ!』
武装集団に対して彼女が語りかけられる内容については、ある程度の制約を課している。
相手の要求に対して過剰な譲歩はしない、しかし沈黙を続ける相手側が無理難題を押し付けて来ても突っぱねないなど……交渉内容の細部はレベッタ本人に一任はされているものの、第一段階として"先ずは敵を知る"と大筋を統合本部が決定した。
この至上命令を守りながらレベッタは敵に語りかけているのだが、どうやらその効果はてきめんに現れたようだ。
「廊下に数人の人影!館の正面口に走ってます」
オレルたちが詰めている作戦実行本部から、カーテンの隙間を縫って監視の目を光らせていたオスティンが叫ぶ。アムセルンド人であり領事の関係者でもあるレベッタが語りかけた事で、今まで一切の沈黙を保っていた武装勢力側に、何かしらの動きが見えたのだ。
やっとチャンスは巡って来た── オレルはマザーズネストに開始しろと一言指示を出す。
「マザーズネストよりファウストとジョーカーに通達。"ロッタが魚を釣った"繰り返す、ロッタが魚を釣った。規程の行動を開始せよ」
(ジョーカー了解、これより降下する)
(ファウスト了解、これより耳を放ちます)
マザーズネストの通信に呼応した二人は、いよいよ活動を始める。
ジョーカーは領事館側からの死角を利用して敷地内にロープ降下。相手の隙を伺って建物に侵入するチャンスを伺い始める。
そしてファウストは大事そうに抱いていた使い魔のウサギを地面へと下ろして、二言三言語りかけたのちに領事館の敷地へと放ったのだ。
領事館正面でロッタが騒ぎに騒いで中の注意を引き、手薄となった裏門からジョーカーと使い魔を密かに潜入させる……。この作戦は完璧に成功し、あっという間にその効果が現れ始めた。建物内に潜入するジョーカーよりも先に、ファウストの魔力探査が様々な情報をもたらせ始めたのである。
「ファウストより入電……中佐ちょっと待ってください……了解……了解した」
マザーズネストが始めた交信に注視するオレルたち。
彼女が必死にメモをとっている姿から、何かしら情報が得られたのだと感じて逸る気持ちを抑えて静かにしているのだが、この後ベルメル大佐とオスティンはその報告に大いに刮目する事となる。──小規模単位の独立部隊で実施される諜報特殊戦において、魔法使いのその情報収集能力の高さに圧倒されたのだ
「ファウストから入電、内容を報告します。領事館内に神聖魔法の"沈静化"を感知、人質は仮眠状態で置かれている模様で死者の気配はありません。また、武装集団側には神聖魔法の"勇猛"が付与されており、肉体活性化の息吹が感じられます。よって神官か司祭クラスの上位神聖魔法使いがいる事が推察されます」
「人質の居場所は掴めたのか?」
「はい。人質は少数でまとめられ、各部屋に分散されているそうです。領事館内に沈静化の魔法が点在して存在している事がこの推論の論拠になります」
ファウストが送って来た報告によれば、集団に対して威力を行使出来る魔法使いが武装集団内にいる。そしてその者は人質たちがむやみやたらに動かないように精神を支配し、味方には睡眠欲さえ訪れない獰猛化の魔法を与えているのだと言う。
人質たちの自発的な逃走や内部からの情報提供は望めずに、なおかつ敵は過労に倒れず心臓が止まるまで戦い続ける狂戦士と化している状況が浮き彫りになった事で、この救出作戦は極めて"無理筋"であるのが見えて来たのだ。
「……交渉の結果、人質が解放される可能性は低いでしょうね」
「ベルメル大佐のおっしゃる通りです。そして突入作戦を強行しても、救出部隊と人質に甚大な被害出る」
ベルメル大佐とオスティンが互いに沈痛な顔を見合わせている中、一人だけオレルはマザーズネストの顔を見ながら別の事に思案を巡らせていた。何故ならば、マザーズネストがオレルに目配せして来るのだ。
“ファウストの報告には続きがあります。しかし中佐以外の者には聞かせたくありません”
見詰め返して来る彼女の瞳は、オレルにそう訴えかけていたのである。
ベルメル大佐やオスティンには聞かせたくない報告……。実はこれこそがこの領事館人質籠城事件の根幹に存在する柱、神聖デルフィーヌ教サイトス原理主義バルテレミー派が凶行に及んだ理由の一端であったのだ。
(ベルメル大佐もオスティン・フリートラントも諜報畑の人間だ。符牒などの小細工など通用しないし、マザーズネストと二人して席を外せば怪しまれる。どこかで彼女から報告を受けるタイミングを作らねば)
素知らぬ顔のままチャンスを伺うオレルだが、ベルメル大佐たちの憂鬱それらも含め、作戦実行本部に漂っていた沈鬱な空気が突如破られた。ロッタからマザーズネストの元に恐慌とも呼べる通信が入ったのだ。
(こちらロッタ、領事館正面で動き有り!人質五名と武装集団が出て来た!彼らは人質に銃を構えている!)




