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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ プロニスラフの暗闇から見つめる者 編
129/157

129 調査活動開始


 『アムセルンド公国で毎年発表される経済白書。その貿易部門の調査中にて、可能であるなら質問にお答えいただきたい』


 自由貿易王国と呼ばれるフォンタニエの北西州、プロニスラフ県の最大の都市プロニスラフの街を、縦横無尽に駆け抜ける車は、行く先々でそう申し込んでは、街の有力者からの情報を得ている。

 後輪にタイヤチェーンを装着し、雪深い街中を軽快に走るその車は、外交特権を有する特殊ナンバーを装着している。一般人がその数字の羅列を見てもちんぷんかんぷんなのはしょうがないが、外事の知識に長けた者がそのナンバーを見れば、アムセルンド公国所有の車である事が理解出来た。


 運転席に座るのはフォーマルな姿をバッチリと決めた金髪の青年。そして助手席に座るのはフォンタニエで流行する「新しい婦人の姿」運動を取り入れた、活動的な服装を着込んだ赤毛の令嬢が座っている。

 新しい婦人の姿とは、中世的な女性像を排して社会進出を促そうとする運動の事で、コルセットをぎゅうぎゅうに締めて夜会用のドレスに身を包む「貴族スタイル」よりも、社会の一員になって労働に従事出来る新たなフォーマル姿が誕生した事を意味する。

 赤毛の令嬢は質素な色合いで動きやすいスカートとブレザーをコートに包みながら、それを嫌がりもせずに嬉々として受け入れ、そして運転手の青年に何度も何度も笑顔を向けていた。


 運転手の名前はカール・オーウェンミュラー、肩書き上はアムセルンド公国大使館委託の経済調査士であり、助手席の令嬢はプロニスラフ領事館の駐在武官で名前はレベッタ・ハウトリムセン。陸軍少佐の階級を持つ立派な軍人である ──はずなのだが、どうやらカールにとっては頭痛のネタであるらしい

 もちろん、アムセルンド陸軍軍人としての薫陶(くんとう)が行き渡っているのか、訪問先で出しゃばるような迷惑な行為などはしない。カールの秘書と言う立場で紹介される彼女は、いかにも仕事をしている体で黙々とメモを取り記録係としての役割を果たしている。

 だが、いざ訪問先を離れて車に乗り込むと、それまで我慢していたものが一気に吹き出すのだ。


 いやあ、まさかあの企業がアムセルンドに綿花を輸出してるとは思わなかった!

 あの会社の社訓素晴らしいな!品質管理と安定供給でお客様に笑顔を届ける……客の笑顔が見えて来そうだ!

 輸出入の代行業とは儲かるんだな。八星印の機能性デニムジーンズ、私も知ってるぞ。まさかフォンタニエ製品だったとは!

 なるほどなあ、あの最先端の小型凍結魔法力貯蔵システムがあるからこそ、生鮮食品の物流に革命が起きたのか。これがあれだろ?アムセルンド牛肉の輸出量が激減した理由だろ?

 ──と 車に乗り込み二人だけの個室状態になった途端、レベッタは訪問先で感じ入った事をまくし立てるのである。

 タバコも吸いたいしホッと落ち着きたいし、自分の考えもまとめたいと、静寂を欲するカールには逃げ場の無い騒音地獄と化していたのである。


「そろそろお腹が空きましたね、どこかで昼にしましょう」


 時計はそろそろ長針も短針も頂点を指し示すあたり。

 カールは領事館に帰らず街で昼食を摂る事を提案するのだが、この話に食いつかないレベッタではない。領事館のお決まりコースには飽き飽きしていたのだと狂喜乱舞、店はカールに任せると言ってウキウキ顔だ。

 “弱ったね、任せるって言われるのが一番難しい”

 食に対する好みや苦手なものなど、レベッタが何一つ注文を出さない事に苦悩するカールは、プロニスラフの家庭料理に興味があるからと言って、街の飲食街にある定食屋へと彼女を誘った。

 店の名前は『野苺亭』と言い、この街に来たばかりのカールが知っている訳ではないのだが、下宿先の大家であるフラナゴール夫人が会話の度にこの店の名を出していたのである。街で食事するなら野苺亭にしなさいと──

 夫人のこの助言は当たりだった。当たりも当たり、大当たりで、レベッタどころか店を選んだカールも喜ぶ内容。夫人から、プロニスラフの歴史を知りたいなら野苺亭に行きなさいと言われた意味が理解出来る、納得の郷土料理がテーブルに並んだのである。


「いやあ、これは美味そうだ」


 しっかりとしたメニューがある訳ではなく、全てがお決まりのコース料理になっているのか、小さめの皿に小分けにされた料理が次から次へと出て来る。

 トマトやピクルスやオリーブや香辛料をふんだんに使用した鳥胸肉のスープや、煮込んだキャベツやジャガイモを細かくして小麦粉の生地に包んだ水餃子。バターと飴色の玉ねぎを豚のミンチ肉に混ぜて、パン粉をまぶした後に油で揚げるコトレートなど、バラエティに富んだ料理が目の前に広がり、あのレベッタが食に夢中になり過ぎて黙り込むほどだ。

 “やれやれ、これで少しは落ち着ける”

 酸味と甘い風味が漂う、この地の特色であるコーヒーを食後に頼み、鼻腔を通じてリラックスし始めたカール。目にした情報、そして味覚として受けた情報を元に、夫人が何故この店を勧めたのかに思いを馳せる。


 なるほど、今でこそ遠い東海で取れた新鮮な魚介類を提供する店が増えているものの、このプロニスラフは標高の高い山間地特有の文化が花開いていた事が理解出来る。そして、この店の内装や店員たちが着る民族衣装や意匠の鮮やかなこと……

 (この店は古くからある老舗と聞いている。あの老婦人も若い頃、旦那さんとこのようにテーブルを囲んだのだな)と、少しだけ微笑ましく頬を上げる。

 きっと、彼女の青春時代を象徴する場所なのだろうと考えながら、目の前に座るレベッタを見る。彼女はデザートに出されたラム酒シロップ漬けのパン菓子にうっとりしながら、まだまだフォークとナイフを離そうとはしていない。

 まあ確かに、伝統的なデートコースなのかも知れないが、さすがに目の前に座るのがお姫様じゃなあと苦笑するカール。彼女に対しては嫌悪の感情などは抱いておらず、むしろ貪欲なほどに周囲の情報を得ようとする姿勢から好感すら抱いている。しかし、駐在武官にまで昇格したものの、一歩も外に出られない環境と言うのもなかなかに無い。

 それだけレベッタ・ハウトリムセンがハウトリムセン家において重要な価値があるのだとは予想されるが、副領事まで使って過保護にさせるのも、彼女のためにはならないと思うのだが、、、そんな事をぼんやりと考えていると、ズバリ彼女と目が合ってしまう。


「カール、疲れたかい?」

「疲れてはいませんが、ちょっと思案に暮れていました」

「どうした、君らしくないな。物語の結末や全てを見通すような目をしているのに、今さら迷いも何も無いだろうに」


 カラカラと笑う彼女に、その原因たるアンタが言うかと口にしたい衝動を抑え、カールは真剣な顔付きで話題を変える。


「レベッタ、拳銃を装備してますね?」

「うむ、装備している。君の護衛としての正統な装備だ」

「アップサイドホルスター (肩からぶら下げ、脇の下に収めるタイプ)は服の厚みでバレます。来週までに別の方法を考えてください」

「バレるのか?バレたらまずいのか?」

「今週はまだ良いです、訪問先も名士のところばかりですから。でも来週あたりから、ボディチェックをされるかも知れないような訪問先に行く事になります」

「ボディチェックをされる可能性か、ワクワクして来るなあ」

「屋内に入れば必然的にコートを脱ぐ事になりますが、普通背広やブレザーは脱ぎません。それなのに、背広やブレザーの前のボタンが開いているのは、いつでも拳銃を取り出す準備が出来ているサインです。アンダーグラウンドに生きる者たちの視点が厳しい以上、彼らに余計な警戒をさせてはいけません」


 どんな冒険が待っているのかと、高揚感たっぷりに目を輝かせていたレベッタであるが、カールのこの真剣な眼差しが心に届く。箱入り駐在武官が外に羽ばたけた事で有頂天になってしまっていたが、そんな事情など全く関係の無い、寒くて恐ろしい世界に足を踏み出す事を再認識したのだ。


「うむ。君の護衛でありながら、私がきっかけとなって騒動を引き起こすのは本意ではない。君が無事に任務を全う出来るのなら、遠慮なく指導してくれて構わない」

「“君が”ではありません。二人が無事に任務を全うするためです」


 この言葉がどれだけ彼女の琴線に触れたのかは分からないが、カール側にしてみればズバリそうなのだ。レベッタの肌に傷一つ付けようものなら、副領事から本国のハウトリムセン家から嵐のようなクレームと政治的配慮が吹き荒れ、「多分、オレ無事じゃ済まないかも」状態になるのを一番恐れているのである。


 ──いよいよ、二人での外回りが始まった。先ずは地域の名士や貴族、そして財界の大物を回ってウワサを立てる。アムセルンドの役人が経済調査をしていると。

 すると、当たり前の話街でもウワサになり、そのウワサはやがてアンダーグラウンドにも浸透して行く。いきなり現れて「お宅の懐事情を教えてくれ」と乞うても、教えられる訳がない。だがウワサでもちきりになっているならば、ああ、とうとうオレのところにも来たかと柔軟になってくれる可能性が出て来る。

 もちろん、快く受け入れてくれたとしても、肝心な情報は教えてくれずに雑談で終わるかも知れない。だがカールにしてみれば、とりとめの無い雑談であってもそれは充分な収穫である。

 何故なら、そもそもカール・オーウェンミュラーは経済調査をしている訳ではないのだから。

 この地域が何かしらの要因をもって危険判定された──その原因を突き止め、公国国民の生命財産を守るために、このプロニスラフの地に立ったのだから



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