112 プロローグ ~自由貿易王国フォンタニエ考察~
大陸中の人々が地図を広げて東の大国を指差しながら、「自由貿易王国フォンタニエ」と口々に呼ぶ。だがこれはあくまでもこれは愛称であり、正式な国家名称ではない。
『フォンタニエ共和国』こそが正式名称の、純然たる民主主義国家である。
もちろん、愛称で王国と呼ばれている事で正式名称との差異はあるのだが、これもあながち間違いではない。
何故ならば、大陸が近代化の波に揺れ、西の隣国アムセルンドが血で血を洗う内戦に明け暮れていた頃、このフォンタニエは平和裏に革命が進み、フォンタニエの王は統治者としての権利を放棄して、民衆に選ばれた者たちによる国家統治を認めたのだ。
したがって、大陸のあらゆる国家に先駆けて立憲君主制度を確立させた輝かしい歴史をバックボーンに、大陸に住む様々な人々が夢のように語る国になったのである。
無論、女性や亜人に選挙権が与えられていなかったり、選挙運動に買収や妨害があったりなど、未熟であるのは否めないのだが、それでも大陸中に民主主義と言う新しい風を巻き起こした事に変わりはなく、旧態依然とした他の国の国民からは、羨望の眼差しで見られていた。
◆フォンタニエ共和国
コニーリアス・アーカロイド二世を君主として、憲法に定められた国会が国家運営を執り行う民主主義国家で、選挙で選ばれた代議員は貴族党と労働党に分かれた、与党野党の二大政党制を基本としている。
貴族党と労働党に最大の影響を持つのは「財界」。他の国の人々からフォンタニエが自由貿易王国と呼ばれるのは、この財界の影響力の強さが起因している。
大量の東海岸からアムセルンド公国に向かう中央台地までの広い地域を領土とするフォンタニエは、古くからその土地その土地に合った農・商・工に商才を発揮し、商魂たくましい商人の国とも呼ばれている。
その商人たちが様々な分野でギルドを作り、政治の中枢である貴族党と労働党に肩入れしている事から、実質的には商人が政治を司っているとも言えるのだ。
もちろん、フォンタニエも他国同様に戦争などの負の歴史も抱えている。
北の戦闘民族国家アークヴェストとは、五百年近くに渡り国境紛争を繰り返して今に至るが、未だに両国の関係は安定しておらず、国境線を閉ざしたままだ。これは厳しい北海を漁場としたまま、東海に安定した海洋貿易拠点を作りたいとするアークヴェスト側の東征論戦略に基づくものであり、フォンタニエ側にしてみれば被害者としての側面がある。
国境を突破して来るアークヴェストに対して昔年の恨みを抱え、対するアークヴェスト側では国家の悲願にまで昇華してしまったこの関係。互いに大使館や領事館などの在外公館も置かないと言う、完全なる断絶状態からもその関係性が伺えた。
ひるがえって、フォンタニエ共和国とアムセルンド公国との関係は、フォンタニエ側に加害者としての一面がある。
中世以降、早々と製鉄などの重工業を爆発的に展開したフォンタニエでは、一時期鉄鉱石の圧倒的な枯渇に陥ってしまうーー製鉄よりも鉱山開発が遅れてしまったのだ
慢性的な材料不足に頭を悩ませた製鉄業界が出した答えこそが、戦争のきっかけである。政情不安なアムセルンド“王国”に派兵して、中央台地の東山脈に眠る地下資源を占有しようとしたのだ。
アムセルンド領の東の森に住むホビット族を名指しして、彼らは古くからフォンタニエの国民だと言い掛かりを付けておいて、ホビット族保護のために軍を侵攻させてアムセルンド軍と衝突したこの戦争は「ホビット戦争」と呼ばれ、第二次侵攻まで派兵は続いたのだが、やがてそれも沈静化した。フォンタニエ国内の鉱山開発にテコ入れした結果、鉄鉱石の確保が容易となったために、ホビット戦争が戦略的意義を失ったのである。
結果としてフォンタニエは多額の戦時賠償金をアムセルンドに支払う事で和平合意に至り、その後は両国の間に緊張状態は存在していない。──余談として、この際に支払われた莫大な賠償金がきっかけとなり、アムセルンド王国は『公国』へと変わる血みどろの内戦へと突入する事となる。
フォンタニエ共和国とアムセルンド公国の関係は今現在良好であり、互いに大使館や領事館を設営して政治と通商、そして自国の文化を発信し続けているのだが、新年を迎えたこの時期、フォンタニエで三番目に大きな都市プロニスラフに激震が走った。
「街道を北に向かえばアークヴェスト、東に向かえばアムセルンド」と、山岳交通の要所であったプロニスラフにあるアムセルンド公国領事館が中心となり、大陸全土を震撼させる恐るべき事件が発生したのである。




