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空母 双龍 東へ  作者: 銀河乞食分隊
燃えるミッドウェー
48/62

ミッドウェー西航空戦 ミッドウェー要塞破壊

今回は短いです。

海戦要素はほぼありません。


 6月7日 夕方

 

 ミッドウェー島守備隊降伏


 同時間、サンド島に輸送船から陸軍工兵隊が1個小隊上陸。桟橋に爆発物が仕掛けられていないか確認を行う。

 降伏した守備隊の話では無い。と言うことだが、守備隊は陸軍だった。海兵隊が仕掛けていないとは言えなかった。海兵隊も仕掛けてはいないと言うが、ここは調べるのは当然である。

 念入りに調べたが、日が暮れるまでの時間内には見つからなかった。恐らく無いと結論づけて、輸送船を桟橋に着ける。幸いタグボートは使える状態で放置してあったので、楽に接岸できた。


 歩兵一個大隊が上陸し、ミッドウェー島守備隊の武装解除と捕虜にするための手続きを行う。

 反抗さえしなければ、従来の兵舎で過ごして良いと提案すると、賛成された。

 どのみち暗号書などの重要書類は破棄されている。手間はかけたくなかった。


 イースタン島にも同様のことが行われ、同様になった。

 捕虜は、陸軍と海兵隊に一部海軍だった。


礁湖の中に輸送船団を入れて停泊させる。


 6月8日 朝


 工兵隊が朝から写真を撮りまくり、数カ所にボーリングを行う。驚くべきことに三百ミリの鉄筋コンクリートを三層にもしたというものだった。アメリカの本気がうかがえた。

 

 そのボーリング結果を聞いたMI艦隊司令部では、戦艦の主砲弾が足りるののかという不安を持った。


 そして案の定、軍令部から「ほぼ無傷で手に入れたのだから、そのまま保持せよ」と言う、無能が分かる命令が来た。

 MI艦隊司令部から連合艦隊司令部に問い合わせると「未確認である。最初の作戦要領を遂行すべし」と言う返事が来た。

  

 同日 昼


 イースタン島の捕虜をサンド島に移動させた。まずイースタン島の滑走路を破壊してみることにした。

 まず長門と陸奥の主砲でどの程度破壊できるか試す。

 五千メートルという近距離からだと落角がほとんど無く滑走路の上を砲弾が滑ることが在り、距離は一万メートルとした。

 一万でも落角が浅く、三枚目のコンクリートに届かないことが分かり、さらに下げ一万五千メートルとした。

 観測機を上げ、霧島も参加して撃ち始める。長門が二千メートル級、陸奥が一千五百メートル級、霧島と日向が一千メートル級に対して撃ち始める。

 戦艦である程度掘り起こした後に重巡洋艦の砲撃が始まった。


 一時間後、撃ち方を止める。陸軍工兵隊と砲術士官が確認に向かう。万遍なく掘り返したつもりだがどうなのだろうか。

 やはり面積が広すぎて、撃ち漏らしがかなりある模様。イースタン島の破壊は陸軍が引き継ぐという。

 兵舎や清水工場は目標から外してあるので、吹き飛ばされた瓦礫や断片が当たった程度だった。それでもかなり破壊されていた。


 一時間も対地射撃とはいえ撃ちまくったのだ、満足だろう。


 今日の作業はここまで。次はサンド島。明日だ。


 夕方、イースタン島からおどろしいドロドロと言うような爆音と煙が上がる。陸軍はどれだけの爆薬を一気に爆発させたのか。


 6月9日 朝


 今日はサンド島の破壊だ。捕虜をイースタン島に移動させる。破壊の跡を見て愕然としていた。

 長門の射撃結果に基づき、一万五千メートルから撃ち方を始めた。目標は二千メートル級滑走路。

 落角がやや浅いが貫通力がそれを問題とせず、深く潜り込む。そして炸裂。

 軽巡や駆逐艦の連中が撃たせろとうるさい。一千メートル級を一本任せる。

 一時間で射撃終了。陸軍工兵隊と砲術士官が確認に向かう。

 イースタン島同様の結果であり、陸軍が後を引き継ぐという。


 同日 午後


 サンド島からおどろしいドロドロと言うような爆音と煙が上がる。イースタン島と同じだ。陸軍はどれだけの爆薬を一気に爆発させたのか。


 同日 夜


 連合艦隊司令部より入電が在り「ミッドウェー島の占領および維持の必要なし。破壊後直ちに帰投せよ」

 そうだよな。維持など無理だし。


 MI艦隊司令部では陸軍代表と捕虜の取り扱いに対して、協議を行っていた。


 本土に捕虜収容所など無い。兵舎でさえ不足している現状でさらに一千人近い捕虜など困るだろう。

 大体、海軍省とか軍令部とか陸軍省とか参謀本部とか統一した見解を出さないせいだった。

 マーシャルの捕虜も一千人近かった。それでも苦労している。さらに一千人増える。


 こんなこと現場に任されても困る。


 現地に放置という意見が多かった。ミッドウェーの発電所と通信設備は使えた。食料もある。水も清水工場が稼働するので心配なかった。ここで現地開放しても良かろうという、はっきり言って面倒事はご免という雰囲気だった。


 6月10日 夜明け前


 日本から入電した。簡単に言えば「連れ帰ってこい」長々とした電文だが、要約すればこの一言だった。

  

 6月10日 午前


 捕虜を連れ帰る準備を始める。残っている稼働施設は駆逐艦の艦砲射撃で吹き飛ばすという。まだ撃ち足りないみたいだ。

 捕虜には私物の持ち込みを認める。武器の検査は厳重に行った。ヘロインを持っている奴が三人いた。逮捕したのは当然だ。捕虜たちも驚いていた。アメリカの麻薬禍は酷いらしい。


 6月10日 午後


 捕虜たちを乗せた輸送船が桟橋を離れる。

 いよいよ帰るときが来た。


 水雷戦隊が環礁内に入っていく。撃ち始めた。


 一路日本を目指す。捕虜収容所は淡路島に作るそうだ。WW1の時、ドイツ軍捕虜を収容した施設を整備して使うという。


 復路も巡航速力は十四ノットだった。損傷艦は水線下の損害が至近弾によるもので巡航速力なら問題なかった。損傷艦があるため、復路はウェーク島経由とされた。

 

 損傷艦の中で巻雲と野分が浸水が酷くなり、ウェーク島泊地までとされた。速力も落とし僚艦が護衛として同行している。


 6月16日


 ウェーク島通過 


 6月20日

 

 舞鶴と大湊の連中と別れた。連中はここから津軽海峡を目指す。


 6月26日


 横須賀到着 日本だ。

 

 途中八丈島沖で捕虜たちの輸送船は別れ大阪を目指した。呉と佐世保の連中が付き添っている。


 





ここまで何とか書きました。

お付き合いしてくださった皆様、ありがとうございます。


次回は今回より短いです。

次回予告


ミッドウェーの終わり




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