第18章 誰も開けてはならないページ
「ほんとに、この棚の奥だったの?」
「うん。でも誰も触っちゃダメだって、先生が……」
図書館の最奥にある、誰も近づかない一角。そこには目録に載っていない棚があり、名前のない背表紙がびっしりと並んでいた。
埃と沈黙に包まれた空間は、昼間なのに薄暗く、時計の音さえ響かない。
「これじゃない? この本だけ、背が濡れてるみたい」
「濡れて……る? うわ、なんか、ぬめってるよ」
少年が手を引っ込めると、指先に墨のような黒い液体がついていた。
だがその液はすぐに蒸発し、跡形もなく消えた。
「ねぇ、これ……本じゃない」
少女がそっと背表紙に手をかける。すると、棚の奥からわずかに空気が逆流し、
開かれた本の中から、誰かの“ささやき”のような音が漏れた。
ふたたび読むな、ふたたび読むな、ふたたび読むな……
「聞こえた……?」
「聞こえた気がする。でも……どこから?」
ページは全て黒く、印刷された文字はどれも読み取れない。
だがたった一枚だけ、白紙のように見えるページに筆記体で何かが書かれていた。
“この章を開いた者は、己の物語を差し出すこと。”
「ねぇ……これ、契約だよ。読んだ瞬間に、何かがこっちに来るやつ」
「でもさ、この本、“誰が”読んだか記録するような……そんな気がしない?」
少年の手元で、ページが勝手にめくられていく。風もないのに、指が触れてもいないのに。
やがて、最終ページにたどり着いたとき、そこには読者の名前が書かれていた。
読んだ覚えのない日付と、読んだ覚えのない筆跡で。
「……あなたの名前よ。これ」
「いや、俺、書いてない。そんなの、知らない……」
「じゃあ、誰が書いたの?」
その瞬間、図書館の奥のカーテンがわずかに揺れた。
誰かがいた気配。だが、見えない。気配だけが残っている。
「ここ、もともと“何章まである本”だった?」
「たしか……30章って聞いてた」
「でもさ、この“ページ”、31章って書いてない?」
二人が顔を見合わせたその瞬間、
入口の扉が、ギィ……と音を立てて、ひとりでに閉まった。
“この物語は、あなたを読んでいます。”




