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最悪の悪夢 新たな仕事と真夜中の用事


1. 5月19日 夜 裏路地



俺が眼を開けると、そこは何処かの細い路地裏だった。雨が降りしきる中、目の前には、あの人がナイフを持って立っている。

その目には俺に対する殺意が宿っていた。


『おい、待て悠夏!俺だ!翔太郎だ!』


『ショウタロウ……?』


と、悠夏の目を見てやっと気がついた。

悠夏の目の焦点が合っていない。

おそらくだが、これは悠夏の意思で取っている行動ではない。

原因は分からないが、何者かに悠夏が操られているのだ。

(どうにかして、操られているのを解かないと。でも、どうすりゃいいんだよ!)

俺がそう考えていると、悠夏はナイフを手に俺に攻撃を仕掛けてくる。

俺は何とか持ち前の反射神経で何とかかわしたが、はっきりと言って分が悪い。


『……避けた?』


ガラス玉のような目で俺を見つめる悠夏は、避けられたことを信じられないようだった。

正直、今は避けられても時間が経つとどうか俺にも自信が無い。


『おい悠夏!正気に戻ってくれ!』


『そんな必要……ない』


なおも攻撃を続ける悠夏のナイフを立て続けにかわす。ただここは細い裏路地だ、避けに専念しても狭さが障害になって全てを避けられない。

それ以上に、お互いがお互いの手の内を全て知り尽くしているのが大きかった。

俺は全力で悠夏の攻撃をいなして体力を削ろうとしたが、攻撃をいなそうにも悠夏は動きを読んで、僅かにだが確実に俺を傷つける。

一度距離を取ろうと後ろに飛んだが、落ちていたチラシに足をとられてこけそうになった。ギリギリ体制を保ったが、そこを悠夏のナイフの一撃が襲い、俺は脇腹を刺された。


『……いい加減……沈んでもいいんじゃないの?』


『断る!……俺は……沈む訳にはいかない!』


俺は刺された脇腹を一度抑えた後、構えを取った。

が、ここで思わぬ乱入者が現れた。


『おや、まだ終わっていなかったのか?』


悠夏の後ろから声がすると、ソイツは悠夏を突き飛ばして俺に襲いかかってきた。


『悠夏!』


『キミは自分の心配をしたらどうだい?』


男は、壁に頭を打ちつけてグッタリとしている悠夏の手からナイフを奪い取り斬りつけてきた。

その男は今まで対峙した事がないほどの殺意を身に宿している。


『お前が悠夏をああしたのか!』


『ああ、面白そうだったからねぇ』


その言葉が引き金になって、俺の身体を尋常じゃない程の殺意が貫いた。


ーコイツは絶対に殺すー


俺の意志が固まったと同時に拳を握りしめる。

拳でナイフに太刀打ち出来るかは分からない。だが、今の俺にはそんな事は関係無かった。

地面を蹴り放ち、右ストレートで男の顔面を狙う。男は何の苦もなく避けると、カウンター気味に俺の鳩尾を蹴り飛ばす。

蹴られた俺は吹き飛ばされ、室外機で頭を打ち付けた。


『なんだ、もう終わりなのか』


軽い脳震盪を起こしたせいで動けないでいる俺にソイツは呟いた。

俺に止めを刺そうと近づいてくる。

(クソッタレ……ここで終わるのかよ)

ナイフを振りかぶる姿を見て死を覚悟したその時、俺とソイツの間に割り込むように一つの人影が現れた。


『…………翔くん……大丈夫……?』


振り返って微笑んだ悠夏の口元には、一筋の紅い流れが出来ていた。


『悠夏‼︎』


俺は言うことを聞かない身体を無理矢理動かし悠夏を抱き寄せた。


『…………ごめんね翔くん…………今までありがとう』


俺は動かなくなった悠夏の身体を力一杯抱きしめた。僅かに身体に残った温もりを無くせば、本当に俺の心が壊れてしまいそうだったからだ。

雨は嘲笑うように降り続け俺の顔を濡らす。

ただ、俺の顔が濡れているのは雨のせいだけでは無かった。


『……驚いたねぇ、私の洗脳を自力で解くなんてね』


『…………君たちがボクの大切な人を……奪ったんだね?』


いつ以来だろうか、胸の中がザワザワする。俺は、制止の効かなくなった感情に身を任せる。

背が高く色白で眼鏡をかけたその男はボクに突進してくる。ボクは目を見開いてナイフを直前でかわして、右手で手刀を形作り、男の左眼を斬り裂いた。


『チッ、面倒な奴だ。まるで獣だな』


斬られた左眼を庇いながら、捨て台詞を吐き男が立ち去る。その手には銀色に光るブレスレットが握られていた。


『待て!そのブレスレットを返せ!』


俺は急激に重くなる身体を無理やり動かし、男を追おうとしたが、それよりも早くどこかへ消えた。

(……ボクは……俺は……何も護れなかった)

天を仰いで、シャツの袖で顔を拭う。


『ごめんな……悠夏』


俺の言葉は、より一層雨足の強まる裏路地に虚しく響いた。



2. 5月19日 早朝 比嘉家マンション



うるさく鳴り続ける目覚ましのアラームで目覚めた俺は、いつもより乱暴に目元を擦る。

(あークソ、変な夢見ちまったな)

まだうまく働かない頭を必死に働かせ、朝食の準備を始める。

(さてと、何を作るかな?もう面倒だからサンドイッチでもちゃちゃっと作るか)

キッチンでサンドイッチに使うレタスを洗っていると、手前の部屋の扉が開いてノロノロと三浦が出てきた。相変わらず朝は苦手なようだ。


「……おはよー」


「おはよう。ご飯まだだから、色々済ましとけ」


「……うん」


三浦の気配が消えて、洗面台の方から水を流す音が聞こえる。

サンドイッチを作りながらも、ずっと引っかかっていたのがあの夢だ。

(悠夏……ったく、嫌なモン見ちまったよ!)

薄く切った食パンにマヨネーズを塗って、レタス•ハム•スクランブルエッグを挟み、最後に少しだけ黒コショウをかける。

具材は少ないが、これくらいでも十分だ(と思う)

包丁で食べやすい大きさに切っていると、ちゃっかり身だしなみも整えた三浦がやってきた。


「わぁー相変わらず凄いね!……って比嘉くん、何か悲しい事でもあったの?」


「どうしてそんな事聞くんだ?」


「……気付いて無いの?目元赤くなってるよ?」


三浦に指摘され、ちょっと待って、と鏡を確認しに行く。見ると、言われた通り目元が赤く腫れている。

(…………あの夢のせいか)

洗面台にきたついでに顔を洗って頭を横に振る。忘れられない事は分かり切っているが、少しでも影響を抑えたかった。

リビングに戻った俺は、三浦にあることを聞いた。


「なあ三浦、今日って何日だ?」


「今日?今日は19日だけど?」


「そうか……」


もう19日かと思いながら、俺は三浦に一つ頼み事をした。


「三浦、悪いんだけど今日家に帰った後、俺ちょっと用事があるから夕飯先に食べといてくれるか?」


「え?そりゃあいいけど……」


「じゃあ頼んだ」


要件を済ませた俺は、早速作ったサンドイッチに手をつける。三浦は俺の頼みの意味が呑み込めないような表情をしつつも、サンドイッチを食べ始めた。


「どうする?紅茶淹れようか?」


「ううん、大丈夫。それよりさ、夕方から何か用事?」


「あーまぁな。多分1時間くらいで戻ってくるよ」


「分かった」


少し受け応えがそっけなかったかなと反省しつつも、一足早く朝食を食べ終わった。まだ焦るような時間でも無いので、インスタントコーヒーを淹れて一休みする。

(どこかで花を買っといた方がいいよな。昼休みの間に買っとくか)

コーヒーの入ったカップを手にしたまま、着替えるために自室に戻る。ふと棚の上に目をやると、そこには銀色に光るブレスレット、その隣には赤いアザミの花が飾られている。

(この花が枯れる時がくるといいんだけどな)

俺の思いを知ってか知らずか、アザミは静かに揺れている。



3.同日 昼 加藤警備株式会社



「おーい加藤、仕事の話聞かせてくれるんだろ?」


「あ……弧門さん!そ、その……お久しぶりです!」


加藤の会社に顔を出して、1番最初にお出迎えしてくれたのは早乙女さんだった。


「どうも久しぶり、2ヶ月ぶりですね。……あれ、髪切りましたか?」


「気付いてくれました?ちょっと長くなりすぎてたんで、思い切って切ってみたんです」


「そうなんですか、よく似合ってますよ」


俺がそう褒めると、早乙女さんは嬉しそうに笑ってくれた。

相変わらず美人な人だ。


「……あ、すみません、社長に用でしたよね?多分もうすぐ来るはずです」


そう話し合っていると、加藤がやって来た。


「おい、遅いぞ加藤」


「悪い悪い、少し話をしてたんだよ。それじゃ早速だけど、奥の会議室に来てくれ」


「OK、じゃあ早乙女さん、また今度」


「は、はい。お仕事頑張って下さい」


お辞儀をして送り出してくれた早乙女さんに軽く手を振って別れると、加藤がニヤニヤ笑って俺の方を見てくる。


「やれやれ、モテモテだねぇ」


「あー早乙女さんの事か?俺には関係無いだろ?」


「…………気付いてねーのかよ、早乙女さん可哀想に」


「ったく、それより仕事だ。依頼人と内容は何だ?」


「それは会ってからのお楽しみだ」


そう言って加藤が会議室の扉を開く。扉の先に居たのは老人と青年だった。

老人は50歳ほどだが、昔武道をしていたのか体は比較的しっかりとしている。

もう1人の青年は、門矢と同じくらいの歳に見えるが、その顔は俺でも知っている。

先に青年の方が話しかけてくる。


「どうも初めまして、私は文月 令と申します。国会議員を勤めさせていただいています。こちらは私の秘書の黒瀬です」


「どうも、黒瀬 切也と申します。文月家の皆様にはお父様の代からお世話になっております」


(おいおい、まさか依頼主って文月議員の事かよ!)

俺が内心顔面蒼白なのをよそに、加藤は淡々と自己紹介を済ませている。

と、ここで文月家と彼に関する説明をせねばならないだろう。

文月家とは、この国を20年前まで統治していた王族で、目の前にいる文月 令議員はその末裔なのだ。

そもそもこの国で王族制が無くなった発端は20数年前、文月議員の父親の文月 和也氏が急死した事から始まる。

当時まだ7歳だった令氏は国王になる事はなく、代わりになったのが和也氏の弟の真也氏だったが、真也氏は政治に関しての関心が無かったため国内の政治が混乱した。

結果的にわずか半年後に内乱が起き、今の政府が出来上がった。

令氏と母親は幸い危害には遭わず、令氏は海外の名門大学を卒業後この国で政治家として活動している。彼は父親譲りのカリスマ性と正義感を武器に、若いながらもかなりの支持率を集めている。


「あ、どうも弧門私立探偵事務所の社長を務めています、弧門 将吾です。以後お見知り置きを」


黒瀬さんは俺たちの顔色を少し窺って、早速本題に入った。


「では、今回依頼したいお仕事の内容なのですが……お二人は文月議員がつい最近環境担当大臣に就任したのはご存知ですか?」


「ええ、歴代最年少の就任という事で大々的にニュースでも取り上げられていたのを見ました」


「それで、その就任を祝いパーティーを開く事となったのですが、その際の文月議員の護衛をお任せしたいのです」


「なるほど……」


黒瀬さんからの依頼を聞いて、顎に手を当てながら考える。まず間違いなく、今まで受けた仕事の中でも最も難しく重要な仕事になるだろう。

俺たちは今までにも何度か護衛の仕事をした事があった。ただ、国会議員のパーティーなんて大きな規模の仕事は受けた事がない。というより、人数が少ないため受けてこなかった。

しかし、それ以上に気になった事がある。


「文月議員、黒瀬さん、一つ気になっている事があるんですが」


「……何でしょう?」


「今回の仕事をなぜ私たちに委託するのですか?私の事務所は、言ってしまえば同業者から見てもかなり小規模です。

加藤ほどの規模の会社ならば委託するのも腑に落ちますが、ウチのような小さな探偵事務所にも依頼するというのは、相当な訳がありそうにも見えるのですが?」


俺が今回の仕事の概要を聞いて一番最初に思ったのが『なぜウチなのか』だ。

確かにウチ以外には護衛を行うような探偵事務所は無い。だが、あくまでも探偵事務所だけを見た場合だ。

こういうのは普通、加藤の会社のように専門職に頼むものだ。俺たちみたいに片手間で行う会社に頼む事は無い。

にも関わらず、この仕事を加藤の会社と俺たちに頼んできたのには、それなりの理由があるはずだ。


「……実は、他の警備会社の方にも依頼はしたのです。したのですが、全て断られてしまいまして……」


「断られた?」


「はい。理由は分かりませんが、大手の警備会社からほとんど断られてしまい、ほとほと困り果てていた時に加藤さんの会社の事を知り、依頼させて頂きました」


それを聞いて思わず声を上げそうになった。

文月議員達には悪いが、余りにもきな臭い。

普通、何も無い限り警備会社から仕事を断られる事は無いはずなのだ。仮に今回の仕事に何か裏にあるとすると、それは俺たちの想像を超えるモノだろう。


「…………依頼に関しては分かりました。ですが、受けるまでに少し時間を貰えますか?」


「承知致しました。パーティーは一月後の6月20日なので、その1週間前の13日までにご決定頂ければと思います」


「ええ、では今日のところはこれで」


結果的に、今日の話し合いでは仕事を受けるかどうかまでは決めかねた。

1番の理由は『今まで依頼した会社にほとんど断られた』というところが引っ掛かったからだ。

(これは、明日から門矢や比嘉に動いてもらうしかないな)

俺は加藤の会社を後にしながら、門矢のケータイに電話をした。



4. 同日 深夜 墓地



結局今日は弧門さんからは、新しい仕事に関する詳しい話は聞けなかったが仕方ない。明日また何か話があるかもしれない。

俺はそんな事を考えつつもバイクを走らせ、とある墓地にやって来た。手にはここに来る前に買った花束を持って。

ここに来る前に、三浦は俺にどんな用があるのか聞いてきたので、適当に理由をつけてマンションを抜け出して来た。

俺が足を止めたのは一つの墓石。そこには

ー八宮家之墓ー

と書かれている。


「久しぶり悠夏。仕事で全然来れなくてゴメンな」


俺は花を供えるとゆっくりと手を合わせる。

ふと人の気配がして横を振り向くと、そこには菅さんが立っていた。

仕事が終わった直後なのか、スーツ姿で手には俺と同じく花束が握られている。


「どうも菅さん。この前の事件の時はご迷惑をお掛けしました」


「いや、気にする事は無いよ。……それよりも、キミも来たのか」


菅さんは俺の事を心配そうに見ている。


「ええ、流石に来ないわけにはいきませんから」


「……冷たく思われるかもしれないが、忘れて生きるのも一つの手だと思うよ。キミがいつまでも囚われているのを、悠夏は望んではいないと思うからね」


「分かってます。でも、一つのケジメとして、せめて全てが終わるまでは忘れる訳にはいきません」


そう言って、右手に付けたブレスレットに視線を落とす。

必ずケジメを付けて、全てを終わらせる。

例え俺が命を落とす事になっても、それも一つの終わりだ。


「じゃあ今日はこれで。また今度お会いしましょう」


(じゃあな悠夏、今度はお彼岸にでも来るよ)

俺は胸の内でそう呟き、墓地を後にした。



















キャラクター解説


文月 令 フミズキ レイ(28)

国会議員

作中でも説明のあった通り、20年前までこの国を統治していた王族の末裔。

まだ政治家としては若いながらも、国民からの支持が厚い。しかし、政治家内にはそんな文月を敵視する人物も少なくなく、何かと不遇な青年。父親譲りのカリスマ性と正義感の持ち主で、実力も十二分に兼ね備えている。

今回、環境担当大臣に就任した事を祝うパーティーの護衛を加藤と弧門に依頼する事になったが、どうも裏がある様子。


菅 孝太郎 スガ コウタロウ(58)

警察官 階級:警視長

眼鏡をかけた初老の男。警察内部でもかなりの力の持ち主でありながら、比嘉たちの裏の協力者。

比嘉の起こした殺人事件を、権力を使い強制的に捜査を打ち切らせるなど、かなり強引な手段も使う人物だが、その心底には腐敗した警察内部に対する嫌悪感と、犯罪者を許さないという確固たる意志がある。

比嘉とは昔ある事件で知り合い、今の関係になった。

バツイチで、離婚した妻との間には幼い娘がいた。


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