新しい仕事と口渉 繋がる2つの世界
1. 5月20日 朝 比嘉家マンション
昨日比嘉くんが帰って来たのは0時くらいだった。どこに行っていたのかを聞いても何も答えなかったけれど、彼の悲しそうな表情を見ていると強くは聞けなかった。
朝になると悲しそうな表情は薄れていたけれど、薄れていたから一層昨日の表情が気になった。
「そういえば昨日弧門さんから新しい仕事の話があったから、今日は説明があるらしいぞ」
「ふーん、どんな仕事なんだろうね?」
「さあ?俺も詳しい事は聞かされてないから何とも言えないな」
隣で朝食の片付けを手伝いながら会話していたが、彼の表情……というよりも彼の眼は目の前の仕事よりも何か別のモノを見ている気がした。言い方を変えるなら"上の空"って感じだ。
「まーああだこうだ言ってても仕方ない。詳しい話は弧門さんに聞こう」
片付け終わって、彼は自分の部屋に向かった。私も服を着替えに部屋に向かう。
(うーん、今日どんな服着ていこう)
少し部屋で悩んだ後に選んだのは、結局いつもと同じような服装。
自分でもワンパターンだとは思うけれど、仕事なんだから大丈夫だろう。何故なら……
「お、着替え終わったか」
ここに使い回しの王様みたいな人がいるからだ。
彼に関してはちょっとした異常性すら感じる。初めて会った頃からずっとスーツかジャケットの上からロングコートを羽織っている。
この時期は少し暖かくなってきたからか、コートは羽織らなくなったが、それでも服装はワンパターンだ。
「じゃあ行くか」
私がそんな事を考えているのにおよそ気付いていない彼は、とっくに会社に行く準備をしている。
(今度新しい服選んであげようかな?)
2. 同日 昼 弧門私立探偵事務所
「よし、じゃあみんな集まってくれたな」
弧門さんは事務所に集まった俺たちを見渡した。
「弧門さん、一体どうしたんですか?護衛の仕事だって聞きましたけど、違うんですか?」
「あー、違わない訳じゃ無いんだけどな……」
弧門さんは頭をかきながら苦笑いをしている。
「……まぁ隠し立てしても仕方ない。ただ、これから話す中身と仕事に関してはくれぐれも内密にな」
口元に人差し指をあててイタズラっぽく笑うと、昨日あった仕事の依頼の話をしてくれた。
「…………状況は分かった。つまり、何で大手の警備会社に依頼を断られているのか分からないから、受けるのを躊躇っているって事か」
「ああ。だから悪いんだが、ちょっと調べてもらえるか?」
「了解です。じゃあ三浦行くぞ」
やる事が判れば後はやるだけだ、とジャケットに手を掛けていると、三浦が驚いていた。
「え、私たち2人で行くの⁉︎」
「当たり前だ。こういうのはツーマンセルで動いた方がいいんだよ」
たじろぐ三浦を無理やり連れ出して、調査する会社に向かった。
俺たちが調査するのは1つの警備会社で、いずれも文月議員のパーティーの警護を断ったらしい。
「とりあえず手早く情報集めてさっさと帰った方がいい。アポもまともに取って無いしな」
「……アポも取って無いの?アホなの?」
「社会的マナーがなってないもんでな」
呆れている様子だが、その程度で呆れられても困る。俺には今までにも多くの前科があるのだ。
3. 同日 昼 警備会社前
事務所から出て20分ほどして、私と比嘉くんは調査する会社に到着した。比嘉くんが『コソコソするのもめんどいから』と言って正面切って社長さんに話を聴きに行った。
社長さんはというと、やはりアポを取っていなかったのが災いして、少し待たないと会えないと言われてしまい、それまで代わりに副社長さんとお話しする事に。
副社長さんは思わぬ来客に戸惑っている様子だったが、無事話を聴くことができた。
「どうも、お忙しい中すみません。私は弧門私立探偵事務所の比嘉と申します」
「同じく、三浦と申します」
「……どうも、この会社の副社長を務めています、河田です。いかんせん突然のご来客でしたので何のおもてなしもできませんが、どうかご容赦ください。お飲み物はコーヒーがいいですか?」
圧倒的に私たちが悪いのに、丁寧に挨拶をしてくれて本当に申し訳ない。
「いえいえ、いくつかお話が聴ければそれでいいので。あと、飲み物は彼女には出来れば紅茶を出してあげて下さい」
「い、いや、コーヒーでも大丈夫ですから!」
「構いませんよ。紅茶ですね」
愛想よく笑って近くにいた社員さんに短く告げてくれている。
本当に横にいる比嘉くんを殴り飛ばさないと申し訳ない気がしてくる。
「では早速本題に入らせていただきます。今回来たのは、ある仕事に関する事なのですが」
「仕事……ですか?」
「はい、今から1週間前に現環境大臣の文月議員のパーティーの警護の仕事の依頼を断っていますよね?」
「え、ええ」
「その理由を調査しに来たのです」
慣れたように本題に入った比嘉くんに、河田さんは少し気圧された表情をした。
比嘉くんはというと緊張させない為か笑顔を作っているけれど、その実あんまり笑顔とは呼べなかったりする。
「理由ですか……」
「な、何でもいいんです。どんな些細な事でもいいんで、とにかく教えて下さい」
比嘉くん1人に任せると空気が凍りつきそうだったので、私も私なりにフォローに割って入る。
「……残念ですが、私には何とも。その辺りは社長が全て取り仕切っているので、ほとんど知らないのです」
「そうですか……」
『こうなったら、社長を直接問いただすしか無いな』
耳打ちするように小声で囁いた比嘉くんの表情は少し苦い。
ここに来る前に比嘉くんからここの社長がどんな人なのかは大方聞いているが、曰く『やたら隠し事をする狸みたいなヤツ』らしく(私はどんなのかあまり見当がつかない)副社長さんから事情が聴ければ一番良かった。
私たちが少し落ち込んでいると、まさかアレが……と何かを言いかけて寸前で止めていた。
しかし、それを聞き逃す比嘉くんでは無かった。
「すみませんが、何か心当たりでも?」
指摘された河田さんは一瞬虚をつかれたように驚いて、私たちの顔を交互に伺った。
「ええ。少し前の話になるのですが……」
そう言って話そうとした時、私たちの部屋に別の人物がやって来た。
「いやぁすみません。商談が少し長くなってしまいまして。河田くん、君は業務にもどっていいよ。後は私が話をするから」
入って来たのは60代位の恰幅のよい男の人。様子から察するにこの会社の社長さんだろう。
「そうですか。では私はこれで……」
河田さんは私たちに軽く頭を下げて、静かに部屋を後にした。
『チッ、来やがったよこのジジイ』
比嘉くんが露骨に嫌そうな表情をして小声で囁いた。この人が言っていた社長さんらしい。
「遅れて申し訳ない。私が社長の津村です。今回は一体どのような御用事で?」
「とぼけるのも大概にしろよ爺さん。それとも、本当にボケちまったのかい?」
さっきの河田さんの時とうってかわって鋭い目つきになった上、口調も荒くなっている。
明らかにいつもの比嘉くんでは無い。
「やれやれ君かい。おっと、お隣のお嬢さんは?」
「え、あ、すみません。私は……」
「いいよ言わなくて。……爺さん、コイツはウチの事務所の新しい仲間だ。
言っとくが、引き抜こうなんざ考えるんじゃ無いぞ」
運ばれてきたコーヒーに口をつけながら私の紹介をした。ただ、言葉の端々にトゲを感じる。
本当にこの社長さんが嫌いらしい。
「引き抜こうなんて考えてはいないさ。ただ、安心しただけだよ」
「安心だ?」
「ホラ、昔居たじゃないか。君と一緒にいた子が。確か"八宮さん"だったね?彼女の事を忘れる事が出来たんだねぇ」
社長さんが"八宮"という名前を出した瞬間、部屋の空気が凍りつくような感覚に襲われた。
その直後何か乾いた音が立ったと思うと、比嘉くんが手にしていたコーヒーカップが粉々に砕けた。
その表情は一層険しくなり、目の前の社長さんを殺意のこもった瞳で睨みつけている。睨まれていない私まですくんでしまい、思わず彼を見る事が出来なくなってしまった。
「コイツの前でまたその名前を出してみろ、次こうなるのはお前だぞ」
カップの欠片で手のひらを切ってしまっているが、そんな事に一切気がつかないように、手の中で粉々にしたカップを机の上に散らばらせる。
「おお怖い。分かった、覚えておくよ。こう見えてもまだ死にたくは無いんでね」
脅しさえも面白がるように笑った後、大袈裟に怖がってみせる社長さんを見て比嘉くんは舌打ちをして首を横に振った。
「まあいい。本題は別だ」
「文月議員の仕事を断った件だろう?」
そう言われて思わずギョッとした。
「いやね、キミが聴きに来るならそれくらいしか無いだろうと思ったんだよ」
「……嘘は良くないな。アンタ、河田さんがあの話になったのを外で聞いてただろ」
「さぁ何の事だかなぁ」
白々しくとぼけているのを見て苛立ちを抑えられない様子だったけれど、なんとかキレるのは抑えられたみたいだ。
ここでケンカにでもなったら仕事云々以前の問題だ。
「クソ、とことん食えないジジイだ。で?何で断ったんだ?」
「それをキミに話す義理は無いよね?」
ニコニコと笑いながらも拒否する津村さんと、その応えを聞いてムッとしている比嘉くん。
この光景を見ていると、なんだか一種の戦いが繰り広げられているみたいだ。
「…………何かやましい事情があるから話せないんじゃ無いのか?」
「キミがそう思うのも無理ない事だ。ただ、私たちにも依頼を受けるかどうかの選択の自由がある事は知っているだろう?」
「アンタみたいなヤツが、何の理由も無しに仕事を断るはずが無いって言ってんだよ」
この機を逃すまいと次々に言葉を放ち、必死に追い詰めようとしている比嘉くんだけれど、目の前の津村さんの方がやり口は2枚も3枚も上手だ。
「……比嘉くん、一回退こ?熱くなりすぎだから、頭冷やす意味でもさ」
まだ何か言いたげな比嘉くんだったけれど、自分でも熱くなっているのが分かったのか一度ため息をついた。
するとおもむろに財布をとりだし、机の上に千円札を3枚ほど叩きつけた。
「……アンタがその気なら分かったよ。引き下がる。コレはアポ無しで来た詫びと俺が割ったカップ代だ」
「そうかい、ならありがたくいただいておくよ」
比嘉くんはうやうやしく千円札を手に取る津村さんを一瞥すると、何も言わずに席を立った。私も慌てて彼に続いて応接室を後にする。
結局、私たちは何も情報を得ることが出来なかったのだ。
4. 同日 夕方 弧門私立探偵事務所
「……なるほど、やっぱり無理だったか」
「ええ。にしてもあの狸ジジイ、一体何隠してやがるのか」
「ホラ動かないの!包帯ずれちゃうから」
私と比嘉くんはあの後事務所に戻り、弧門さんに昼間の内容を伝えた。
門矢さんも別の会社を調査していたらしいけれど、結局何も掴めず仕舞いだったという。
ついでに、比嘉くんの怪我をした右手を治療中だ。
「あの副社長が何か知ってそうなんだが、聴き出せるかな。正直俺自信ないぞ?」
「まぁ今は焦るほど切迫した状況じゃないからな。ゆっくりやればいいさ」
「……そもそも、コーヒーカップを片手で粉々にするようなおバカさんは、ああいうのは向いてないって。
ホラ、終わったよ」
余った包帯をハサミで切ると、ありがとう、とだけ言って再び考え始めた。
「第一、何であんなに怒ってたの?」
「それは……また今度話すよ」
包帯の巻かれた右手を見て息を吐いた比嘉くんは、何かを抱え込んでいるようにしか見えなかった。
「とにかく、これからどうするかだな」
「なら、比嘉と三浦は引き続き副社長の河田から話を聞いてくれ。門矢と俺は別の会社を当たるぞ」
「りょーかいです。じゃあまた明日」
この日は今後どうするかを決めただけで話し合いは終了した。
ただ私の頭の中には"八宮"というのが一体誰なのかという疑問だけが残された。
5. 同日 夜 郊外の一軒家
夜、俺は弟と母親の様子を見るためにある家までやって来た。
「こんばんは、2人とも変わりはありませんでしたか?」
「あらあら、こんな夜更けなのに」
そう言われながらも俺はガラス越しに2人を見つめる。
ここは2人の治療室だ。普通の病院の施設ではこのウイルスの治療は難しいため、2人の為に様々な機械を取り寄せてここを造った。
2人がこうなってもう4年ほど経つ。
治療の成果もあってか、ここ最近は会話が出来るようになるまでは回復した。
「あ、そうだ。今日は別の用があって来たんです」
俺は持ってきていた手紙を広げた。
「これは……パーティーの招待状?」
「はい。俺の高校時代の先輩で政治家になった人がいるんですけど、近々パーティーを開くらしくて、それに招待されたんです……けど、行くかどうか悩んでて」
「なら行ってこいよ」
ふと声がした方を見ると、そこには俺の新しい友人達が立っていた。
「たまには行ってきたらどうだ?最近は根詰めてやってたんだから、息抜きにさ。な、太郎?」
「ああ。俺たちなら大丈夫だぜ」
行くかどうか迷っていた俺をみんなは後押ししてくれた。
小泉さんを見ると少し笑って親指を立てた。
「1日2日くらいならアタシたちで何とかできるわよ。だから行ってらっしゃい、敦ちゃん」
比嘉 翔太郎 以下"翔")さてと、じゃあ三浦、早速始めようか
三浦 めぐ 以下"め")……ちょっと待ってよ比嘉くん
翔)何?
め)いや、何じゃなくて
翔)あー、コレ?
め)そう、コレ
翔)なんかね、さっきポスト見たら変な依頼が来てたんだよ。『君たちにいくつか質問がきてるから、それに答えてくれ』って
め)あ、そうなんだ。変な依頼する人もいるんだね
翔)よしじゃあ改めて始めるぞ
め)分かった
翔)『2人の身長と体重を教えて』だって。俺は身長は178cm、体重は70kgだよ
め)……
翔)どうかした?
め)私言いたく無いんだけど
翔)まぁそうだろうな。ちなみに三浦の身長は150で、体重は……
め)ま、待って待って!
翔)俺も分からん
め)……ホントにゾッとしたんだけど
翔)じゃあ最後の質問な?
め)え、もう最後なの?
翔)なんか『枠がもう無いし、これ以上やったらグダグダになるからやらない』らしい
め)へ、へえ
翔)えー、最後の質問は…… (声にならない笑い)
め)……何?
翔)『三浦のスリーサイズを教えて』……だって
め)……ふざけてるの?(暗黒微笑)
翔)ふざけてる訳ないだろ
め)そんなの答えられる訳無いでしょ!
翔)だと思ったよ。でもお前のバストサイズって確かBくらい……
め)それ以上言わないで!
翔)あ、当たってた?
め)……?
翔)俺がお前のバストサイズ知ってる訳無いだろ。ブラフだよ(腹黒スマイル)
め)次やったらコロス
翔)はいはい。じゃあ今回はこれくらいで、また今度!
め)ちょっと!またやるの⁉︎
翔)当たり前だろ?もっとも、次やるのは俺たちじゃないかもしれないけどな
め)絶っっっっ対やらないから!




