青年の真の姿 比嘉の過去
1. 3月15日 昼 [弧門私立探偵事務所]
(今ごろ比嘉くんどうしてるのかな?何か変な事してないといいけど……)
「……比嘉の事心配?」
後ろから唐突に声を掛けられて慌てて振り返ると、弧門さんが私の事を心配そうに見ていた。
「心配なんてしません!比嘉くんは心配するだけ無駄です!」
「ははは……まぁ気持ちは分かるよ。あいつナヨナヨしてるように見えて、案外強いからね」
「そうか?俺はちょい心配だ」
私と弧門さんの会話に入ってきたのは、門矢さんだ。門矢さんは腕を組んで思案する様子を見せている。
「どうしてだ?アイツはかなりタフだから、俺たちが心配しなくても大丈夫だろ」
「"ゲキジョウタイ"忘れて無いですよね?」
「……まさかなるとでも?」
「可能性の話ですよ?もっとも、もしなったら、かなりヤバいことになります」
弧門さんと門矢さんは、比嘉くんに関する事を話しているけれど、全くわからない単語が出てきた。
「あの、さっきから出てる"ゲキジョウタイ"って何ですか?」
そう聞くと、2人は少し気まずそうに顔を見合わせた。
「あー、多分そのうち分かるよ。ただ、今気にしても仕方ない。そこは比嘉の強さに賭けよう」
「そうだな。俺らにできるのは、アイツの芯の強さを信じる事だけだ」
2. 同日 昼 [隅の浜署内]
「あー、まぁ認めるのは認めますけど、でも貴方たちは俺を逮捕する事はできませんよ?」
「ふざけるな!そんな道理が通ると思っているのか‼︎」
比嘉の一言に激怒すると、比嘉はゆっくりと眼を開いた。
その時比嘉と眼があったが、その比嘉の眼を見た俺は思わず背筋が冷たくなった。
その眼は何の感情もない、ガラス玉のような眼をしていた。
その眼を見て思わず気圧されていると、今度は比嘉が質問をしてきた。
「望月さん、貴方は一体どうして刑事になったんですか?」
「……なぜそんな事を聴く?」
「別に、興味本位ですよ。あ、答えたくなければお気になさらず。この場合事情を聴かれるのは俺の方なんですから」
俺は答えるか迷ったが、この一つの問いに何か大きな意味がある気がしてならなかった。
「『なぜ刑事になった』か、分かりやすい話お前みたいな悪人や犯罪者から市民を守るためだ。正義を貫くため、俺は刑事になった」
俺の答えを聴くと、比嘉は引きつったような笑いを浮かべ、吐き捨てるように呟いた。
「アンタも結局正義だの何だのいうクチかよ」
「何だと!ふざけるのもいい加減にしたらどうだ!」
「ふざけてなんかいませんよ、むしろ大真面目です」
そう言う比嘉の眼は、相変わらずガラス玉の様に何の感情も映していない。映していないが、明らかに俺に対して敵意を剥き出しにしていた。
「望月さん……俺はね、警察や政府みたいな権力が嫌いなんですよ。もちろんちゃんとした理由がありますよ。何の理由も無しに嫌うわけ無いじゃ無いですか」
「その理由、聴かせてくれるかい?」
畑丸さんが聴くと、比嘉は俺と畑丸さんの顔を交互に見て息をついた。
「警察は、自分たちの正当性を示す為に何かにつけて正義を出す。だけどアンタらは、あの時俺を助けてくれはしなかったじゃないか。そんな正義何の意味があるんだよ」
「…………お前、過去に何があった?」
「……俺は、もう何年も前に親から虐待されてた。アンタらのトコにその記録が残ってるかは分からないが、多分残って無いだろうな。
俺は何度も助けを求めたよ。でもな、アンタら警察は誰も俺を助けようとはしなかった!見るか俺の身体の傷?酷いもんさ、今でも痛むんだよ」
「だがお前の両親は7年前に何者かに殺害されただろう」
「『何者か』じゃないよ。俺だよ俺、俺が殺したんだ」
さも当たり前のように話す比嘉を目の当たりにして、俺はやっと違和感が何かが分かった。
比嘉は、何もかもが狂っている。
「あの日、俺はいつもの様に父親に殴られていた。母親は、止める事もせずただじっと見ていて……それで、蹴られた拍子に壁にモロに後頭部を打ったんだ。
『ああ、このまんま死んじまうのかな』って思ってた時に、俺の身体が勝手に動いて気が付いたら、母親を包丁で刺し殺してた。それを見た父親が半ばパニックになって、俺に向かって皿を投げて来やがった。本当なら、皿を避けて刺さってる包丁を引き抜いてから刺し殺そうとしたんだが、包丁が抜けなくてさ、皿が俺の額に当たったんだ。
皿が床に落ちて割れたのを見て、俺は倒れるフリをして父親が近づいて来るのを待った。そして近づいてきた父親の目を皿の破片で斬り裂いて、両手に持ってた皿の破片で喉と胸を刺したら動かなくなったよ」
「いいのかい?そんな事自白して。君が自白したら俺たちは君を殺人で逮捕できるけど?」
「畑丸さん、分かっているでしょう?あの時俺はまだ11歳だったんですよ。確かこの国の法律では15歳未満は起訴出来ないんでしたよね?」
嘲笑うように言う比嘉を見て、俺は唇を噛み締めた。その通りだ。
この国の法では、15歳未満は起訴出来ない事になっている。いくら今18歳だからとは言え、過去の犯罪で起訴する事や逮捕する事は出来ない。
それを知っていて比嘉はこの事を自白したのだ。
(まさかとは思うが、最初のアレも)
俺は、比嘉が最初に今回の事件について自白した内容を思い出した。
『殺しに行きましたよ。確か……"源田組"でしたっけ?麻薬の取引現場でしたよね』
(比嘉の自白内容は、確かに殺害を仄めかす内容だった。だが、あのレベルなら殺害していない人間でも出来る。何より、逮捕状を取るならもっと有効な内容じゃ無いと取れない。
……まさかコイツ、それを分かっていて自白したのか⁉︎)
「どうしたんですか望月さん、顔色悪いですよ?」
比嘉が俺の顔を覗き込むように見てきた。その眼は今までとは少し違い、どういう感情かは読み取れないもののガラス玉のような眼では無くなっていた。
「なんでもない。……事件の話に戻るが、殺したんならどうやって殺したんだ」
「それは答えられませんねー。もし答えたりしたら捕まっちまう」
比嘉は落ち着いた様子で答える。やはり事件自体の自白はするが、詳しい内容は答えようとしない。
もし話そうものなら待った無しで逮捕されるからだ。
「なら、何で殺したのかを教えてくれ。それくらいなら話せるだろ?」
「ええ、いいですよ。まぁあんまり面白い理由じゃ無いですけど」
「構わないよ。君の言葉を聞かせてくれればそれで良い」
「アイツらは、麻薬の密売人でしたね。アイツらの売る薬で多くの人達が苦しんでいた。
俺に言う資格があるかどうかは分からないが、俺は弱い人達が傷付くのを見たくない。だから俺がアイツらを色々と調べて、期が熟したから、弱い人たちを食い物にするアイツらを殺したんだ」
「お前、あの男たちを調べていたなら、なぜ警察に情報を渡してくれなかったんだ?渡してくれたら殺さなくても良かっただろう」
「なぜ渡さなかった、か。言っただろ、俺はアンタら警察が嫌いなんだ。アンタらに協力するような事はしないだろ。
ってのが一つの理由だが、理由はもう一つある。昔、4年前だったか、俺はある人の依頼で殺人事件を仲間と共に調べていた。そして、ある一人の男が犯人だという証拠を突き止めた。その頃の俺は、今みたいに警察を嫌っていなかったから、事件解決が早くなればいいと思って持って行った。だが警察は中身を見る事なく俺と仲間を門前払いしやがった。『素人の意見に耳を傾けるほど暇じゃ無い』ってな!ホント笑えるぜ!
その2日後、新たに一人殺されてその後やっと犯人が逮捕された。その逮捕された男は、俺たちが犯人だと睨んでいた男だったよ。
その時俺がどれだけアンタらに絶望した事か。だから俺はアンタたちに協力するつもりは無いんだよ!」
今までの感情を完全に隠していた比嘉から一変して、苛立ちを隠そうともせず叫んだ。それは、今まで自らの胸のうちに秘め続け、ぶつける相手を探していた目の前の青年の本心だった。
しばらくの沈黙の後、畑丸さんがゆっくり口を開いた。
「……そうだったのか。俺に資格があるかは分からないが、その時の警察官に代わって謝らせてくれ。
すまなかった」
「よしてくれ。謝ったって死んだ人達が蘇る訳じゃ無いんだ」
「そうじゃ無い。キミに対してだよ」
畑丸さんの言葉に、比嘉は自嘲する様に笑う。
「なら尚更だ。俺に謝られても困る。
確かに警察は嫌いだが、畑丸さん、望月さん、アンタたち個人が嫌いなんじゃない。"警察"っていう組織が嫌いなのさ」
比嘉は落ち着きを取り戻そうと一度息を吸い、頭を掻いた。
「あと、さっき密売人達を殺したって言ったが、その時間俺にはアリバイがある。
守秘義務があるから言えないが、ある人物を調査していた。なに、ただの不倫調査さ」
「……にわかに信じられないが、そう言うなら分かった。調べさせよう」
そうして俺と畑丸さんは部屋を後にしようとした。
すると立ち去る直前に畑丸さんが何やら比嘉と話をしている。何を話しているかは聞き取れ無かったが、話は比較的すぐに終わり畑丸さんは戻ってきた。
「何を話していたんですか?」
「あー、比嘉が言っただろ、ある殺人事件について調べていたって。その時の調査書が残っていたら見せてくれって頼んだのさ」
「それで比嘉は何と?」
「快く承諾してくれたよ。今自宅にあるから仲間に持って来させてくれってな。俺はこれから探偵事務所に行って、その仲間ってのに協力してもらって調査書を取ってくる」
俺は引き留めようかと思ったが、俺も調査書の中身は気になるので、持ってきてもらう事にして、俺は一人で調査を続行する事にした。
3.同日 夕方 [弧門私立探偵事務所内]
「そろそろ夕方だな。みんな何食べる?」
弧門さんは壁に掛かっている時計を確認してそう言った。今日は探偵事務所に入って最初の日で、慣れない仕事に戸惑いながらだったので、正直無事夕方を迎えることができてよかった。
本当なら、今日は相棒の比嘉くんに仕事を教えてもらうはずだったけれど、なぜか警察の人たちに事情聴取をされる事になったせいで行ってしまった。
(今ごろどうしてるのかな?そろそろご飯食べてると思うけど……)
「おーい三浦、大丈夫?何食べるか決まった?」
弧門さんが、私がボーっとしているのを見て声をかけてくれた。
「……そうでしたよね。えー……何食べよう……」
「……やっぱり比嘉くんの事心配?」
「そ、そんな事ないです!…………へ?」
突然、聞いた事のない男の人の声が聞こえた。驚いて声のした方を見ると、枯れ草色のジャケットを羽織った長身の男の人が立っていた。
「え、あ、あの、どちら様……」
「おいカイト、いつからいたんだ!ってかどっから入ってきた!入り口から入ったら分かるはずだろ!」
「やだなぁ士、僕は怪盗だよ?このくらいの潜入はお手の物さ」
私がオドオドしているのをよそに、門矢さんも弧門さんもさも当たり前のように接している。
「やぁ海藤くん。コーヒーでも淹れるよ」
「ああ弧門さん、お気遣いありがとうございます。でも今日はご飯作ったらすぐに退散しますから」
海藤と名乗った男性と話しながら笑っている弧門さんに、あの人の事を聞いてみた。
「弧門さん、あの人は?」
「彼は門矢の幼馴染の海藤 大樹くん。職業はフリーターだよ」
でもさっき『僕はカイトウだよ?』って言ってたのは……と聞こうとした時には、既に海藤さんはキッチンに行っていた。
「少し時間がかかるんで、ちょっと待っててくださいね」
そう言われ、私は大人しく待っている事にした。30分ほど経って、海藤さんがご飯を作ってくれた頃、突然私の携帯に電話がきた。
「はいもしもし、三浦です」
[どうも、隅の浜署の畑丸と申します]
聞き覚えのあるその声の主は、今朝比嘉くんを迎えに来ていた刑事さんだった。
「あ、どうも。比嘉くんがお世話になってます。ひょっとして何かありました?」
[いえ、そうでは無く。実は折り入ってお願いがありまして]
「お願い?」
[はい。実はある事件のレポートを比嘉くんが持っているらしく、できればそれを見せて欲しいと思いまして]
しかし私は正直少し困った。それは、そのレポートの場所を知らない事もあるけれど、彼の部屋に勝手に入っていいのかというところだった。
逆もあったらアレだけれど、彼だって一応男の子だから、無断で入る訳にはいかないだろう。
「あの、彼は何か言ってましたか?」
[ああ『あんまり色々触らないように』とは言っていたね。ただ、普通に調べる上には何にも問題無いよ、と]
「分かりました。あ、でもこれから夕食なので、もう少し後でいいですか?そうですね……7時30分くらいに事務所前に来ていただければ」
[分かりました。それではまた後程]
そうして約束したけれど、冷静に考えるといくら物を探すとはいえ、やはり異性の部屋に入るのは普通じゃないと思う。
(変なモノとか無いよね⁉︎)
…………結論から言うと見つけてしまった。
とは言っても、それは変なモノではなく彼を知る為には重要なモノだった。しかし、それの真実を知るのはもっと後のことになる。
4. 同日 夜 [隅の浜署内]
(比嘉の言う通りなら、実際に探偵事務所に出向く必要があるな)
ふと時計を見ると、いつの間にか午後の8時になっている。
この時間まで探偵事務所が開いているかを比嘉に聞こうと取り調べ室に向かおうとした時、急に捜査本部の扉が開けられた。
「捜査一課の諸君、長い時間ご苦労だった。後は我々が引き受ける」
見るとそこに立っていたのは結構な数の捜査官。
彼らは"組織犯罪対策部"名前の通り暴力団などの組織の絡む犯罪を捜査する部署だ。今回の事件は捜査会議でも決まったように、俺たち捜査1課とは別に暴力団が絡んでいる可能性も視野に捜査を行っていた。しかし通常、このように他人の敷地にズケズケと踏み込んでくるような真似はしない。
「組織犯罪対策が何の用だ?」
「警視長からの指令だ。今回の事件を、麻薬取引での組織間の抗争と判断し、組織犯罪対策部での捜査に一本化する事となった」
「…………菅警視長の差金か」
菅警視長とは、警視庁のナンバー3にあたる人物で、警視庁の中でも"異端児"として知られている。
今回のこのタイミングでの介入はつまるところ、比嘉に対する捜査の打ち切りを意味する。
(比嘉が言っていた『逮捕出来ない』というのは、まさか……これを言っていたのか?)
「上層部はそう判断したのか⁉︎まだ比嘉に対する容疑は消えていないんだぞ!第一、比嘉は自分があの事件を起こしたという供述もした!」
「だがその供述をひっくり返しただろう。何より、あの男が犯人と決めるための決め手がまだ見つかっていない。違うか?」
そう言われて思わずたじろぐ。確かに比嘉は最初こそ、自分が起こしたと言ったが、その供述を途中で自らで撤回した。
しかし、たじろいだ理由は別にある。
なぜその事を組織犯罪対策部が知っているのか。その事を知っているのは、今のところ捜査1課の捜査員だけのはずだ。
「長い期間の捜査、疲れただろう。次の事件に備えて休めるうちに休んでおけ」
そう言われて俺は肩を叩かれた。
(比嘉、お前は一体何者なんだ。そんじょそこらの探偵なんかじゃないだろ…………)
ただ俺は、力無くため息をつくことしか出来なかった。
キャラ解説の前に作者から一言
作中でサラッと出てきた"ゲキジョウタイ"というワード、こちら今後重要となるキーワードとなっております。
どうか覚えておいて貰えると幸いです。
キャラ解説
中村 卓治 ナカムラ タクジ(64)
喫茶店"ねこまんま"店主
物腰柔らかな老人で、非常に穏やかな性格。弧門の探偵事務所とは色々と深い繋がりがある。料理の腕は一級品で、比嘉に料理を教えたのはこの人。
弧門たちと知り合いになったのにはちょっとした訳があり、中村が『この店を構える事が出来たのは弧門さんのお陰』というほど、弧門に信頼を置いている。
今回の話で明かされた比嘉の過去(両親を殺害した事や、今も犯罪者を殺害し続けている事)を知っている数少ない人物で、知っているからこそ、表には出さないが実は比嘉の事を心配している。
また、悩んだ時に話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりと、まだ若い探偵事務所の面々(特に比嘉)にとっては保護者に近い存在。
手塚 瑛斗 テツカ エイト(26)
占い屋"エイの家"の占い師
新宿の裏路地でひっそりと占い屋を開いている青年。性格は少し変わり者な面があるが、素直で自分の意見を率直に伝えるタイプ。
比嘉とはとある事件を調べている時に知り合った。それ以降比嘉の情報屋としての面も持ち合わせている。
自身の占いは100%当たると自称しており、事実その道ではかなり有名な人物。しかし本人は『信じる奴は当たる。信じない奴は当たらない』と言っており、それを象徴するように比嘉の占いはほとんど外れている。
ちなみに比嘉も『信じる価値のある占いなら信じるが、価値が無いなら信じない。だから俺の占いは外れてる』と、占いを意図的に外している事を仄めかす発言をしている。
占いは、主にカードを使ったものとコインを使ったものの2つを行なっている。
ちなみに店の名前が"エイの家"となっているが、回文になっているのはたまたまである。




