姿の見えなかった男 警察と青年のFirst Contact
1. 3月14日 朝 コンビニ前
「そうですか、ありがとうございました」
俺はコンビニでの聞き込みを終えて車に戻った。車に戻ったのと殆ど同じタイミングで、別の場所で聞き込みを行なっていた畑丸さんから連絡が来た。
[おい望月、どうだそっちは。何か掴めたか?]
「いいえ、全く駄目です。どうやら男はバイクでここは通っていなかったようです。それで、畑丸さんの方は?」
[ああ、一応収穫はあった。どうやら男はこの道を通ったらしい。防犯カメラに姿が映っていた。ただ、ナンバーは分からない]
電話越しの声にも疲労の色が出ている。それも無理はない。今日までの9日間、あの殺人事件をずっと捜査しているが、ほとんど進展がない。
特に、今回の事件で重要参考人になっているこの男を探しているが、よほど人通りの少ない道を選んで走ったのか、手掛かりが非常に少ない。
「俺は一度本部に戻ります。畑丸さんは?」
[もう少し調べてもいいだろうが、今手に入っている情報を渡してからでも遅くはないだろう。俺も戻る]
何か新たに分かった事があるかもしれない。そんな期待を持ちながら俺は車を駐車場から出した。
15分ほど走らせ、捜査本部の置かれている隅の浜署に向かった。捜査本部にいた捜査官達もかなり疲れている様子だ。
「皆さんお疲れ様です」
「よお望月、そっちは何か分かったか?」
「いいえ、その時間帯の防犯カメラは調べましたが、残念ながら男の姿は映っていませんでした」
「はぁ、そっちもダメだったか」
そっちも、という言い方に違和感を覚えて聞き返すと、うなずいて地図を広げた
「今調べている4ルートのうち2ルートは完全にダメだった。今出てる畑丸さんやお前の調べているルートには、まばらにだが映っていてな」
そう確認しながら男の姿が映っていた場所を時系列順になぞっていくが、そのルートには一切規則性がなかった。
「コレ、一体何なんでしょうね。何か意味があるんでしょうか?」
「さあ、見当もつかないな」
思わず唸ったが、いくらルートを見続けても意図が見えない。
繁華街に行ったと思ったら、今度はかなり狭い道を通り。かと思えば次はホテルの近くで映っている。
色々と考えていると畑丸さんが戻ってきた。
「お疲れ様です畑丸さん」
「お疲れさん。一応収穫があった。この男だが、2ヶ所の防犯カメラに映っていた。1ヶ所はここ、もう1ヶ所は少し南のコンビニ前」
言われた通りにマークを足したが、その道どりはさらに複雑になっていた。
「ありゃりゃ、こりゃまた随分とグネグネ走ってるな。でかい道を通ったり、細い道を通ったり大変だな」
そうして3人で地図を睨んでいたが、一向にらちが開かない。
「そう言えば、バイクから調べるのってどうなってますか?あのバイク全体が真っ黒だったから、塗装した店を割り出せれば分かるかもしれないって」
「ああ、そういやそんなことも言ってたよな。そっちはどうなんだ?」
「都内のバイクの店が多いのは知っているでしょう。いま懸命に調べてもらってますから」
そう話していると扉が開き、興奮したように一人の捜査官が入ってきた。
「分かりましたよバイクの持ち主!半年前に同じ型のバイクを購入して塗装していた男がいました」
「何⁉︎詳しい情報は!」
「購入した男は比嘉 翔太郎18歳。都内の私立探偵事務所に勤めています!」
「よし良くやった!それなら、その探偵事務所に向かえばいいのか?」
俺はすぐにでも行こうと上着を手に取っていたが、その捜査官は首を横に振った。
「いえ、今その探偵事務所は、理由は分かりませんが急遽休みを取っていて。再開するのは明日かららしいです」
「ならその男の家は分からないのか?家族や親しい友人がいれば家は簡単に分かるだろう」
「家はそろそろ分かりますが、親しい友人や家族はいません」
「友人はまだしも、家族がいないのか?」
「はい。両親は比嘉が11歳の時に何者かに殺害されています。7年前ですが、犯人は未だに捕まっていません。
その時警察は部屋の荒れ具合から、強盗殺人の線で洗っていたようですが、結果今まで犯人は分からずじまいです」
「そうなのか。その他の情報は?」
「両親を亡くした後、少しだけ孤児院に引き取られていましたが、1週間ほどでそこを抜けて今勤めている探偵事務所の社長の元に引き取られたようです」
「……だいぶ異様な人生を送っているみたいだな、その男」
霧山さんは疲れもあってか、ため息をついて近くにあったイスに腰掛けた。
俺も口にこそしなかったが同意見だ。
俺は今まで数多くの犯罪に関わってきて、その中で両親を失った子もいた。ただ、1週間も経たずに孤児院を抜けたり、見ず知らずのいち探偵事務所の社長に引き取られたり。
と普通に考えればあり得ないような人生を歩んでいるのは確かだ。
「……あ、分かりました。比嘉は都内のマンションで一人暮らしをしています」
「18でマンション暮らしか。だいぶいい暮らししてるな」
「家が分かったなら早く行きましょう!」
「バカ言うな望月、時間見ろ時間」
畑丸さんが呆れた様子で俺に言ってくる。腕時計を確認すると、もうすぐ6時になろうとしていた。
「こんな時間に行って大丈夫かよ」
「でも、すぐにでも行かないと比嘉が逃げる可能性もあるじゃないですか。それに捜査員全員疲れているんですから、一刻も早く解決に向かわねば……」
「分かった分かった。珍しくお前が熱くなってるみたいだからな。そのかわり、任意での事情聴取だからな。断られたらまた出直す事になるぞ」
「かまいません」
俺は手にしていた上着を羽織って車に向かっていると、少し遅れてやってきた畑丸さんが話しかけてきた。
「どうしたんだ望月、いつもなら大人しく退くのに珍しく食い下がったな。何があったんだ?おっと、隠し事は無しでな」
どうやら畑丸さんは、俺が熱くなったのに理由があったのに気づいたようだ。
「……実は、今回殺された中の1人の殺され方が似ていたんですよ」
「似ていた?」
「はい、俺の警察学校時代の恩師がいたんですけど2年前に亡くなったんです。昔はよく面倒を見てもらってたんですけど、警察学校の教官から前線に戻って順調に昇進していって、その矢先に……」
そう、忘れもしない2年前の8月、まだ刑事になってすぐの時だった。あの時は俺含め多くの捜査員で捜査したにも関わらず、犯人逮捕には結果至らなかった。
「ああ思い出した、霧山さんか。俺も少しお世話になった事がある。確か死因が」
「首の骨を折られたことによる窒息死です」
「そういえば、今回の被害者にも同じような死に方してる奴がいたな」
俺は黙ったまま車を出す。比嘉の住んでいるマンションはここから40分ほど走らせれば着くらしい。
夕方という事もあって車通りの多くなっている道を、ただひたすら目的のマンションまで走らせる。車内では一言も喋らずに運転に没頭していた。それを察してか、いつもは口数の多い畑丸さんも俺に一言も喋りかけてこなかった。
(その比嘉とか言う男、一体どんな奴なんだ?もし訪ねた先で暴れなんかしたら、俺と畑丸さんで抑えられるのか?……いや、何としても抑える必要がある)
「オイ、行き過ぎだぞ。戻れ!」
畑丸さんの大声でハッと我に返って、慌てて車を止めた。
「す、すみません。ちょっと考え事してて……」
「しっかりしろよ全く。疲れが溜まってるのは分かってるけどよ」
俺は駐車スペースに車を置いて、ロビーに向かった。
「えーと確か702号室でしたよね」
俺はタッチパネルを操作して部屋のボタンを押した。しばらくしてスピーカーからしてきたのは男の声ではなく、少女の声だった。
「ハイ、どなたですか?」
「すみません捜査一課の望月と申します。こちらに比嘉 翔太郎さんはいらっしゃいますか?」
そう聞くと、向こうで何やら話し声が聞こえた後、今度は男の声がした。
「はい、比嘉です。一体何の用ですか?」
「すみません、実はある事件についてお話を伺いたいのですが」
そう説明すると、少し間が空いて再び声が聞こえてきた。
「それって任意ですから別に断ってもいいんですよね?」
「え、ええ一応可能ですが」
話している間に、なぜか俺の背筋に冷たい汗が流れた。その原因は比嘉の言葉、比嘉の声が醸し出す今まで感じたことのないような、しかしハッキリと判る敵意だった。
「まぁ、断る理由もありませんし構いませんよ。そのかわり、4つ条件を付けさせて下さい」
「……その条件は?」
「まず一つは、明日にしてもらえますか?俺としては、今からというのはどうも面倒で。
あ、安心して下さい、逃げも隠れもしませんよ」
「ええ、それはまぁ構いません」
「では二つ。明日から事務所が再開するんですけど、実は今ウチに新入所員が居まして、コイツを送らなきゃいけないんで、警察署に行く途中でコイツも送ってもらっていいですか?」
「分かりました。ではあと2つは?」
「一つは、俺以外の事務所のメンバーに迷惑をかけないと約束する事。もう一つは、数日前から事務所の近くをうろついているあなた方のお仲間さんを退かせること」
しかし俺は比嘉が最後に言った条件に疑問を抱いた。
「最初の条件は分かりましたが、もう一つの方は飲めません。というよりも、飲みようがありません」
「……どうしてですか?」
比嘉は怪しむ、というよりは純粋に疑問といったように聞いてきた。
「今この事件を捜査している捜査官の中で、君の探偵事務所の近くで張り込みをしている捜査官はいない。第一、君が捜査線上に浮かんだのが今日なんだ。だから、数日前から張り込むことは不可能だ」
「何だって⁉︎……なら……やっぱり前イガラシさんから聞いた……」
比嘉は小声で何かを呟いていたが、しばらくすると何事も無かったように
「それなら、明日の朝8時半にロビーに来て頂ければ」
「分かりました。では」
そうして俺と畑丸さんは比嘉の住むマンションを後にした。
署に戻る車内では畑丸さんと、さっきの比嘉の話題になった。
「なあ望月、気にならなかったか?」
「ハイ、気になりました」
「最初呼びかけた時、女の声がしたよな?一人暮らしじゃ無かったのか?」
「え、そっちですか?」
半ば心配しながら聞き返すと、冗談だよ、と苦笑いをした。
「じゃなくて、最後に言っていた条件『数日前から事務所の近くをうろついてるお仲間さんを退かせる事』だろ?アレどういう意味なんだろうな」
「分かりません、別の事件を調べていた捜査官がたまたまいたのか。又は警察ではない何かが監視していたのか。それか単なる思い違いか」
そう話しながらも、俺は比嘉のあの声が頭から離れなかった。
あの今まで相対した事のない敵意。あの敵意はしばらく俺の体から離れることは無いだろう。
2. 同日 夕方 比嘉家マンション内
「ね、ねえ比嘉くん……さっき来た警察の人と何かあったの?」
比嘉くんが話し終わったのを見て話しかけてみた。
なぜかは分からないけれど、私だけ置いてけぼりをくらっている気がしてならなかったからだ。
「あー、別になんでもないよ。ただ、悪いんだけど話聞きたいって言ってきたから、ちょっと警察署行ってくるよ」
「そ、そうなんだ」
「安心して、事務所に行ったらツカサや弧門さんが身の振り方は教えてくれるから。それよりもご飯にしよ?」
相変わらず何があってもマイペースな比嘉くんにちょっと安心して、私もテーブルにつく。
(比嘉くんと一緒にいると、何だかんだ安心するんだよね。言ったら調子に乗りそうだから絶対言わないけど)
ただ、この時の私は知らなかった。
明日、私と比嘉くんがあんな事に巻き込まれる事になるなんて…………。
3. 3月15日朝 比嘉家マンション前
約束の朝、俺と畑丸さんは比嘉の住むマンションに向かった。
「比嘉、逃げてないといいですね」
「一晩中見張って怪しい動きも無かったんだ、逃げようがないだろう。最も、あの男は逃げないだろうがな」
確信があるのか、畑丸さんは比嘉が逃げないと断言する。何故そう言い切れるのか聞こうかとも思ったが、やめた。そんな事をするだけ時間の無駄だ。
何故なら比嘉はいたからだ。それも部屋の前で既に待っている。横には昨夜言っていた『新しい事務員』らしき少女がいる。
「おー、時間ジャストですね。凄いなぁ」
俺たちの姿を確認した比嘉が、腕時計を確認して笑った。が、その直後横にいた少女に思い切り後頭部を殴られていた。
「それでは比嘉 翔太郎さん、御同行願います」
「ええ、構いませんけど、その前に……ね」
殴られた後頭部をさすりながら、横にいた少女を指さした。
「分かっています。それではお嬢さんもご一緒に」
そうして俺と畑丸さんは、比嘉とその仲間の少女と車に乗った。まず向かうのは、この2人の勤める探偵事務所だ。
15分ほど車を走らせて探偵事務所の前に着いた。ここで少女だけを降ろし、比嘉をこのまま警察署に連れて行く。
「そ、それじゃあね比嘉くん。……刑事さん、比嘉くんをよろしくお願いします」
「気にすんなよ三浦。あ、出来れば後で迎えに来てくれると嬉しいんだけど」
比嘉はこんな状況でもマイペースに笑っている。一体、どこにそんなメンタルが備わっているのか。
ここから署まで40分ほど車で走る事になる。その間比嘉は、助手席に座っている畑丸さんと話していた。
「なぁ比嘉、いくつか聞いていいか?あ、これは個人的な質問だから答えても答えなくてもいいし、これからの取り調べとは一切関係無い」
「ええ、いいですよ。畑丸さん」
「へぇもう既に名前は把握済み……か?」
「そうですよ、隣の方は確か……望月さんですよね」
「……何故分かった。俺はまだしも、畑丸さんは名前は名乗っていなかったはずだが?」
名前が何故分かったのか分からず、思わず棘のある言い方になってしまった自分を一人悔やんでいると、それを分かってかわずかに間を置いて話し始めた。
「さっき、エレベーターに乗って部屋まで来てましたけど、その時話してましたよね。声が小さくて聞き取れはしませんでしたけど、読唇術で分かりました」
「なるほど、それも探偵としての武器か?」
心なしか、比嘉と話している畑丸さんは楽しそうだが、俺はそれと真逆に、底知れない恐怖を感じていた。
理由は分からない。ただ、何故かこの男は俺の本能が嫌っている。
(俺とこの男は根本が違う)
車を運転しながらも俺は、必死に比嘉の見えない狂気から自分自身を守っていた。
4. 同日 昼 隅の浜署内
「へー、警察署の中ってこうなってるんだー」
何事もなく署に着き、これから取り調べが行われることとなった。だが、比嘉はというとまるで遠足に来た小学生のように目を輝かせて、あたりを見回している。
「こちらです。奥の椅子に座ってお待ち下さい」
「はいはい、了解です」
比嘉にそう指示するとすんなりと座り、何やら周囲を観察している。
「畑丸さん、案外すんなりとここまできましたね」
「ああ。だが望月、これはあくまでも令状のない任意同行だ。勾留できて1日だから、出来るだけ情報を聞き出すぞ」
「はい、元よりそのつもりです」
そして俺は部屋に入り、比嘉と机を挟んで向こう側に座った。
「早速ですが先月の11日の夜、清水港で殺人事件が起きた事はご存知ですよね?」
「ええ、俺が事情を聴かれるならそれくらいしか心当たりがありませんから」
呑気に笑う比嘉に若干の違和感を感じながらも、俺はストレートに事を聴く。
「単刀直入に聴きます、その夜あなたは何をしていましたか?あの港の近くの防犯カメラには、あなたの姿が写っていたんですよ」
「何を……ねぇ」
「笑わずに、ハッキリ答えて貰えますか」
少し高圧的に語彙を強めて言うが、比嘉は意に介さないように目を閉じた。
「殺しに行きましたよ。確か……"源田組"でしたっけ?麻薬の取引現場でしたよね」
「殺害を認めるのか?」
横にいた畑丸さんがそう聴くが、比嘉は何も答えずに笑ったまま。
「どうなんだ、認めるのか!」
俺が苛立って机を叩いたが、比嘉は動揺する事なくため息をついた。
「あー、まぁ認めるのは認めますけど、でも貴方たちは……俺を逮捕する事はできませんよ?」
今回のキャラクター解説
望月 明 [モチズキ アキラ](26)
警察官 階級:警部補
20代ながら警部補まで昇進した程のエリート。強い正義感の持ち主で、今までにも多くの事件解決に携わってきた。
今回の事件に並々ならない思いを持っており、その理由が作中でも書かれた"被害者の中に、警察学校時代の恩師と同じ殺され方をした人物がいたため"で、比嘉がその秘密を握っているとにらんでいる。
警察官になったのは、同じく警察官だった父親の影響。
畑丸 昇旗 [ハタマル ショウキ](42)
警察官 階級:警部補
望月の先輩にあたり、階級こそ警部補だが、多くの仲間からはそれ以上の実力を持っていると言われている。
少し暴走気味な望月のブレーキ代わりのような役目を負っており、事件では年齢と経験に裏打ちされた推理力を遺憾なく発揮する。
性格は、年齢も相まってか非常に落ち着いている。さらに心理戦や腹の探り合いも得意としている。
既婚者で、奥さんと小学生の娘がいる。




