もう一つの姿。黒衣は闇夜に踊る
1.
比嘉が1人で仕事に向かった夜、門矢は探偵事務所で少し残っていた報告書を仕上げていた。仕上げながら、今日起きた事を思い返していた。心につっかえたあの事について答えを得るため。
(なぜ今になって海藤が現れたのか……いや、それだけじゃない。なぜ弧門さんや翔太郎の前に姿を現したのか。しかも姿を現したのは、加藤さんのとこに何かを聞きにいった日。
どうにも偶然で片付けられないな)
ふと正面に人の気配を感じて顔を上げると、そこには少年のような無邪気な笑みを浮かべた海藤がいた。
「カイト!お前いつからいたんだ⁉︎」
「今さっきだよ?随分と鈍くなったね、士」
うるさい、と睨んでも海藤は相変わらずヘラヘラとしている。
「それよりお前、どうして今になって現れた?確か3年前のSCウイルスのパンデミックに会ったのが最後で、それ以降は海外に行ってただろう」
カイトはSCウイルスのパンデミックが起きた3年前、当時も数か月ぶりにふらっと現れたと思えば、『もうこの国はダメだ。僕はしばらく海外に移住するつもりだけど、士はどうする?』と言いに来たことがあった。
それ以来消息も分からなかったが、今日になって急に現れた。コイツの事だ、これには絶対に何かあるに違いない。
「僕が現れた理由?そんなの分かりきった事じゃないか」
「じゃあ、さっさと教えろ」
「士たちさ、何か面白いことしようとしてるんだってね?」
「さあな。俺もほとんどわかんねぇよ」
「そうなのか……ま、僕が戻ってきたのも何となく面白い事がありそうだって感じただけだからね」
いつも感覚的な海藤がわざわざここに戻ってくるのだ、絶対に今後何かがある。
そう思いながら俺はパソコンの電源を落として帰ろうとした。だが、帰ろうとした時に翔太郎について聞いてきた。
「そうだ、翔太郎くんの事だけど……彼ほとんど変わって無かったね」
「まぁ3年しか経ってないからな。まあ変わってないってのは……」
「そうか、そう言えばそうだね。変わってないから今もアレをしてるんだよね。
でも何年も続けていられるっていうのは、それだけ心が強いってことだし。いいのか悪いのか……」
「ただアイツはそれを望んでいる。
さて、仕事も終わったからここから出るぞ」
そして俺とカイトは、近くの喫茶店に向かった。
急に現れたとはいえ腐れ縁で繋がった仲だ。3年ぶりの再会を一応祝わない訳にはいかないだろう。
2.
俺はバイクでとある港に向かっていた。無論向かっているのは暇つぶしのためではない。
今夜この港で非合法組織の裏取引が行われるという情報を手に入れた。もちろん取引の相手に行くわけでは無い。取引の場に俺が現れて、俺がその場の全員を暗殺するのだ。
そう、これが俺が、いや俺たちが探偵業と別に行なっているもう一つの仕事だ。表立った事件にならないと動かない警察の代わりに、俺たちが犯罪者を暗殺する。そうして、これから先にその犯罪者の犠牲になる人を減らす。
俺たちがしているのは立派な殺人だが、こうでもしないと力を持たない人を守る事はできない。それだけこの国治安は悪化しているのだ。
港の近くにある自動販売機の前にバイクを置き、港の中に向かった。腰から下げた武器の重さを確かめながら。
取引中の現場に着くと、状況を把握するために少し高い位置にある物陰に登った。男たちは背丈ほどはあるコンテナに囲まれた場所で取引をしていた。
(今回は確か麻薬の取引だったな。スーツの男が……10人か。取引の中心にいるのが7人、そこから少し離れたとこにいるのが3人か。3人はサブマシンガンで武装してやがるな、あとのやつもハンドガンくらいは持ってるだろ)
状況を把握し終わると、今度は作戦を手早く考えた。といっても作戦は至ってシンプル、取引現場の周りを警戒している3人を奇襲し、残りはどうにでもなれという感じだ。
(まずはコイツだ)
取引現場から最も離れた場所に立っていた男に標的を定め、そして背後から近づき愛刀で突き刺した。人体を剣で刺した時特有の感触が、刀身を通じて手元に伝わってくる。
刺した直後、ウッという小さな声が出て体が一瞬震えたが、その直後動かなくなった。それを確認して男の身体から刀を引き抜くと、かなりの量の血が傷口から勢いよく噴き出した。俺はその血を素早く避け、刀身に付いた血を刀を振って落とした。
相変わらずいい刀だ。
と、この刀についても話さなければいけないだろう。
これは日本刀を模した全体真っ黒な刀、『黒刀』『炭素刀』『カーボンブレード』など様々な呼び名がある。察しがいい人物はもう分かったかも知れないが、この刀、実は炭素繊維で出来ている。炭素繊維は鋼よりも強靭で強硬、なおかつ軽量という事で炭素繊維で刀を造ってもらったのだ。造ってもらった結果、やはり強靭、強硬、軽量の三拍子は揃っていてかなりいい事尽くめ……に見えるが実はいくつか欠点がある。
一つは値段、この刀一振りで大体50万はする。しかも俺が使っているのは俺に合わせた特注品で、80万はする。本物の日本刀を買うよりは安いし、実戦向きなのでまぁ、マシと言えばまだマシだ。
もう一つの欠点、それはその軽さだ。この武器のモチーフになっている日本刀は、刀の切れ味と刀の重さで切っている。だからこそ、相手の骨まで断つことができる。だがこの刀は重さが無い。そのため、黒刀の軽さが技の軽さに直結する。使い手の技術が重要な武器なのだ。
(あと2人、周りを警戒してる奴いたよな。一体どこ行きやがった)
そう考えながら歩いていると
「おい、まだ繋がらないか?」
「ああ。どうする、やっぱり報告するべきか」
と話し合っている声が聞こえてきた。早くも1人殺したのがばれたか。
話している2人の男は、取引現場に直通している通路の入り口に立っている。そこでまず、左の無線を使って連絡を取っているから始末する事にした。
物陰を伝いながら素早く近づく。
「誰だお前!」
右に立っていた男が、正面から突っ込んでくる俺を見て叫んだ。だがもう遅い。
俺は素早く、無線を手にしていた男の胸を突き刺した。もう1人の男は相方が刺された事に動揺しながらも、俺に銃を構え撃とうとしてきた。
俺もすぐに刺した刀を引き抜き次の攻撃をしようとしたが、存外深く刺さっていたせいかすぐに抜くことが出来なかった。
そこで、すぐさま刀の柄を逆手に握り直して勢いよく引き抜き、その流れで男の首を狙った。だが
(チッ浅いな)
首を狙って攻撃したが、相手の男も反射的に避けていた。しかし、浅いとは言え斬られた事には変わらず、男は片手で斬られた首元を押さえ、もう片手に持っていたサブマシンガンの銃口を俺に向ける。
銃口が向けられた瞬間、左の拳で銃口をうまくそらせて、逆手で握っていた黒刀で肩から斜めに斬る。そこから黒刀を左手に持ち替え、とどめに胴体を横に一薙する。男は何をされたか分からない、という表情を浮かべたままガックリと倒れた。
「さてと、さっさと残りを片付けるか」
そう自分に言い聞かせるように1人呟いて、現場に向かった。
3.
現場に着くと、数人の男たちが取引内容について話していた。
「とりあえず今回はクスリを4kg分だ。おっと、少ないなんて言ってくれるなよ?こっちもギリギリなんだ」
「分かっている。それよりもサツは大丈夫なんだろうな」
「ああ、この港はうちの会社の私有地だからいくらサツでも、令状無しじゃあ入ってこれねえよ」
「なら大丈夫だな」
(大丈夫じゃあ無いんだよなぁ)
大笑いしながら話している男たちの話の内容に対して心の中でツッコミをした。なんなら警察よりもタチの悪い子供がすぐ近くにいるんだよ?
そう思いながら物陰から立ち位置を把握する。
4人が木箱を囲んで談笑し、3人がその近くで警戒をしているという状況だ。その周りには人の身長をゆうに越える高さの鉄製のコンテナや、さまざまな大きさの木箱が点在していた。
これだけ荷物があれば、仮に銃で撃たれたとしてもコンテナや箱を盾にして銃の射線を振り切るとこができる。
そうと決まればやる事はただ一つだ。
俺は自分の気配を殺して、コンテナの上に登って奇襲の準備をした。辺りは薄暗いので、コンテナの上に立っていてもそう簡単にはバレない。
手始めに足元にいる男に犠牲になってもらおう。そして刀を抜刀してコンテナから飛び降りた。
「オイ!後ろ!」
正面に立っていた男が、いち早く俺が飛び降りたのに気がついた。だが
「残念だったな、手遅れだ」
誰に聞かれる訳でも無い独り言を1人呟いた。そうしていい終わる時には、最初に標的になった男が俺の凶刃にかかり、驚くほどの血を吹き出しながら事切れた。
「何だコイツ!どこから入ってきやがった!」
「テメェよくも!」
口々に叫びながら素早く俺に銃口を向けてくる。そしてリーダーらしき男が、俺を指差してたった一言言い放った。
「殺せ」
その直後、一気に全身を殺気が刺した。
目の前の男たちが各々手に持っている銃の引き金に指を掛ける。この状況でやり合ってももちろん勝ち目は無い。俺は近くにある金属製のコンテナを利用して、射線を振り切ろうと走った。背後で銃声が轟き背中に強い衝撃が走る。多少痛かったが死にはしない。そのまま走り抜けて、近くにあったコンテナの影に身を隠す。
(危ねえ、念のためにボディーアーマー仕込んどいてよかった)
前日に弧門さんから貰った防弾アーマーをコートの下に着込んでおいたお陰で何とか重傷は避けた。
すぐさま体勢を立て直して、敵がどこからくるか耳を澄ませる。予想通り奴らの足音が聞こえた。
(足音が左右から聞こえる。ってことは挟み撃ちか?いい判断とは言えないな)
俺は足音を殺して素早く右に移動する。こっちの方がわずかにだが、顔を出すのが早そうだ。足音からして2人、楽勝だ。
一際大きな足音とともに、俺が隠れているコンテナに敵が踏み込んできた。後ろでも音がしているが先にこっちを始末する。
俺は出会い頭に敵の1人を下から斬り上げて殺した。さらにその奥から来ていたもう1人の両足と両腕を斬り裂いて、男の後ろにまわり込んだ。
左手に握り変えた黒刀を男の首に突きつけ、右手は男の手ごと持っていた拳銃を握り込む。
「おいおい、どうするよこの状況?コイツはまだ生きてるぜ」
盾にしている男が生きている事を残りの奴らの仲間に知らせて拳銃の銃口を向ける。俺がそう言うと、敵の中に一瞬動揺が走る。
(そうだよな、流石に生きてる仲間を撃つのは躊躇うよな?)
目の前の3人の顔色を見た後、俺を撃てる場所まで回り込もうとしていた男に三回立て続けに引き金を引く。一発目と二発目は外れたが三発目で銃を弾き飛ばした。
その光景を目の当たりにした1人が半ばパニックになりながら撃ってくる。俺は盾にしていた男を後ろから突き飛ばしてそれと同時に思い切り跳ぶ。死体がぶつかり、はね除けるのに手間取る男の左肩に逆手に持った黒刀を突き刺す。
その場にいる残りの2人も斬ろうと、手に力を入れたが引き抜ける気配がない。深く突き刺さり過ぎたのだ。
俺は黒刀を諦めて、拳銃の銃口を向けている男に素早く近づく。身体を低く沈ませ、左の裏拳をうまく使い銃口を逸らせる。そのまま右の拳を男の胸元に密着させ、一拍溜めを作り思い切り叩き込む。右手に男の胸骨が折れる感触が伝わり、力が抜ける。恐らく、折れた胸骨が心臓に刺さったのだろう。
動かなくなった男を捨てると、仕留め損なっていた男がナイフを取り出していた。
「ぶっ殺してやる」
随分と血走った目をしている。目の前で仲間を殺されればそりゃあ怒るだろう。
だが、コイツらは殺されるだけの事を今までしてきたのだ。警察はどうせ手を小招いているだけだからこそ、俺がこうする。
「かかってこいよ。どうせ勝てないから」
あえて挑発するように笑うと、一気に近づいて俺の胸めがけてナイフを刺そうとしてきた。俺は少し体を捻ってかわし、すれ違いざまに首にむかって手刀を叩き込む。
首をわずかに気にしながら再び斬ろうとしてきたところを、さらに連続で手刀を叩き込み首を負傷させる。
(もういいよな)
俺は首を押さえて片膝をついている男に背中をむける。俺が油断したと思った男が刺そうと、走ってくるのが気配でわかる。
そして刺そうとした瞬間に俺は体を回転させ、右脚で男の首を蹴り飛ばす。すると右脚にゴリッという感触があった。蹴られた男は走り込んできた勢いを殺せず、そのまま無様に崩れ落ちた。
俺はそいつに構う事なく、死体に刺さったままの愛刀を引き抜いた。
(あんだけ斬ったのに曲がるのはおろか、刃こぼれすらして無い。やっぱり凄いな)
刀身についた血を振り払い、この場にいなかった最後の1人を始末しに歩く。
が、少し離れた所で車のエンジン音が聞こえた。恐らく最後の1人が車で逃げようとしているのだ。
その音を聞いて、俺はバイクを停めていた場所にゆっくりと歩いていく。ただし車を追うのではなく、帰るのだ。
現場から離れていると、わずかに爆発音が聞こえた。正体は確認しなくても分かる。男の乗った車だ。
この場所に来た時に車が何台か停めてあるのを見て、逃走用に使われると面倒なので、あらかじめブレーキが効かなくなるよう細工をしておいた。これで全員死んだだろう。
「闇に抱かれて眠れ」
俺はさっきまで暴れていた場所を一瞥して呟くと、バイクにまたがってそのままとある場所に向かった。
4.
ここはとあるビルの非常階段。俺ここである人物と会う約束をしている。
5分ほどすると、目的の人物がやってきた。
スーツ姿の50代の眼鏡の人物。白髪混じりの頭髪は綺麗に短く整えられている。
「23時30分。さすが時間に忠実ですね菅さん」
「ああ、ただ今日ここに呼び出した……という事は」
「ええ、しっかりとこなしましたよ。後は警察が何とでもしてくれるでしょう」
「…………すまないねぇ」
やるせない表情を浮かべる菅さんを見て、俺は首を振る。
「とんでもないですよ、俺ができるのはこんな事だけですし」
すると菅さんは背広から紙袋を取り出した。
「受け取ってくれ。私も、本当はもっと別の解決法があるはずと模索しているんだが……」
「今は警察も政府も当てになりませんから、仕方ないです。あんまり自分を責めないで下さい」
俺がそれを受け取り立ち去ろうとすると、菅さんが少し引き留めた。
「今回の事件で、近くの防犯カメラに君の姿が映っていたらしく、君が殺した可能性と、組織間の抗争の双方で捜査しているらしい。気をつけろよ」
俺は笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ、俺は捕まりませんから」
今回のキャラクター解説
『比嘉 翔太郎』『弧門 将吾』
比嘉 翔太郎 (18)
今作の主人公。弧門私立探偵事務所所員
非常に高い身体能力と戦闘能力、洞察力、優れた観察眼を持った青年で、彼にとっての命の恩人である弧門や門矢と共に働く。中性的な整った顔立ちで背も178cmとそこそこ高い。優しい性格で面倒見も良く仲間想い。
だが、仲間の事を想う余りどんな危険な事だろうと自分だけでやろうとする、後先考えない面もある。
『力を持たない人を守りたい』という目的のために愛刀の"黒刀"を操り暗殺を行なっている。ただし、暗殺するのは犯罪者や自身にとっての敵のみ、と決めている。
戦闘の時は主に躰道の流派"桐生派"を我流に変えたものと、弧門から教わった我流の剣術を併せて戦っている。
料理も上手で、喫茶店"ねこまんま"のマスター、中村から教わった。
幼少期の影響か、警察や政府を嫌う。
雨が嫌いで、雨の日の仕事を嫌がり、また心理戦に弱く、ババ抜きなどのゲームはしょっちゅう負けている。しかも、今でこそそれなりに改善されたが、かなりの機械音痴。
弧門 将吾(30)
弧門私立探偵事務所所長
元々谷崎の経営する孤児院"始まりの家"に勤めていたが、生物兵器の実験台にされそうになっていた比嘉を保護するタイミングで、副業としてやっていた探偵業を本業にした。
洞察力や観察眼に優れており、門矢と比嘉に探偵業のイロハを教え込んだ。優しい性格で面倒見がいいが、少しお茶目なところがあり、比嘉は最初このギャップに驚いていた。
比嘉に剣術を教えたのは弧門で、初めの頃こそ腕は同等位だったが、今では本気でも中々勝てないと笑っている。比嘉の暗殺に関しては、元々裏で弧門や門矢が行っていたのをそのまま受け継いだ形になっている。
加藤とは古い仲で、数年前までこの探偵事務所で共に働いていたが、加藤が新しい会社を始めるにあたり探偵事務所を抜けた。今では加藤が弧門と仕事を共にすることも少なからずあり、仲はかなり良好。
今後もこんな感じで書いていくので、後書きも楽しみにしていてください




