比嘉の過去 明らかになる『八宮』の謎
1.5月26日 朝 弧門私立探偵事務所
比嘉くんと共に何とか佐野から逃れた次の日、私は比嘉くんにバイクで送られて事務所までやって来たが、彼はすぐに用事があると言ってどこかに行ってしまった。
「……あの、弧門さん」
私はいつものように仕事をしている弧門さんに、昨日の夜あった事と比嘉くんから過去の話を聞かされた事を話した。
「そうか。ってことは、比嘉が裏で人を殺してる事は今まで知らなかったんだな?」
「はい。……って、え⁉︎弧門さんも知ってるんですか?」
あたかも当たり前のように話す弧門さんは、手元を見ながらさらに続ける。
「ああ。しかも俺だけじゃないよ。
門矢も海藤くんも知ってるし、この前仕事の話し合いでも居た加藤も、五十嵐さんも。あと、比嘉の治療をしてくれてる早乙女さんもね」
「そ、そんなに⁉︎ってことは知らなかったのは……」
「三浦だけだな」
静かに身構えていたけれど、弧門さんに苦笑いされてヘナヘナと力が抜けていく。
(な、なーんだ、私しか知らされてないのかと思った)
「それで……これからどうする?」
「へ?」
「比嘉が今までしてきたのは、どう言い繕っても犯罪だ。確かに、警察が裏で金を受け取っているから、本来捕まるはずの犯罪者たちが野放しにされてるのは事実だ。
ただ、だからといって正当化されていいものじゃない。比嘉や俺たちがやってきた事を非難するのも、警察に告発するのも三浦の自由だよ」
私は、どうするべきか決められない。
比嘉くんは、本人の話を信じるなら90人以上の犯罪者を暗殺してきたという。逆を返せば、そこまでしないと治安が守れないような事態に陥っていることの現れだ。
ここで彼を告発すれば彼は捕まり、恐らく……いや100%の確率で死刑になるだろう。
ただ、そうするとまた犯罪が増えるのだろうか?
「……正直この数ヶ月比嘉くんと一緒に居て、彼がそんな悪人には見えません。ひょっとしたら、私が本当の悪人っていうのを見た事が無いからなのかもしれないですけど、普通の優しい男の子だって感じました。
だから、どうしようか本当に迷うんです。下手をしたら、彼が罪の無い人を殺すようなことがあるんじゃないか……って」
あの夜に見た彼の姿は、いつもの彼からは想像できなかった。
今までにどれだけ多くの戦いを経験すればできるのか分からないほど冷徹な表情と、それを一切感じさせない日常。そのギャップに私はかなり悩まされていた。
「まあまあ、そんなに根詰めなくてもいいんじゃない。『ボンゴレビアンコ』……だったっけな?まぁ作ったから、よかったら食べてみて」
たまたま今日来ていた海藤さんが、私を見かねてパスタを勧めてくれた。お昼時でお腹も空いてきていたから、私はありがたくもらうことに。
「まあ比嘉も変わってるが、俺たちもどっこいどっこいだろ、弧門さん?」
「あー、確かに言われればそうだけど」
パスタを食べながらの門矢さんの一言に、ある種の納得の表情をしている弧門さん。
(ここにいる人、みんな変わってるのかな?)
まさかそんな事はないよね、と考えながら私もパスタを食べようとした。
とその時、事務所の扉が勢いよく開かれた。
「すんません、もうちょい俺外回りするんで、今日もう残りの仕事出れません」
入ってきた比嘉くんは、書類を取りに来たのか彼の机の周りを探している。
「ああ比嘉くん、よかったらコレ食べる?」
「うわ美味しそ……でも俺時間無いんですよね……っと、門矢」
「んあ⁉︎」
比嘉くんは門矢さんが食べかけていたパスタを半ば強引に奪った。その勢いに、奪われた門矢さんも呆気に取られている。
「お、おいこら比嘉……」
「ぁ……いいなぁ」
「おいこらカイト」
何故か羨ましそうに見ている海藤さんを横目に、比嘉くんは『義野』という男に関して分かったことを話し始めた。
「それで比嘉、結局あの男の言っていた意味は分かったのか?」
「え?ああ、それならなんとか。
手塚に聞いたら、数日以内に情報を集めてくれるって言ってました。ただ、なんだか一筋縄ではいかない気がするんですよね……」
「……いよいよ近づいてきた訳か」
「まあ、いつまで経っても進展しないと泣きたくなりますよ」
彼なりのジョークを飛ばしながら、手早く皿の上に残っているパスタをフォークで片っ端から絡めとり始めた。
海藤さんが作ってくれた『ボンゴレビアンコ』は、イカやエビやムラサキガイといったさまざまな海鮮が入っている。どうやらシーフードパスタみたいなものらしい。
特にムラサキガイは殻のついたままだ。(ここだけの話、殻から身を外すのが少しだけ面倒だったりする)
そう、殻のついたまま……
(ん?片っ端からって……)
「え⁉︎ちょっと比嘉くん!」
声をかけた時には、とっくに比嘉くんはパスタを口の中に放り込んでいた。
「んぅ?」
モグモグと食べ始めてはいるけれど、彼の咀嚼音のなかに『ゴリゴリッ……バキバキッ』という、パスタにあるまじき音が混じっているのを私は聞き逃さなかった。
「お前……まさかムラサキガイを殻ごと食いやがったのか……」
「ふぉうみふぁいあふぇ(そうみたいだね)」
その場にいた全員が唖然とする中、比嘉くんは顔色を変えること無く次々パスタを口に放り込む。
(あーもう何やってんの⁉︎海藤さん完全にひいてるし!)
「オイ、口の中血だらけになるぞ……」
しかし比嘉くんは門矢さんの忠告に耳を傾けることは無く、あっという間にパスタを平らげてしまった。
「美味しかったです。ごちそうさま」
そう言って薄く笑うと、比嘉くんは書類を手に事務所を後にした。
「比嘉くん……アホでしょ……」
私が思わず呟いた一言に、弧門さんは同感だと言わんばかりに、ただただため息をつくしかなかった。
2. 同日 夕方 喫茶店『ねこまんま』
(さてと、それではお店を閉めますかね)
その日、喫茶店『ねこまんま』のマスターの中村はいつものように店を閉めようと外に出た。すると、1人の少女の声が聞こえてきた。
「す……すみません中村さん」
その声の主は三浦。走ってここまでやって来たのか、息が切れている上頬が赤くなっている。
「おやおや、確かこの前比嘉くんと一緒にいらしていたあのお嬢さん。どうかしましたか?」
「あ、あの、一つ聞きたい事があって……」
「おやおや、そうでしたか。では、立ち話もなんですからお店の中でお話を聞きましょう。これからお店を閉めるので、少しお待ちください」
三浦は案内されて喫茶店の中に入る。
中村は、外に出していた看板等々を片付けてカウンターを挟んで三浦の前に立った。
慣れた手つきで紅茶を沸かすと、ティーカップに入れて三浦に勧めた。
「それで、聞きたいお話とは何ですか?私の知っている事であれば良いのですが」
「あの……中村さんは、『八宮 悠夏』さんって知ってますか?比嘉くんと何か関係があるみたいなんですけど」
三浦の質問に、中村は答えるかどうか戸惑っているように見えた。
「……名前は存じ上げませんが、1年以上前に一緒にいらしていた女性なら確かにいましたよ。ただ……」
とても言いにくそうにしている中村を察して、三浦は慌てて謝罪する。
「すみません、突然こんな事聞いてしまって。どうしても気になってしまったんでつい……」
そうしてその場から退散しようとした時、中村に呼び止められ一つの包みを渡された。中身を確認すると、そこにはサンドイッチが入っていた。
「よかったら、夜食にでもどうですか?比嘉くんに作るよう頼まれていたのですが、中々お見えにならないので、代わりに彼に渡しておいてください」
「ありがとうございます、きっと比嘉くんも喜ぶと思います」
「すみませんね、お力になれず……」
「いえいえとんでもないです。後で彼に直接聞いてみますね」
三浦はどこか吹っ切れたような表情で喫茶店をあとにした。
(しかし、比嘉くんも罪な子ですね。あんな子を知らず知らずの内に夢中にさせるんですから。
さて、約束は守りましたよ。あとは君次第ですからね?比嘉くん)
再び静かになった店内で、中村は深く息をはいた。そう、これは男同士の約束。『彼女』の事に関しては、一切誰にも話さないという秘密の約束だった。
『真相を話すなら本人の口から』中村には話す資格が無いからこそ、話さなかった。
きっと三浦は真相にたどり着くだろう。それが彼女の望む答えなのかは、分からないが……
3. 同日 夜 比嘉家マンション
「ただいまー」
玄関でドアが開く音がして、比嘉くんが帰ってきた。その声には、隠そうとしても隠しきれない疲労の色が滲み出ていた。
「おかえり比嘉くん。……あのさ、中村さんのところに行ってサンドイッチ貰ってきたんだけど、よかったら食べる?」
「お、マジで?俺腹減っちゃってさー。ありがとな三浦」
手には茶封筒を持ったまま嬉しそうに笑った。
封筒を自分の部屋に置いてリビングに来た比嘉くんは、帰ってくる時に買ったであろうコーヒーを飲みながら、私から受け取ったサンドイッチを食べ始めた。
「あと……一つだけ教えてほしい事があるの」
「んぇ?」
「その…………『八宮 悠夏』さんの事なんだけど」
その名前を出した途端、比嘉くんが飲みかけていたコーヒーを軽く吹き出しかけた。
「ほ、本当に聴きたいか?」
「うん。今まで聴こうとしても、比嘉くんはぐらかしてばっかりだったし、それに中村さんに聞いてみても話してもらえなかったから」
少し目を閉じて考えた後、彼はフッと左手に視線を落とす。その先には鈍く輝くブレスレットがはまっていた。
「いいよ。なら、少し長くなるけど教えてあげるよ。俺の昔話」
そう言うと少し頭を掻いて、手に持っていたコーヒーを少し飲んだ。
「『八宮 悠夏』俺よりも2つ上の女性で……俺が初めて個人的な依頼を受けた人だよ。だから関係で言えば……探偵と依頼人の関係だな。
初めて会ったのは11歳の時」
「11歳って事は……その……」
私が言いづらそうにしていると、何を言いたいのか察した比嘉くんが途切れかけた会話を再開させた。
「俺が……親を殺した頃だ。それで、そのあと俺が弧門さんに『誰にも負けないくらい強くなりたい』って話したら、ある道場を紹介されたんだ」
それって、と言いかけると彼は静かに頷いた。
「そこが俺が昔所属してた躰道の道場『桐生館』。悠夏とは桐生館で出会ったんだ。悠夏は入りたてだった俺を、まるで弟みたいに可愛がってくれた」
「そうなんだ。ねぇ、悠夏さんってどんな人なの?」
「うーん、なんて言うか俺と真逆みたいな人だったな。優しくて明るくて社交的で、それでいて面倒見も良くてさ。昔俺も何度も慰めてもらったり、勇気づけてもらったりして。
結構色んな人から人気あったんだよね」
とても楽しそうに語る様子を見て、私は少し違和感を感じていた。
彼は過去のことをあまり語りたがるタイプではない。にも関わらず、悠夏さんとの事はとても楽しそうに語っている。
「……ねぇ、本当に悠夏さんと比嘉くんの関係って探偵と依頼人ってだけ?」
「……どういう意味?」
「さっきから話聞いてたらさ、なんだかとても仲が良さそうに聞こえて。まるで……その……『恋人』みたいだなって」
すると、比嘉くんは疲れたように息を吐きながら目元を押さえた。
「なーんでそうなるんだよ。いくら何でも短絡的過ぎるだろ」
「いやー、なんか比嘉くんがそこまで人の事を話すのに熱心なの珍しいなーって」
「全く、変なトコだけ察しがよくなりやがって……」
そして、私から少し顔を背けながらぶっきらぼうに言った。
「あーそうだよ。悠夏と俺は昔付き合ってた。探偵と依頼人って関係だけじゃ無くて、恋人だった」
「へぇー、そうだったんだー」
「…………何ニヤついてんだよ」
「別に〜。比嘉くんも男の子何だなーって思っただけ」
いつも地味にからかわれている仕返しとばかりに畳み掛けると、疲れたようにため息をついた。
「じゃあ横道にそれたけど、悠夏の話に戻るぞ。俺が悠夏と再会するキッカケになったのは、今から3年前のことだ」
いかがでしたでしょうか、『ブランニューRARUHI』お楽しみいただけたでしょうか?
この話から挿絵を挿入することにしました。
しかし、イラストを見ていただいても分かるように、全く違いましたね。
そうです、一枚は自分で描きましたがもう一枚はTwitterで知り合った『マママラ』さんに描いていただきました。最初は全て自分で描こうとしていましたが、流石に作業量が尋常では無いので諦めました。
この後投稿する第十六話にも挿絵があるので、ぜひそちらも楽しみにしておいて下さい




