最後の打ち合わせ 一つの手紙と新たな刺客
1. 5月25日 昼 加藤警備株式会社
俺と三浦は、昨日あった弧門さん達の話し合いの結果を聞くために加藤さんの会社にやって来た。
昨日の話し合いで話し合われたのは、来月の20日にある文月環境大臣の就任パーティーに関する事だ。
「三浦、前もって言っとくけど、一昨日の直談判で弧門さんにOKされたとは言え、昨日の話し合いで却下されたら連れていけない。
それは承知してくれよ?」
「わかってる。その時はちゃんと諦めるから」
三浦は覚悟を決めた口調ながらも、緊張を隠しきれない様子で表情をこわばらせる。俺は緊張を解く意味を込めて三浦の肩を叩いた。
「そんな怖い顔すんなよ。大丈夫だ、俺がついてる……っても、お前にとってはそう変わらないかもしれねーけどな」
自分で言いながら自嘲気味に笑うと、三浦は首を横に振った。
「いや、いくら交渉が苦手な比嘉くんでも、こういう状況だと少し心強いよ」
「……あれ、俺褒められた?けなされてね?」
「だって交渉が苦手なのは本当じゃんか」
「あ、ひどい」
いやまぁ確かに事実だが、それをこんな時に言わなくたっていいだろう。
少し拗ねてみて、どんな反応をするか見てみた。が、三浦はそんな事関係ないと言わんばかりに背中を叩いて笑いかけてきた。
「だ、大丈夫そうだな。なら、いくぞ」
俺は弧門さん達のいる会議室の扉をノックし、部屋に入った。
部屋の大きな机の左側には加藤さん、五十嵐さん、弧門さん、士の4人。右側には文月環境大臣、秘書の黒瀬さんと側近の多宮さんの3人。
(……圧が凄いな)
大の大人がガッツリ俺たちの事を待っているのだ。圧を感じない方がおかしい。
俺と三浦が席に着くと、様子を見てから加藤さんが話を始めた。
「さて。では早速ですが、本題に取り掛からせてもらいます。挨拶は……省略しても構いませんね?」
その一言に俺を含めた全員が頷き、それを確認した加藤さんは資料を手に本題を話す。
「まず今回の文月環境大臣の就任パーティーの警護についてですが、私たち加藤警備株式会社と、彼ら弧門私立探偵事務所は喜んでお受けいたします」
「そうですか、ありがとうございます」
俺たちが今回の仕事を受けると聞いて、ホッとしたように文月環境大臣が頭を下げた。
「つきまして、前回の会合で話した事ですが」
「確か、彼女……三浦さんを警護として配備させるという事でしたよね?」
「はい、ご検討頂けましたか?」
弧門さんは神妙な面持ちで応えを求めた。
横の三浦も少し緊張した様子で、次の言葉を待つ。
「彼女が今回初めての警護だという事は、前回の会合で既に聞いています。……正直、そんな彼女をつけるのは難しいと考えています」
(やっぱり、一度も警護をしたことが無いってのが響いてるな)
一瞬だけ視線を横に向けると、やはり三浦は悔しそうな表情を浮かべていた。
「しかし実際考えてみますと、当日の護衛は私服で行ってもらうという事を踏まえても、やはり男性だけでは相手に警戒心を抱かせます。
なのでここは、女性の方も身辺警護に参加していただいた方が良いと思います。恐らく敵も女性が護衛だとは思わないでしょうから、その心理を逆手に取るのです」
「と、言うことは」
「三浦さん、初めての護衛任務で大変だとは思いますが、是非協力していただきたい」
その言葉を聞くと、三浦は嬉しそうに『本当ですか⁉︎』と聞き返していた。
「ええ。三浦さんも、かなりの実力の持ち主と弧門さんから伺っていますので、期待していますよ」
黒瀬さんも賛同するように頷き、これで三浦の本格参加が決まった。
俺も内心、三浦の参加が決まってほっとしていた。俺たちが参加する中1人大人しくお留守番、というのも、流石に可哀想だからだ。
ただ、俺たちに告げられたのはそんないいニュースばかりでもなかった。
もう1人の秘書である多宮さんは、俺たちの様子を見ながら話を切り出した。
「実は、皆さんにはもう一つお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。……これは、まだ一般には公表していないのですが、先日文月宛にある手紙が来たのです」
「それってまさか……」
門矢が弧門さんをチラ見して頷く。三浦はまだ察しがついていないみたいだが、俺は察しがつくと同時にため息をついた。
「殺害予告、ですか?」
弧門さんの質問に三浦は僅かに声を洩らす。
確かに、俺からすればこのタイミングで来る手紙といえば大抵その手の物だが、三浦にしてみればそれはフィクションの世界のソレだ。
「はい。なので、最初はパーティーの中止も考えていました。ですが、ここで中止にするとかえって危険だと考えまして」
「……確かにそれはそうですね」
もしここで中止にすると、パーティーでの暗殺の機会を逃した敵はいつ文月環境大臣の命を狙うか分からない。
それならばこの機に逆に倒してしまおう、というのがこの中止見送りの魂胆だろう。
「そこで、パーティーの開催は中止にしない代わりに、開催を早めることにしたのです」
「え?なんでですか?」
三浦の質問に、それは……と返そうとした多宮さんに一瞬視線を向ける。そして、その先の言葉を制するように俺から話す。
「単純な事だ、相手に時間を与えないためにだよ。もし開催を予定通りに進めれば、ひと月も先になる。だから、開催を早める事で相手に準備のための時間を極力与えないようにするんだ。
もっとも、殺害予告を送ってきた時点で準備は出来てるだろうけど、時間が経てば経つほど不利になるのは俺たちだからな」
「……さすが探偵の方ですね。洞察力がすごい」
「この位はどうという事はありません。それよりも問題は、どういう形で護衛をするかですね」
顎に手を当てて考えていると、弧門さんが提案してきた。
「やっぱりパーティーの参加者に紛れるのが一番いいんじゃないか?全員は無理かもしれないが、2人くらいならいけるだろ」
「はい。それに関しては、既にこちらで決めさせていただきました。
まず門矢さんと比嘉さんはそれぞれウェイターに扮して警護を、弧門さんは文月大臣の大学時代の先輩として潜入して下さい」
「……それでは三浦は?」
まだ役割の決まっていない三浦が緊張気味に文月大臣たちを見つめている。
俺も、弧門さんから依頼された三浦を護る依頼の事もあって緊張が高まる。
「三浦さんは文月大臣の親戚で、社会見学の一環としてパーティーにやって来たという設定で、大臣の身辺警護をしてもらおうと思います」
「な⁉︎」
「だ、大丈夫なんですか?いくら何でもそんな大役に選ぶのは……」
弧門さんと俺が驚愕する中、役割を決めた黒瀬さんは落ち着き払った様子で説明をする。
「大丈夫かどうか、ではなく三浦さんを最も活かせるのがどういう役か、で今回は考えました。
先程も言った通り、三浦さんが女性である強みを活かすのです」
説明の内容だけ聞けば納得はいく。
さっきの話し合いでもあったように、三浦の1番の強みは女だという事だ。
ただ、たったそれだけの理由で文月大臣の身辺警護を任せるのはいかがなものか。俺が心配していると三浦が急に立ち上がった。
「……分かりました。こんな私でいいなら、よろしくお願いします」
三浦はそう言い切ると、軽くお辞儀をした。
その表情はあの時と同じ、俺が弧門さんへの直談判をするに至ったあの時の表情をしていた。
「それでは、日程のお話を。
パーティーの開催ですが、今のところ6月2日を予定しています。それまでに、今回よりも詳しい情報をお渡ししたいと思っていますので」
「分かりました。それでは今日はこれで」
そうして、今回の話は終了した。
個人的には、三浦の参加に対する安心と、その役割の重大さで正直複雑な気持ちだった。
それでも、やらなきゃいけない事は決まっていた。
(弧門さん、俺は俺で頑張りますよ。もうあんな思いするのはゴメンなんでね)
2. 同日 夜 比嘉家マンション
無事今後の仕事の話がひと段落したと思ったら、比嘉くんが家に帰って早々にどこかに行ってしまった。
いや、もう少し正確に言うなら家に帰って、来ていた彼宛ての手紙を見てから……だ。
(でも、かなり血相変えてたよね。あの手紙どんな事書いてたんだろ?)
彼の行動を思い返す限り、確かあの手紙は彼の部屋に置いてあるはずだ。ただ、手紙を見るという事は、彼の部屋を勝手に調べるという事だった。
初めは少し躊躇していたけれど、最終的には好奇心が勝った。
そっと彼の部屋に入って電気をつける。部屋はかなり綺麗に片付けられていたからこそ、机の上に乱雑に置かれた手紙が目立った。
いや、ただ乱雑に置かれているのでは無い。
破かれているのだ。それも、丁寧に破くのではなく(破く時点で丁寧も何も無いけれど)感情に任せてビリビリに破いたみたいだ。
(う、うわー。これどうやって読めばいいんだろ)
とりあえず部屋を出て手紙を持ち出そうと思った時、ふと窓際を見ると紅い綺麗な花が飾ってあるのが見えた。
「綺麗な花だなぁ。何て花なんだろ?」
この部屋にはどこか不似合いな花は、かなり強く私の印象に残った。
とはいえ、今はこの手紙の方が先。手紙を手に比嘉くんの部屋を出てから、リビングにある机の上でパズルのように手紙のカケラを繋ぎ合わせる。こういう細かい作業は昔から得意な方だ。
少し手こずったけれど、3分もしない内に最低限読めるようにはなった。
その手紙には
『比嘉 翔太郎、この手紙を見次第下記の場所に来い。
八宮 悠夏 の仇を知りたければ』
と書かれていて、その下には家から10分ほど歩いた先にある雑居ビルの住所が書かれている。
正直、家で待っているという選択肢もあったけれど、何故か比嘉くんの事が心配になって、簡単に服装を整えてそのビルへと向かうことにした。
夜という事もあって、人通りの少ない夜道を1人歩いて行く。歩いている間も、いくつも気になることがあって頭から離れない。
とりわけ気になるのは、あの『八宮 悠夏』という人物の事だ。
彼が血相を変えるくらいだ、きっと相当大切な人に違い無い。
「ハチミヤ ハルカ……か。そういえば、前に仕事で調査に行った先でもその名前聞いたような……」
こめかみのあたりを軽く叩きながら考えていると、どこで聞いたのかやっと思い出せた。
「そうだ。確かこの前、話を聞きに行ったあの警備会社の社長の人が言ってたよね」
それでキレてコーヒーカップを粉々にしたんだっけ……と思い返していると、何故か彼をこのまま1人にするのが危ない気がしてきた。
あの怒り方は今思い返しても異常だ。
その上あの手紙には『仇を知りたければ』と書いていた。その時点で既に穏やかでは無い。
「比嘉くん、悪いけど見たからはほっとく訳にはいかないよ」
一言だけ呟いて、すれ違う人もいない夜道を1人静かに駆けて行った。
3.同日 夜 繁華街外れ雑居ビル
目的のビルに着いてスッと上の方を見上げる。繁華街のはずれにあるソレは少し寂れた感じがして不気味だった。
注意して様子を伺うけれど、中に人の気配があるかどうかが分からない。
(本当にここにいるんだよね……?)
入り口の扉に手をかけると、何とあっさりと開いた。恐る恐る中に入ると上の方から小さな物音がした。
その物音はまるで誰かが乱闘をして揉み合いをしているような、小さいけれど激しい音だった。
「な、何⁉︎」
慌てて音のする階まで駆け上がり、やっと音の原因の階まで辿り着いた。その頃には、乱闘と思しき音の激しさが一層増して、数人の男の声も聞こえてきた。
「ッゼェんだよテメェら!さっさと手紙の主出しやがれ!」
いつものクールな彼からは想像出来ないような乱暴な声がしたと思うと、入ろうと手を掛けかけていたドアを突き破り、大きな何かが倒れ込む。
さらに、立て続けに黒い塊がドアの奥から飛び出して、倒れ込んでいるなにかを力強く踏みつけた。
踏みつけている主は比嘉くんだったが、その眼には強い怒りを宿していた。
「ひ……比嘉くん?」
名前を呼ばれて、比嘉くんはハッとした表情を浮かべる。
「み、三浦……どうしてここに来たんだ?」
それは……と答えようとしたが、比嘉くんが何かに反応して背後を振り返った。
すると、部屋から別の男が乱入して来た。その手には何か銀色に光る物が握られている。
(コレまさかナイフ⁉︎)
「チッ、こうなるのが判ってたら黒刀持ってくるべきだった!」
「ちょっと!どうなってるの⁉︎」
状況が飲み込めない私を他所に、命懸けの格闘をする比嘉くん。
牽制の右フックをかわされても、そこから追撃の裏拳で追撃して側頭部を捉えて男の脚をふらつかせる。
(確かに何度か戦ってみて強いとは思ったけど、武器持ちにも挑むって……)
なおも続く素早い攻防に呆気にとられていると、どこからともなく大きな声が聞こえてきた。
「流石やなぁ、比嘉 翔太郎。中々やるやないか」
その声の主は、私たちよりも少し年上の柄の悪そうな絵に描いたような不良だった。
「あ?何だお前」
粗方敵を片付けた比嘉くんは、呼吸を整えながら男を睨みつける。
男はその様子を見て面白そうに笑った。
「もちろん手紙の主やで。
ワイの名前は佐野 水樹、GATの二番隊隊長で……訳あってお前を殺しにきたんや」
佐野と名乗った男は、腰のホルスターから変わった形状の拳銃と、黒い小さな筒状の物を取り出して笑った。
「さぁ比嘉 翔太郎、お互い楽しもうやないか?」
キャラクター解説
如月 剣 キサラギ ツルギ (26)
GAT一番隊隊長
謎の組織GATに所属する男。愛刀の月蝕剣を操り、比嘉の命を狙う。狙う理由は今のところ不明。
剣術は我流で、非常に高い戦闘能力の持ち主。その力は比嘉を凌ぐほど。
真面目な性格で口数は少ないが、実は仲間思いで仲間からの信頼は厚い。
しかし、直属の上司の『大隊長』とは確執がある模様。
佐野 水樹 サノ ミズキ (24)
GAT二番隊隊長
如月同様GATに所属している男。我流の暗殺術を扱い、比嘉の命を狙う。
関西弁を話す陽気な男だが、目的の為ならば手段は選ばない。
如月とは違い『大隊長』との確執は無く、信頼もある様子。




