怪盗の打開策 見えた黒幕と新たな依頼
1. 5月22日 夜 警備会社内
「やれやれ、こんなものかい。呆気ないものだね」
津村はモニターに映し出される社長室の様子を見て呟いた。あれだけ自信満々だったからこそ、海藤がここまであっさりと倒れるのかと少しガッカリしていた。
(さてと、この後睡眠ガスを部屋から排出したら警備員を何人か向かわせるか)
部屋を真っ白に埋め尽くすガスを見ながら後の事を考えていると、モニターの向こうの様子は完全に見えなくなった。
しばらくしてガスを排出するために空調システムが動き始めたが、カメラの向こうの様子は一向に変わらず、何も見えないまま。カメラ自体はちゃんと動いているため、カメラが故障した訳でも回線がショートした訳でも無いようだ。
「なんだ、まさかあの泥棒が小細工でもしたのか?」
カメラの向こうがどうなっているか分からないが、予定していた通りに警備員3人を社長室に向かわせる。
津村は初めこそ、このモニタールームで達観しようと考えていたが、万一にも何か盗まれていないか心配になり自身も社長室に向かった。
「突入するぞ」
警備員の1人が先陣を切りドアを開ける。ドアが開かれると、すぐさま仲間が素早く部屋に入った。
その直後、1人の顔めがけてジャケットが投げつけられた。男が投げつけられたジャケットを素早く振り払うと、横で何かが斃れる音がした。
見るとそこには、何をされたのか判らないが床でのびている仲間の姿があった。
その傍らでは海藤が挑発的な笑みを浮かべている。
「さってと、じゃあ僕の本領発揮といこうかな?」
2. 同日 同時刻 警備会社社長室
「さってと、じゃあ僕の本領発揮といこうかな?」
僕は今の乱闘で乱れた服装を整えた。足元にはどさくさ紛れに倒した警備員がいる。
ここで、彼に一体どんな悲劇が訪れたのか解説しよう。
僕がこの部屋で待っていると、ドアの向こうから複数の足音がした。足音は4人分だったけれど、そのうちの一つは声からして社長のモノだと察しがつく。
相手の数は3人だけれど、3人同時に来るとは思えない。来るならせいぜい多くて2人だ。
そこで、1人の視界を奪っている間にもう1人を倒す作戦をとった。
社長室に入ってきた瞬間に1人を僕の上着を被せて視界を奪う。その間に、もう1人に首投げをかけて体勢を崩してから、立ち上がったところをトラースキックで顔面を捉え昏倒させた。
(我ながら随分物騒だなぁ。トラースキックを顔面に喰らうなんて考えたくもないよ)
そう思いながら、一緒に入ってきたもう1人の警備員に挑発するように手招きする。しかし警備員は挑発には乗らず、落ち着いた様子で腰に着けていた警棒を取り出した。
「抵抗するようなら容赦はしないぞ」
「大人しく引いてくれれば怪我はしなくてすむよ?」
チラッと入り口の近くを見ると、外に残っていたもう1人の警備員も入って来ようとしている。
(合流する前に……終わらせる)
いつものように左半身を前にして身体から力を抜いて構える。僕の様子を窺っているのを見て、左足を一歩踏み込んで攻撃を誘った。
すると思った通り、踏み込んだ瞬間左の脇腹めがけ手にしていた警棒を振りおろしてくる。
すかさずさらに一歩踏み込んで、左手で警棒を持った腕を抑え、そのまま側頭部を右肘で振り抜く。足元がふらついたところを左回し蹴りで倒した。
「あーあ、引いてくれたら怪我しなくて済むって言ったのに」
倒れたままで聞こえているかどうかも分からないけれど、そんな言葉を投げかける。
背後から敵意を感じて振り返ると、外で待機していたもう1人の警備員が警棒で攻撃を仕掛けてきた。
不意を突かれながらも身体を翻してかわし、背後に警備員の姿を捉えると、そのまま変形の後ろ回し蹴りで動きを鈍らせる。
「¡Dulces sueños! (スェーニョス)」
立て続けに飛び蹴りも腹部に喰らわせて一度距離を取ると、助走をつけてイスを足場に跳躍する。
そして、体勢を立て直しかけていた男の首を両脚で挟んで身体をひねり、遠心力で壁に投げ飛ばした。
「初めて喰らったでしょ?ルチャ・リブレの『ティヘラ』って技だ。『ヘッドシザースホイップ』って言った方がいいかな?」
倒れた男に丁寧に技の解説をしていると、入り口からカチャリという音とともに社長が入ってきた。見ると手には初めから持っていたのか、拳銃が握られていた。
「いやー、中々見事なものだねぇ。正直みくびっていたよ」
「お褒めの言葉は嬉しいですけど、その手に持っている拳銃は何ですか?」
社長は僕の質問に静かな笑みを浮かべて受け応える。
「私も本当はこんな事はしたくないんだよね。でも、ここまで来られたからには生かしてはおけない」
「つまり、口封じするって事ですか」
「ああ、平たく言えばそうなるね」
「それは……僕としては困るなぁ」
なんとかして反撃の糸口を見つけたいが、反撃するなら少なくともこの拳銃の銃口を僕から逸らしたい。
「しかし、一体君は何を探しに来たんだい?」
「心当たりは無いですか?」
「ありすぎてどれなのかわからないなぁ」
(ありすぎるのか……)
内心呆れながらも攻撃するタイミングを見つけるため、何とか会話を長引かせる。
「いや、悪いね。さっき心当たりがありすぎたって言っただろう?ただタイミング的に一つしか思い浮かばないんだよね」
「……と言うと?」
聞き返すと、アゴに手を当てて思い出すジェスチャーをして笑った。
「あー思い出したよ、確か探偵事務所の子だったねぇ。私としては、あんな零細事務所にあそこまで尽くせるなんて、もはや異常だねぇ」
僕は胸の内に沸いた僅かな怒りを抑えつつ、静かに男の話を聞く。
「あそこにいるのは訳ありばかりだからね。軍の暗部を知って干された所長に、親を殺しただけでは飽き足らず、裏で犯罪者殺しをし続けてる子供。
そして、生来の才能が原因で幼少期に差別を受け続け、自分の本当の居場所を探し続けている哀れな天才。
新しく入ったらしい娘も普通じゃあ無い過去を持っているん…………」
僕は衝動的に腰に刺していた愛銃をホルスターから抜いて、一瞬で照準を合わせると、男の手にしていた拳銃を撃ち落とす。
すぐさまハンマーをコッキングしてトリガーを引く。今度は男の右頬を僅かに掠めるように弾丸を放った。
「悪いけど、僕の友人を悪く言う奴は許さないよ」
「……おやおや、彼らは君の友人だったのか」
面食らったように表情を鈍らせる男に、さらにたたみかける。
「僕が欲しいのは僕の友人たちが欲しがってた情報だ。
ここで大人しく渡すか、殺されて探されるか。賢明なあなたなら迷う事は無いと思いますよ?」
さっきまでとは真逆に銃口を向けられた社長は、少し悔しがりながらも大人しく数枚の紙とUSBメモリを僕に渡した。
(これで僕の任務は終了だ。後は任せたよツカサ)
2. 5月23日 昼 弧門私立探偵事務所
「……あーカイト、つまり文月環境大臣の就任パーティーの警備を断らせてたのは、現総理大臣の"多田 武一郎"が裏で圧力をかけてたからなのか?」
「そういう事だね。正確には、裏で結構な額のお金を渡して、警備を請けさせないようにしてたってわけさ。もっとも、名義は自分じゃなくて、自分の秘書だったけど。
とまぁそういう訳で。僕の調べた結果、中々面倒な事になってるのは明らかだね」
今日、士からの協力依頼を受けて潜入調査をしていた海藤さんが帰ってきて、調べた結果を資料と共に俺たちに話してくれた。
「『動く金の大きさと権力の大きさは比例する』……ある程度覚悟はしてたんだけど、まさか国家ぐるみだとはね……」
弧門さんは資料を見ながら腕を組んで唸っている。
「……弧門さん、私たちとんでもない事態に片足突っ込んでませんか?」
「三浦、片足突っ込んでるんじゃ無い。もう全身浸かってるよ」
三浦にそうツッコミを入れるが、俺自身も事の大きさには正直動揺を隠せない。
「それで、どうします?これだけの事知ったからには、もう引き下がれませんけど」
士がそう聞くと、弧門さんは腕を組んだままとんでもない事を言い出した。
「それなんだが……比嘉と三浦には今回は出ないでもらおうと考えている」
「は⁉︎どういう事ですか!こういう時は俺も出るべきですよ!」
「お、落ち着いてよ比嘉くん」
机から身を乗り出して食いかかった俺を、横にいた三浦が制止する。
ただこればかりは落ち着いてはいられない。
「三浦を出したく無いのは分かります。三浦はまだ来てから日が浅いから、こんな危険な仕事に出すわけにはいかないってのは。
でも、何で俺もダメなんですか!」
「まぁちょっと待て。比嘉、お前には一つ頼みたい仕事があるんだ」
「何なんですかこのタイミングで!」
「いいから落ち着け。仕事の中身は後で伝えるから、今は大人しくしてくれ」
弧門さんは毅然とした態度で、激昂する俺を制する。その態度に俺は気圧され、思わず何も言えなくなってしまった。
その後、暫定で弧門さんと士の2人が行く事になって不満を隠せない俺に、弧門さんは昼に言っていた仕事を依頼した。
「いいか比嘉、俺からお前に依頼する。『何があっても三浦を護れ』
俺たちはこの先、恐らく今までの仕事と比にならないような事態に巻き込まれる。その事態から三浦を護ってくれ」
「……それは"弧門私立探偵事務所所長"としての依頼ですか?」
「違う。"弧門 将吾"という一依頼人としての依頼だ」
俺はその言葉を聞いて軽く頭を掻いた。
「……何でそこまでして依頼するんです?確かに三浦は、ウチの中では決して強い方じゃありません。でも、そこらの輩よりは圧倒的に強いです。なのに……」
「さっきお前も言ってただろ。三浦はウチの中じゃ一番の新入りだから命懸けの戦いなんて未経験だ。だから経験豊富なお前に三浦を任せたいんだ。
それに……あの日以来お前は少しピリピリしてるからな。隠してるつもりかもしれないが、俺たちにはバレてるぞ」
「……分かりました、その依頼を引き受けます。俺は……少なくともこの事態が全て収束するまでは三浦 めぐを俺の命に換えても護り抜くと誓いましょう」
意を決して弧門さんからの依頼を受けた。
多分これは弧門さんなりの気遣いなのだろう。あの日以来、ずっと消えない傷の痛みを抱えていた俺に新しい依頼を与える事で、一時的にでも傷の痛みを忘れられるように、と。
俺はこの依頼で痛みを忘れられるとは思っていない。ただ、1年前にした後悔を再度繰り返さないようにする。
それができれば良いと思っていた。
3. 同日 夜 比嘉家マンション
「ねえ比嘉くん、弧門さんと何話してたの?」
家に帰ってからの第一声で三浦から聞かれたのはそれだった。
「何って……別になんでも」
「絶対ウソ。弧門さんと話してから、比嘉くんすっかり静かになったもん」
「なんでもないよ。ちょいケンカになりかけただけだ」
「えー?」
よっぽど話が気になったのか、三浦にしては珍しくしつこく聞いてくる。
ただ、俺も話す訳にはいかない。
あの依頼を受けた後『この事は三浦には内緒で』と言われたのだ。理由は何となく察しが付くが。
「今度の護衛の依頼、何とかして出れないか聞いたんだよ。人数は多くて困る事は無いから、俺も行かしてくれって粘ってみたんだけどな……」
目を合わせるとすぐにウソとバレそうで、あえて目は合わせずに言った。だが三浦は、ふーんと言って疑問を抱いた視線で俺を見てくる。
「ま、どうせ問い詰めても教えてくれなさそうだからいいよ。それよりさ、今度の護衛の仕事なんだけど」
「ああ、今のところ弧門さんと士……もとい門矢の2人が行くことになってるけど」
「……それさ、私も一緒に仕事しちゃダメ?」
三浦の一言に驚いて、思わず口にしていたコーヒーを吹きそうになった。
「は⁉︎正気なのか⁉︎」
「し、正気だけど?」
いかん、物事の風向きが悪い方に向いてる気しかしない。
「だって、海藤さんが調べてくれて、大変な事になってるのは分かった。でもさ、だからって放っておく訳にはいかないじゃん」
「……いいか、今回の依頼の難易度は今まで受けてきた依頼の比にならないんだ。政府が本格的に噛んできてるとなると、単なる妨害だけじゃ済まない。護衛対象はもちろん、守る側の命も危険に晒される。
俺は一応今までにも何度もこの手の依頼をこなした事がある。ただ三浦は一度もしたことないだろ。
だから……弧門さんは命を危険に晒すようなこの依頼からお前を外したんだよ!」
我ながらきつい言い方だと思う。
……が、現実はそうなのだ。
仕事の経験も決して多いとは言えず、まして自分の命を危険に晒す護衛の依頼は一度もしたことの無い新入りに、この仕事は重すぎる。
しかし三浦はそう伝えてもなお、俺を強い眼差しで見つめてくる。
(コイツ本気で言ってるのか)
「それはそうだけど……でも比嘉くんだって、初めての機会だってあったでしょ?
いつまでもそんな仕事を経験しないと、いざという時に力になれないじゃんか!」
三浦は昼からずっと秘めていた本心を俺にぶつけてきた。
何も言わなくてもわかる。コイツは本気だ。
本気で仕事についてくるつもりだ。
「……分かったよ。なら、もう一回話をしてくる」
俺はポケットの中にバイクの鍵が入っているのを確認して上着を羽織った。
「え……話をしてくるって、今から⁉︎」
「当たり前だろ。お前の気が変わらないうちにさっさとカタを付けるんだよ」
流石にこんな時間に行くのは頭がおかしい、と抗議をする三浦を放って、自室に置いてあるヘルメットを取る。
(やれやれ、無茶な事言うなホント。同じ女子でもえらい違いだよ)
ふと机の上を見ると昔の写真が飾られていた。あの時、俺がイヤになって引出しの奥にしまっておいたはずのあの写真だ。
(なーんだ、うわさ話好きなのは昔っから変わらないな)
今なら何とかこの写真から……この過去から目を背けなくても大丈夫だ。
俺はもう何も失う訳にはいかない。
4. 5月24日 朝 加藤警備株式会社
「おはようございます弧門さん」
「お、おはよう……早乙女さん」
朝からグッタリとして挨拶をする俺を早乙女さんは心配そうに見つめてくる。
「あの……何かあったんですか?」
「あ、ああ。昨日寝ようと思ってた時に比嘉が突然家に来て、何があったのか聞いたら『今度の護衛の依頼に三浦を出してやって欲しい』って言われたんですよ」
今でも忘れない。夜中に急に来たと思ったら第一声がそれだった。
比嘉は『三浦もいずれそういう仕事をしなきゃならなくなるから、手伝い半分体験半分で同行させてくれ』と言い、さらに『俺は文月議員の身を守りつつ三浦の身も護ります!』と、よほど本気なのかかなり熱を持った言い方をしていた。
「それで、OKしてあげたんですか?」
「かなり本気でしたからね、断る方が大変ですよ」
そう言ってため息をつくと、早乙女さんはクスクスと笑った。
「あ、あれ、どうかしました?」
「ああ、すみません。大変そうには見えたんですけど……でもそれ以上に嬉しそうだったんで」
「そう見えましたか?」
少し気恥ずかしくなって頬を掻いていると、早乙女さんはどこか嬉しそうに笑った。
「ええ。何だかまるで、弟の成長を見守るお兄さんみたいです」
「兄弟ですか……」
言われてみたら確かにそうかもしれない。比嘉を引き取った8年前から、俺、門矢そして比嘉は少し歳の離れた義兄弟のような関係だったからだ。
まとめ役で長男の俺と、自由で結構ヤンチャな次男の門矢、強くてクールではあるけれどどこか末っ子気質な比嘉。
お互いそう言った事は無かったけれど、多分内心そんな事を思っているだろう。
「そうかもしれないです。ただ、長男なら弟たちを支えるために、もっとしっかりしないといけないですね」
「そうそう、その意気ですよ!」
俺が気合を入れるように手のひらに拳を叩きつけると、早乙女さんは元気に笑ってサムズアップした。
(そうだ。末っ子の願いなら、その願いを叶えてやるのが長男の仕事だよな)
俺は比嘉の願いを叶えるべく、加藤や文月議員、その秘書の黒瀬さんの待つ会議室のドアをノックした。
"黒衣の青年は正義を嫌う"第12話を読んで頂きありがとうございます。
作者のRARUHIです。
第12話まで来て、実はここからが今作の主題になってくる訳なのです。いわば今までの話は、今作の世界観やキャラ達を紹介する為の導入部分という、12話分を使ったかなり長いプロローグです。
次の話がまた一つ大きな転機になると思うので、ご期待ください。
それでは第十三話でまた会いましょう。




