第三幕
その日の夜は奇妙なことが続いた。
まず一つは、思いがけないが、フレッグが大量に食料を使い込んだことだ。まぁもともといくら使ってもいいといったのはわたしではあったが、三人で食べきれる量ではないのは明白だった。ご丁寧に貴重な干し肉は使い切っており、仮に撤収とならなかった場合、後一月は味気ない食事になる事は請け合いだった。もっとも、大量につくったのが、肉を入れ込んだシチューであったから、多少の日持ちはするだろうが。
次に、十キロ南にある小屋から「獣を見た」と報告を受けた。わたし達が大量のシチューを処理している間に、ご丁寧に彼らは外にでて命令無視をして作業を行っていたらしい。その報に恨みがましいような視線でアンスリューはわたしを見たが、わたしは「命令違反で違約金を払う可能性もあるな」とぽつりとつぶやくと、仕方なさそうにシチューの処理に戻っていった。
大した距離の無い南の小屋で見たというその獣が、町外に出てしまった獣が、人の交易路にはいって北上している印象を受けたわたしは少し不安な気分になった。
一時間もしない内に、二度目の通信が入ってきて、「獣が実を漁っているのを見た」というのだ。わたし達にとってもあの実は金になるものであるから(基本的には小屋の周囲に山積みしているが)それが減るとなれば死活問題か。尤も今の状況で金がどうなるかも分かったものではないので、彼らの行動があまり理解できるものではない。
そしてついには、三度目の通信で泡を食ったような様子で「獣に襲われ、一人食われた」という通信を送ってきた。これが有線回線の通信であるから、きっと軍部の上では慌てている事だろう。
しかし、なんで外に出ようとしたのか。「あぁ、きっと金になる物に手をだしていたから追い払おうとしたのだろう。」と決めつけて思い返すと、二度目の時から南の小屋はどうにか追い払おうと色々やっている様だったことを思い出す。だからといって襲われてしまっては意味が無いとは思うが、その報を受けた時、これはもしやまずいことになると感じた。
その通信があった小屋からわたし達の小屋までの距離を考えると、その獣の動きからしてすぐ移動できる距離であることは簡単に察しがついた。なんせマーロからは二十キロしか離れておらず、半日程度でさらに十キロ北上しているからだ。
その上で、実を漁るというのが食事であるのであれば、『小屋に行けば餌がある』ということを学習しているのではないかという恐怖心がわたしには芽生えた。この相手にしている獣というモノは、わたし達人間の様に学習し、次の獲物を狙いに来るのではないか。そういう得も言われぬ恐怖感が私にはあった。
しかしフレッグはこの報に対して懐疑的だった。
いつもの調子がもどってきた彼は「仲間割れして金目当てに一人頭数を減らしたんじゃないか」と勘繰り始めていた。
あぁ、確かにそれもあり得る。
作業員の作業時の死亡においては、その遺族に金銭が払われるのではなく、作業員間で均等に分配される。三人が二人になれば単純に取り分は増える訳だ。だからこそ、あえて作業をしていたと報告してきたのもうなずける。命令無視は「通信の不安定」を立証可能であればいいのであるから、その当時の録音などを捏造すればできなくはない。
一応、そのような内紛が起きないために、プライベート空間以外では録画が義務付けされているものの、だれでもいじれるコンソールで管理されているそれは、一時的な音声の不安定を作成するくらいは簡単にできることだろう。使っているディスクもだいぶ古いもので、しかも上書きし続けている様なものだから、正確に記録されているかも分からない。
しかし、わたしは二人に一つの事を提案した。それは今後、ここに仮にその獣が来てしまった時に対応するための方針だ。
「フレッグの話もあり得ることだろう。だが、本当にそれが獣であったら、仮にこの近くまで来ていたら。私たちはずっと閉じこもっているしかないだろう。工具の中で、使えるものがいくつかあるだろうから、軍が来るまでの間に、もし、その獣が来てしまってわたし達が出会ってしまった場合に備えて、用意をしておくというのはどうだろう。一つは武器だ。どういったものがいいのか見当はつかないが、工具の中にあるあのケーブル切断用の斧や、杭打ち機は使えるだろう。もう一つは逃げる場所だ。風除室の扉なんて気密性はあるがもろい物だろう。簡単に体当たりしても壊せるとは思う。ここに至る道はそれほど広さはなく、鋼鉄製の扉は信用に足りると思うね。だから、この地下一階に軍が来るまでのバリケードを作ろうじゃないか。」
二人はどうしたことかと顔を見合わせて、わたしに熱でもあるのかと尋ねてきたが、「恐怖心ならある」と正直に話すと、大声をあげてげらげらと笑い出した。
おそらくそれには、わたしの容姿が関係しているのだろう。身長は二百八センチ体重百十キロはある巨漢だ。そんなものが『恐怖』を語るということは奇妙に映ったのだろう。
二人はいつもの調子が出てきたようで笑いながらいった。
「良い、良いよ!グリーオがいうのなら面白い。君のその茶目っ気に免じて手伝ってあげよう。君は僕たちのチームの中で一番兵士をやっていたじゃないか。その怖いもの知らずの君が恐怖を言う。なんとも面白い!」
「アンスリューの言うとおりだ。君がまるで子犬の様にかわいいとは思わなかったよ。きっと私達が取って食われると思って気が気じゃない二年間だったが、なんとも面白いやつだったとは。ドッグフードのお替りはいるかい?」
シチューを薦めながら嘯くフレッグに少しむっとしながらも、彼らが同意してくれた事で少しはその恐怖心はいくらか薄らいだのかもしれない。
十分な食事をとった後、準備はそれ程かからずに済んだ。
これから一日と半分の間に(軍が来るまでの間に)獣がこの小屋に来なければよし、仮に来ても撃退できると思われるものを用意した。簡易的なバリケードはテーブルを使って用意し、新品だった斧と杭打機と、防護のために厚手の上着を羽織って地下一階に集まっていた。
斧はケーブルを切断するために用意されていたもので、刃渡り四十センチ程でギザギザののこぎりの様な刃をしていた。
杭打機は九十センチの杭を地面に打ち込むための代物で、ケーブルの敷設の際には利用するものだったが、最近では敷設が無かったため使われる事無く、十本の杭と共に埃をかぶっていた。電動であったため少しバッテリーが気になったが、空気を圧縮する圧縮弁を含め劣化は見られず、実用に足りることを確認できた。
こんなものは利用しないに越したことはない。そう思っていた時通信が入った。南の小屋で侵入されたというのだ。
そして助けを呼ぶ悲痛な悲鳴が響いて通信は途絶えた。
沈黙が流れた。
あぁ、わたしが恐怖した事は現実になってしまうのだろうか。
そこから一睡もできないで番をしたが、小屋に何か近づく(風除室前の室外カメラをみても)モノは一晩中映らなかった。




