こうして彼の"真実の愛"は闇に葬られた
「真実の愛を見つけたんだ」の王子サイド
真実の愛ってより多分運命の番いに近いやつ 王子が婚約破棄を言い出さなければそのままそれなりに良い国王夫婦になってた
「魔術神の名において宣言しよう。フィロステギアは真実の愛を祝福する。ただし、己が真実の愛を持つというのなら証明してみせなさい。神の祝福は婚姻を認める理由になるだろうからね」
あくまでもにこやかに、慈愛に満ちた柔らかな声でかけられた言葉により彼の立てた計画は崩れた。神がそんな風に一人の人間の浅はかな願いを叶えるために降臨するだなんて思っていなかったのだ。
ビスカリアは翠星王国の第一王子として生まれた。翠星王国は魔術神を信仰する国である。魔術と真理の探究に力を入れている。魔術の素質、持って生まれる魔力や扱える魔力の量は親から遺伝するものと考えられているため、貴族の婚姻は派閥の力関係や政治的な駆け引きだけでなく、より強い魔力と健全な肉体を持った子が生まれることも求めて行われる。
ビスカリアの婚約は五歳の時に決まった。母である王妃が国内で彼に最も相応しい娘は誰かと魔術神に問い、神託として告げられた相手だった。公爵令嬢グロウアリア。柔らかな金の髪をした高位貴族らしい麗しい少女だった。
ビスカリアは一目で彼女に恋をした。彼女を彼に最も良い相手として選んでくれた魔術神に深く感謝した。彼女と共に王国を導く立派な王になろう、と決意して努力した。グロウアリアもまた、彼の婚約者として努力し、彼を支えようとしてくれていた。
何事もなく、二人はお互いに敬意をもって支え合う夫婦に成れるはずだった。
けれど、ビスカリアは気付いてしまった。ビスカリアはグロウアリアを深く愛しているし、彼女に恋している。しかし、グロウアリアは彼に恋しているわけではないということを。彼女を恋しく思っているビスカリアだからわかった。彼女が彼に向けているのは親愛と高位貴族として義務を果たさねばならないという誠意。彼女の淡い恋心の向く先は、彼女が恋しく見つめる先は、彼ではないのだと。
イベリスは婚約破棄のため、茶番のため雇った相手だった。真実みを持たせるため何度か二人で行動しているところを見せたものの、互いの間に愛はない。ビスカリアは自分に非があると周囲に認識させた上で婚約破棄するため。イベリスは元々予定として決まっていた爵位返上後、他国で活動するための資金を提供してもらうため。いわばビジネスパートナーである。
魔術神の求める真実の愛の証明など、できるはずもなかった。
「…こんなことになってすまない」
「呪い自体は家族に解いてもらえると思いますから私は大丈夫です。ビスカリア様こそ、どうするんですかこれ」
「………魔術神さまを怒らせたわけではないから、どうにか納まるべきところに納まると思う。魔術神さまはそういう神だから…」
自分が廃嫡されることは覚悟していたが、居合わせた者にとばっちりが飛んでいく想定はしていなかった。かといって、事前に婚約を辞めたいって神殿にお伺いを立てなかったら、それこそ怒らせていたような気がするし…。
魔術神が心底不思議そうな顔をしていたのは、彼の本心をわかっていたからなのかもしれない、とビスカリアは思う。
顔中に唇が増えているように彼からは見えていた婚約者が、幼馴染ともいえる伯爵令息のキスで呪いが解け元に戻るのが見えて、彼は歯を食いしばった。今回のことでグロウアリアはあの男を強く意識するだろう。そして、彼の真実の愛が向けられていた先が婚約者であることは、彼以外誰も知らず、証明されることもない。
望んだとおりになったはずだ。こんな騒動を起こして、婚約が維持されるはずがない。恋しく見つめていた相手からの真実の愛が証明されたのだ。いずれ正しい手続きを経てあの二人は結ばれるだろう。魔術神が真実の愛を祝福すると宣言しているのだから。
「…グロウアリア」
彼女を愛しているから、彼女の"心"を殺させたくない、と願ったはずだった。そのためにはこの婚約から彼女を解放しなければならない、と。それは間違った判断だったのだろうか、とビスカリアは初めて思った。彼女があの男にキスを返さず、解呪を試みようともしなかったから。相思相愛ならこの場でそれを証明してしまった方が早いはずだと彼は思う。
どうにかこうにか騒動を落ち着かせた後。王宮関係者と公爵一家で集まって今回の件についての補填、もといビスカリアとグロウアリアの婚約についての話し合いが行われることになった。まあ、婚約を白紙にする方向だろうな、と皆思っていたのだが。
「私からビスカリアさまに申し上げたいことがあります」
「…聞こう」
グロウアリアはビスカリアに静かに歩み寄り、その右手を取って甲に口付けた。パキン、と音がしてビスカリアの頭上にあった光輪が砕けた。
「…え?」
「確かに、私はビスカリアさまに対して恋情は抱きませんでしたが、敬意を向け合える将来の伴侶としてビスカリアさまのことを愛しております。こうして、魔術神さまに真実の愛と認めていただける程度には、深く」
「グロウアリア…」
「それでも、ビスカリアさまは私があなたの伴侶に相応しくないと仰るのでしょうか」
「…ち、違う!!私がグロウアリアに相応しくないんだ!!グロウアリアに非はない!」
「魔術神さまは仰っていました。再演算してみたけれど、ビスカリアさまの最適な相手は私だったと」
「それは…」
「思い詰める前に相談していただけなかったのは口惜しいですが」
「イベリスさんを愛していると言っていたのは虚言だったではありませんか」
「魔術神さまの祝福は婚姻を認める理由になるのでしょう?」
「しかし私は、君の名誉を傷つけるような真似をしてしまったし、居合わせた者にとばっちりを食らわせてしまった。君の伴侶にも、王太子にも相応しくない。君も私に嫁ぐ利はなくなるはずだ」




