傷ついた翼が癒えるまで
ファンタジーというかナーロッパ貴族のかんじ 魔法あり世界 幼くして両親を亡くしたお嬢様と母方の伯母のとこから派遣されてきた少年執事 後見は父方の親戚 当人たちの相性が良ければの実質婚約者候補
「お嬢様、朝ですよ」
「ん…」
温かな紅茶の香と優しい声で少女は目を覚ます。少女を包んでいた翼が、少女の意識が明瞭になるにつれ、一枚一枚と空気に溶けるように消えていく。ふぁ、と少女が伸びをして身を起こした時には透けた一対の翼以外が消えてなくなっていた。
「…おはようございます」
「はい、おはようございます、お嬢様」
少女が目覚めの一杯を飲んでいる間に少年執事は居室のカーテンを開いて少女の身の回りの世話をする侍女を招き入れる。空になったカップを受け取って少年が室を出ると、侍女が少女の身支度を整え始める。夜着を脱がせてデイドレスに着替えさせ、髪を整え、顔を洗わせる。あっという間に身支度を終えて少女は寝台から降りた。
部屋から出て食堂に向かう。朝食を取りながら少女は執事に本日の予定を伝えられる。
「また、本日は夕刻からグリーンベル侯爵家の夜会がございます」
「伯母さまが当家がきちんと回っていると示すため出席するよう仰られたパーティですね」
両親の事故死により少女は幼くして当主となった。親戚から選ばれた後見がつき、領地の采配は代官がついているものの、少女の肩に当主としての責任が乗せられている。幼くビスクドールのように愛らしい少女が実務を担っていると社交界は見ていないものの、当主であることは認められている。血筋ははっきりしているので、そうでなくともいずれ彼女と結婚した男が当主ということになっただろう。
本来であれば当主になるには幼すぎる少女ではあるが、実際にはちゃんと実務をこなしている。家系魔法を受け継いだ副次効果ともいえる。彼女は年齢に見合わない頭脳と知識を備えている。自分の目で実際に見たり経験したりというのは少ないため、補助は必要だが。
「はい。侯爵家での夜会に妙な人間が紛れ込むことはないはずですので…」
「私には当主としての威厳を出すのがまだ難しいですからね…」
そのあたりは少女が幼すぎるから仕方ない。屋敷に仕える者の中にはもう彼女を侮るものはいないが、外の人間はそうでないのが当然と見た方がいいだろう。彼女は既に伯爵令嬢ではなく女伯爵なのだが。
「お嬢様の美しさ、愛らしさからちょっかいをかける方も存在しているかと」
「私は外では多少とっつきにくい風にしているくらいの方がいいかもしれません」
「そんなことは…」
両親が健在だった頃はまだデビュタント前ということもあり、母の伝手で何度か茶会に顔を出したことがある程度だった。幼気であることを許される年でもあったので、人懐こく振る舞っていたものだ。
しかし当主ともなればそうもいかない。貴族社会は仲良しこよしとはいかないものだ。それに彼女の伯爵家が派閥の上で難しい立ち位置にあるというのもある。父方と母方が元々別派閥で、その融和の意味もあって結ばれた婚姻でもある。幸いにも夫婦仲はそれなりに良好で早々に娘が生まれたが夫婦は若死にしてしまった。双方の実家どちらか片方に偏ると問題がある。片方でも生き残っていればまた話は別だったろうが。
「当主として軽んじられるわけにはいきませんから」
少女は夜会に後見役である子爵と少年執事を伴って参加した。年若すぎる当主とはいえ、伯爵家の無事を示すためのものでもあるので、気合を入れて着飾られている。付き添いの二人は少女に合わせつつ、やや控えめの装いをしている。それでも三人とも注目の的だった。
侯爵夫妻に招待に対する感謝と挨拶をした後、会場内を軽く見回す。伯母を見つけて挨拶しに行く。
「セフォン伯母さま、ごきげんよう」
「スピカちゃん、顔色は悪くないようでよかったわ」
しばし談笑する。
「そちらがシャルダン家の用意した後見人か」
「ニフィートと申します」
公爵に子爵が挨拶する。年嵩で地位も高い相手に怯みもせず淡々と礼儀正しく振る舞っている。
「アルフォンスはちゃんとスピカちゃんのことを助けられている?」
「はい、とても助けられていますわ」
少女はニコニコと伯母と話している。
「そろそろお暇した方が良い時間かもしれませんね」
子爵が執事とアイコンタクトする。夜会はまだお開きというほどではないものの、やや遅い時間にはなり始めている。帰宅する頃には少女の普段の就寝時間直前くらいにまでなっていてもおかしくない。未成年者は睡眠時間を削るべきではないのだ。
「夜会を辞する前に侯爵夫妻に別れの挨拶をする必要がありますが…大丈夫ですか?スピカさま」
「平気ですわ…」
少女は少し眠そうにしている。疲労もあるのだろう。
子爵と執事ががっつり傍で守っていたとはいえ、美しく爵位を持つ年若い娘というのは絡まれやすいものである。事前にそう覚悟していたからといって疲労は免れなかった。
「…エスコートを」
「歩けますわ」
しかし結局、侯爵に辞去の挨拶をした後、馬車まで少女は子爵に抱っこされて移動することになった。本人不服だが、ややふらついていたので仕方ない。
「私のことも、頼りにしてくださっていいのですよ、スピカ嬢」
「…あなたがそういう意図で寄越されていることは私も知っていますわ」
なにしろ、明確に親代わりという年頃ではなく、ギリギリ年の離れた婚約者で通せる年代の相手である。単に成人までの後見というだけでなく寄越された相手なのは明白だった。




