なお国は勝手に傾く
ファンタジー 未亡人になった兄嫁を弟が娶るやつ
「――義姉上」
「…ジョエルさまですか」
憂いを帯びた顔をしていても貴婦人の矜持は喪わずまっすぐ立っている兄嫁を見て彼は内心で苦々しく思う。その笑顔を奪った一因が己自身だとはわかっていても。
「そろそろ、私の処遇が決まりましたか?」
「そのことについて、私から提案があるのです」
「提案、ですか。決定事項の通達ではなく?」
「義姉上…」
「私は、リシャールさまに殉ずることが許されぬのであれば、修道院に入って祈る余生を送りたいと申し上げています。あの方のいない今、私は力ないただの女なのですから」
「兄上が熱烈にあなたを愛していたことは近いものなら皆、知っています。あなたが子を宿していない保証はないし、旗頭にしようというものも絶対にいないとは言えないでしょう」
「彼の子は宿っていませんよ。自分の躯のことですから私にはわかります。それはそれとして、少なくとも一周忌くらいまでは下手に縁を切れぬというのもわかりましたが」
確かに兄が死んだことも、埋葬されたことも、二人ともその目で確認している。それでもあの男の影響力は強く残っていて、国の情勢を不安なものにしていた。あの男はそもそも生前の時点で王位から自ら遠ざかっていたというのに!
「義姉上…いえ、ポラリスさま。私の妃になっていただけませんか」
「…正気ですか?」
「ええ、全くもって」
彼女は何かを見極めようとするように、彼をまっすぐに見て、金色の瞳を瞬かせた。
「…王位が欲しいのであれば、後ろ盾を得るのに適した娘は他に幾らでもいるでしょう。そもそも私のような力も後ろ盾もない女、地位を与えずとも囲うことは簡単でしょうに、あなたたち兄弟は…」
「ええ、まあ。私は兄上と違って政略の為に他の妃を迎えることがないとは言いません。王位を望むのであれば、最適な妃があなたではないのも承知の上です。…というか、積極的に王になりたいとは望んでいません。私は兄上たちほど有能ではありませんから」
「なら何故わざわざ私を妃に迎えたいなどというのです」
彼は一歩だけ彼女への距離を詰める。
「そんなものは、私があなたを愛しているからに決まっているでしょう。愛する人を我が物にしたい。それに加えて、他の男があなたに手を出す余地を少しでもなくしておきたい。それこそ、あなたを強引に攫って手籠めにするような男の心当たりもありますからね」
「・・・」
「あなたが兄上の子を身籠っていないことが対外的にも明白になるまで、無理にあなたに手を出したりはしません。ただ、私にあなたは私のものであると堂々と言える立場をください」
彼女は目を伏せて言う。
「…あなたたち兄弟は、余計なところばかり似ていますね。全く、私のことを何だと思っているのやら…」
「ポラリス…」
「私のお兄様とお父様を殺して私を娶ったリシャールさま、そのリシャールさまを殺して私を娶ろうというジョエルさま。寄る辺をなくしておいて、自分からその手を選んだことにさせたいのですね」
「…気が付いていたのですか、兄上を殺したのが私だと」
「あの方が無抵抗に殺されて、反撃すらしない相手など、最愛の弟くらいしかいませんよ。それも、自分が殺したと高らかに言わないのは、ね」
「…兄上を殺した私を憎んでいますか」
「いいえ。私はあの人を愛していますし、死を悼んでいますが。…彼を殺したものを憎みはしません。私は、苦しみたくも、苦しめたくもないのです」
そう返してから、彼女は皮肉げに言う。
「所有者を殺して奪ったのですから、堂々と私の所有者を名乗ったらいいでしょう。元よりこの国に妖精混じりの人権などないのですから。…まあ、あなたがリシャールさまを殺した主目的は私ではないでしょうけど」
「…あなたにはずっと変わらぬままだったでしょうが、兄上は狂っていた。あれはもはや怪物…いや、殺戮と蹂躙に悦びを見出す獣だった。敵国に向いている分には国民の支持が得られるでしょうが…」
「私はあの方の"祝福"にはなれていなかったのですね」
「あなたの前では英雄のままだったのでしょう。ならば兄上にとってあなたは"祝福"でしたよ。あなたがいない所でも獣を抑えきれるだけの正気が兄上に残っていなかっただけで」
妖精混じりは普通の人間にはない異能を持っている者をいう。彼女の場合は、与えられた愛を糧に奇跡を齎すことができた。もっとも、兄も彼も、彼女が妖精混じりだから愛したわけではないのだが。彼女が妖精混じりではないただの伯爵令嬢だったとしても兄は彼女を望んだだろう。恐らくその場合はもっと穏当な方法で娶っただろうが。
「兄上は。ポラリスが生き続けるのであれば、私が支えてやってほしいと言い残しました」
「お好きになさればいいでしょう。いずれにせよ、非力な私にあなたの望みを妨げることはできません。他者が何と言おうと、今、私の身柄をおさえているのはジョエルさまなのですから」
侍女などいないわけではないが、彼の部下らを退けられるものではない。そもそも彼女は争いを望んでいない。元より奇跡を齎す道具として育てられてきた彼女には、所有者に逆らうという発想はなかった。
「ジョエルさまがそれで後悔しないと言えるのならば、私を妃にでもなんでもすればいい。命じられれば私は従います」
「ポラリス…」
彼は彼女の前で跪く。
「愛してるんだ、ポラリス。ずっと…ずっと前から、僕は君のことを愛していた」
「愛を与えられれば、相応に返します。それが妖精というものですから」
まあぶっちゃけ夢魔に近い存在




