とある××××公爵の独白④
翌朝。
朝食を運んできた看守は、いつになく神妙な顔をしていた。
「どうした」
テオドールが尋ねると、看守は周囲を気にするように声を潜める。
「最近じゃ、東の国に“魔女”がいるなんて噂ですよ」
「……魔女?」
「ええ。薬も魔法も、何でも生み出す女らしいです。新しい薬、新しい魔法、新しい農法。何もかもが今までとは桁違いだそうですよ」
朝食を口にしながら、看守の噂話に耳を傾けた。
看守は牢屋の前の壁にもたれかかり、髭をくるくると指先で弄んでいる。
テオドールは、その癖を見るのが好きだった。
「そのおかげで東の国は周辺国を次々と取り込んでるとか」
看守は苦笑した。
「この国も、そのうち危ないかもしれませんね」
テオドールは何も答えなかった。
遠ざかる看守の足音を聞きながら、また過去を思い返す。
脳裏に浮かぶのは、四度目の人生だった。
◇◇◇
四度目の人生で、私はようやく一つの答えへ辿り着いた。
リリアーナは、精神干渉を受けている。
あの断頭台で聞いた言葉。
――私以外の魔力。
そして、あまりにも不自然な人格の変化。
すべてが一本の線で繋がった。
アルヴェルト家の者である私には覚えがあった。
精神干渉を受けるとき、自分の中へ異物が流れ込むような、あの不快な感覚。
リリアーナの言葉は、それと酷似していた。
しかし、七歳の子供へ精神干渉など、本来ありえない。
だから私は調べた。
金も、権力も、使えるものは全て使った。
王城に仕える侍従、教会の神官、宮廷魔導師。
王家と関わる者を、一人ずつ調べ上げた。大金を握らせ、情報を得ていった。
そして、ついに私は知ってしまった。
セシリアは、ただ自ら心を病み、死を選んだのではなかった。
王太子レオンハルト。
あの男が、セシリアを追い詰めた。
『お母様が浮かばれない』
処刑台でのリリアーナの言葉を思い出す。
リリアーナはこの事実を知っていたのだ。
そして、口止めのため――リリアーナへ強制的な精神干渉が施された。
アルヴェルト家は精神干渉によって、王家へ逆らえない。
やつらは娘へも同じことをしたのだ。
いや、それ以上だ。
人格すら壊れるほどの、強力な術式。
王家に対する敵意の抑制。
レオンハルトへの好意の増強。
攻撃衝動の緩和。
王家は、それをたった七歳の子供へ施したのだ。
その瞬間、私の中で理性を繋ぎ止めていた何かが、切れた。
◇
私は王城へ向かった。
護衛の姿など、覚えていない。
誰を、何を斬ったのかも、最早わからなかった。
視界が真っ赤に染まっていく中、ただ一人、レオンハルトだけを見ていた。
「貴様だけは、許さん」
剣を抜く。
ただ、狂気にも似た怒りに支配されていた。
アルヴェルト家へ刻まれた精神干渉。
本来であれば私たちは王家への敵意が抑制されているはずだった。
しかし、そのすべてを突き破るほどの、血の滲むような憎悪だった。
私の姿を前にして、レオンハルトは目を見開いた。
「アルヴェルト公――」
最後まで言葉になることはなかった。
私の剣は、その喉を迷いなく断ち切った。
当然、私はその場で捕らえられた。
魔獣召喚など待つ必要もない。
王太子殺害、国家反逆。
私はその日のうちに、処刑された。
リリアーナが十七歳になることすらなかった。
◇
そして、気づけばまた十年前だった。
今度は怒りを押し殺した。
血を吐く思いで、己の殺意を隠した。
剣では何も変わらない。
私は証拠を集めた。
味方を増やした。
王家を追い詰める準備を進めた。
慎重に、誰にも悟られないよう。
しかし、数日後には王城から使者が来た。
私が誰と会ったのか。
何を調べていたのか。
何を企んでいたのか。
――すべて知られていた。
監視術式。
私たちが誰かへ強い敵意を向けた瞬間、奴らはこちらの異変を察知する。
そうなれば、すぐに監視は強化される。
王家はそうやってアルヴェルト家を、常に管理していたのだ。
私はまた、処刑された。
◇
そこから先は、数えることをやめた。
何度繰り返したのか、もう思い出せない。
娘へ世界中の贅沢を与えた人生があった。
二人だけで国外へ逃げた人生もあった。
十年間、屋敷へ閉じ込め続けた人生もあった。
王家へ従い続けた人生。
王家へ逆らい続けた人生。
何もせず運命を見届けた人生。
そのすべてで、私は娘の無惨な処刑を見届けた。
そして過去へ戻るたびに、朴訥で無口なだけだった私は、少しずつ陰鬱で冷徹な男へと変わっていった。
いつしか人々は、私を『冷血公爵』と陰で呼ぶようになっていた。
◇
数えきれないほど人生をやり直して、ようやく理解した。
十年前の時点では、もう遅かったのだ。
セシリアが殺され、リリアーナが精神干渉を受けたあの瞬間に、運命は決まってしまった。
私がどれほど足掻いても。
どれほど愛しても。
リリアーナは必ず古代魔獣を召喚する。
それだけは、世界の理のように変えられない。
――ならば、止めるのではない。
成功させるしかない。
魔獣召喚を成功させ、王家を滅ぼす。
それをやり切らせるしかない。
だが、ただ召喚するだけでは足りない。
魔獣を止める者たちもいる。
聖女ミレイア。
レオンハルトの仲間となるエドガー、カイル、ユリウス。
彼らがいる限り、娘は必ず敗れる。
しかし、私が動けば王家の監視術式がすべて見抜く。
私では駄目だった。
十回。
二十回。
百回。
何度繰り返しても、答えは変わらなかった。
そして私は、絶望の底で最後の答えへ辿り着いた。
王家にも悟られず。
運命を変えられる者。
それは、私ではない。
リリアーナ自身だった。




