とある××××公爵の独白①
※本編完結後にお読みください。
一部、本編の印象や解釈が変わる内容を含みますので、ご注意ください。
冷たい石壁にもたれ、テオドール・フォン・アルヴェルトは静かに目を閉じた。
牢獄の朝は早い。
窓らしい窓もない地下牢へ、細い光が鉄格子の隙間から差し込む。
かつてヴァルディア王国屈指の名門と呼ばれたアルヴェルト公爵家の当主。
今の彼は、ただの罪人となった。
反逆者の父。
それが、今のテオドールを表すすべてだった。
リリアーナ・フォン・アルヴェルト。
テオドールの娘は王家術式を利用し、古代魔獣の召喚未遂事件を起こし、姿を消した。
王都は崩壊した。
城壁は砕け、街は焼け、数え切れない建物が瓦礫となった。
奇跡だったのは、死者が一人も出なかったことだ。
テオドールは反逆者の父として直ちに捕まり、爵位を剥奪され投獄された。
だが、処刑は執行されなかった。
リリアーナが消えた今、テオドールを処刑し、アルヴェルト家の血をここで絶やしてよいのか。
議会では長い間、その議論が続いていた。
そこへ、正式に聖女となったミレイアが口を挟んだ。
『彼は罪を犯していません。これ以上、命まで奪う必要はありません』
その一言で処刑は保留となった。
あの事件以来、王家の権威は失墜した。
今や国を動かしているのは教会だ。
そのため、教会が擁立する聖女の発言力は強大だった。
しかし、噂好きの看守が言うには、その聖女様も一年前に旅に出て、帰ってこないらしい。
……自分の処刑の日も、近いのかもしれない。テオドールはそう思った。
まぁ、それでもかまわない。
テオドールは自嘲気味に、静かに笑った。
もう失うものなど、何もないのだから。
だからこそ、彼は暗闇の中で、遠い過去の記憶を呼び起こしていた。
◇◇◇
私は、面白みのない男だった。
真面目だけが取り柄。
口数も少ない。
仕事だけは誰よりもこなした。
笑うことも、人付き合いも得意ではない。
だから周囲から好かれることも、嫌われることもなかった。
ただ、淡々と生きていた。
いや、生きていた、というより。
生かされていた。
アルヴェルト家は、王家に管理される家だった。
強大すぎる魔力を持つ一族。
その魔力を継ぐ者は、一代にたった一人。
そして、その子は必ず銀色の髪で生まれる。
だから逃げられない。生まれた瞬間に運命が決まる。
監視され、利用され、死ぬことさえ許されない。
私は、自分の人生を諦めていた。
そんな私を変えたのが、一人の女性だった。
◇
セシリア。
王家の息がかかった伯爵家の娘。
断ることなどできない婚約だった。
だが、彼女は不思議な女性だった。
「テオドール様は、もっと笑った方が素敵ですよ」
初対面でそんなことを言われた。
私は返事に困った。
「……笑い方が、わからない」
「でしたら私が教えます」
そう言って彼女は笑った。
春の日差しのような笑顔だった。
彼女は、よく笑った。
庭に咲いた花を見ても笑う。
紅茶がおいしいだけで笑う。
私が少し冗談を言えば、それだけで嬉しそうにけらけらと声を上げて笑う。
そんな彼女を見ているうちに。
気づけば私も笑うようになっていた。
幸せだった。本当に。
生まれて初めて、自分にも幸福というものが訪れたのだと思った。
やがて娘が生まれた。
銀色の髪。アルヴェルトの血を継ぐ証。
産声を聞いた瞬間、私は抱き上げた娘を見つめながら思った。
――すまない。
こんな呪われた運命を背負わせてしまった。
だが、私は必ずこの子を守ろう。
そう誓った。
◇
その幸せは、長く続かなかった。
リリアーナが七歳になった年。セシリアは、突然心を病んだ。
何をしても笑わなくなった。何も食べなくなった。
私が話しかけても、ただ虚ろな目で窓の外を見るだけだった。
そして、ある朝。
彼女は、自ら命を絶った。
私は仕事ばかりで、何も気付けなかった。
何一つ、守れなかった。
その直後だった。
リリアーナと王太子レオンハルトとの婚約が決まったのは。
異例だった。
アルヴェルト家の魔力を継ぐ女性が嫁いだ場合、その娘に生まれた銀髪の子はアルヴェルト家へ養子として戻される。それが古くからの決まりだった。
ならば王太子妃になど、普通はできない。
にもかかわらず、王家は婚約を強引に進めた。
違和感はあった。
だが、その時の私には理由がわからなかった。
◇
婚約のあと、リリアーナは変わった。
優しかったあの子が。賢くて、少し恥ずかしがり屋だった娘が。
まるで感情を失ったように無口になった。
母を亡くしたショックなのだと思った。
しかし、妙なこともあった。
あれほど怖がっていたレオンハルト王子へ、急に好意的になったのだ。
不思議ではあった。
だが、年頃の少女だ。
美しい王子へ憧れることくらいあるのだろう。
そう自分を納得させた。
私は、何も知らなかった。
◇
年月は、さらに娘を壊していった。
癇癪、暴言、激しい情緒不安定。
社交界では悪女と呼ばれた。
使用人も、貴族も、皆が彼女を避けた。
私は、どう接すればいいかわからなかった。
叱れば壊れる。甘やかせば暴れる。
結局、我儘を聞くだけの父親になった。
その一方で、私は後継者となるエドガーの育成にも追われていた。
学園へ行けば変わるかもしれない。
友人ができれば。誰か理解者ができれば。
そんな淡い期待もあった。
だが現実は違った。
聖女候補への執拗ないじめ。
度重なる問題行動。
娘の悪評は、ついに公爵家当主である私の耳にも届くほどになっていた。
そして十七歳。運命の日が来る。
娘は魔族と手を組み、古代魔獣を召喚した。
街は崩壊し、聖女と王太子たちによって魔獣は討たれ……娘は処刑された。
私は反逆者の父として同じ断頭台へ立たされた。
魔獣討伐で活躍した、エドガーだけが英雄として称えられていた。
私は断頭台の上で、娘を見た。
血に塗れ、痩せ細り、美しかった彼女の面影はどこにもなかった。
どうして。
どうしてこんなことになった。
私は何を間違えた。
何が足りなかった。
神よ。
運命よ。
もし、お前たちがいるのなら――
返せ。
私の娘を。
◇
そこで記憶は途切れた。
目を開けると、そこは冷たい石牢ではなかった。
見慣れた公爵邸の書斎。窓から差し込む、暖かな朝日。
呆然と壁の暦を見上げる。
描かれていたのは――十年前の日付。
コンコン、と静かにドアがノックされた。
私は、震える手で扉を開いた。
「……お父様、レイナ様がお呼びです」
そこにいたのは、まだ小さな、七歳の頃のリリアーナだった。
しかし、その目に光はなく、まるで人形のような真っ白な顔でこちらを見つめている。
――これは、夢ではない。
そして私は理解した。
人生を、やり直しているのだと。
⸻
――これは、とある死に戻り公爵の独白。
完結後にもかかわらず、多くの方に読んでいただけたため、リリアーナの父、テオドール視点の番外編(全6話予定)を公開します。
投稿終了後は再度「完結済み」に戻します。




