第64話 祝福された完璧な王太子様⑥
聖銀のレガリアには少し特殊なルートがあった。
その特定ルートでは、リリアーナはヒロインと対立関係にならない。
当然、孤独に狂うこともないから、彼女は魔族と手を組んだりもしない。
――それなのに。
なぜかそのルートでも、リリアーナは必ず『古代魔獣を召喚する大災厄』を引き起こす。
魔族のバックアップもないのに、なぜ、リリアーナ単独で国家封印級の術式を起動できたのか。
前世のプレイヤーたちの間でも“シナリオ上のご都合主義”だと片付けられていた謎。
けれど、そこにヒントがあると思い、私は秘密裏に調査を行い、この方法に辿り着いた。
◇
地下旧礼拝堂。
崩壊しかけた封印空間の中で、空気が悲鳴のように軋んでいた。
「精神干渉……?」
「そんなの、禁忌だぞ……?」
凄まじい動揺が、現場の騎士や術師たちの間に広がっていく。アルヴェルト家管理に携わるごく一部の人間を除き、王家が裏で精神干渉を行っていたとは知らされていなかったのだ。
完璧で清廉潔白だったはずの王太子の背中に、部下たちの不信の視線が突き刺さる。
だが、レオンハルトの顔に動揺の色は一切浮かばなかった。彼は見苦しい言い訳も、否定すらもしない。
「……国を維持するための、必要な処置だった」
どこまでも静かで、冷徹な声。
「アルヴェルトの血統は危険だ。お前は現に、国家を滅ぼす災厄を起こそうとしている。私の判断は間違っていなかった」
迷いのない、純粋な声音。
本気で、それが正義だと信じ込んでいる目だった。
リリアーナは、そんな彼の独善を憐れむように、少しだけ目を細める。
「……そう」
レオンハルトは、正面からリリアーナを真っ直ぐに見据えた。
「リリアーナ・フォン・アルヴェルト。今すぐ召喚術式を停止しろ」
それは、弱者を従える次代の王としての声だった。
揺らがず、絶対的。
その声音を耳にした周囲の騎士たちは、僅かに安堵の息を漏らす。
(あの完璧な殿下なら、この状況すら止められる)
彼らの中には、まだそんな空気が残っていた。
だが、光の渦の中にいるリリアーナは、そんな彼らを可哀想なものを見る目で、小さく笑った。
「この期に及んで、まだ私に命令?」
赤黒い魔力が、彼女の細い身体の周囲でゆらゆらと揺らめく。
「それ以上の暴走は許さないと言っている」
レオンハルトは淡々と言い放った。どこまでも自分が世界の秩序であると信じて疑わない口調。
「暴走、ね」
リリアーナが首を傾げる。
「その原因を作ったのは、他でもないあなたでしょう?」
ーーその時だった。
「教会より緊急報告です!!」
「結界崩壊率四十八%突破!!このままでは市街地が待ちません!!」
悲鳴のような報告。
それを聞いたレオンハルトは静かに剣を抜いた。
金属の擦れる音が、静まり返った地下に響いた。
「……全員、下がれ」
「殿下……!?」
「この場に残れば無駄死にだ」
揺らぎのない声。
「全員地上へ向かい、大聖堂の結界維持に回れ。王都防衛を優先しろ」
「ですが、殿下お一人では――」
「問題ない」
青い瞳が、魔法陣の中心を見据える。
「原因を排除すれば終わる」
その声音は、あまりにも冷静だった。
リリアーナは、自分に剣先を向ける王太子を、静かに見つめ返していた。
◇
やがて足音が遠のき、地下空間にはレオンハルトとリリアーナだけが残された。
巨大魔法陣の中心。
吹き荒れる赤黒い魔力が、リリアーナの長い銀髪を激しく揺らす。
彼女の足元では、古代の術式紋様が生き物のように脈打つ輝きを増していた。
「綺麗ね」
滅びの光を見つめ、リリアーナがぽつりと言った。
レオンハルトは、一片の容赦もなく剣を構える。
「……お前は危険すぎた。だから管理されていた。だから、こうしてここで封じる必要がある」
そこに迷いはない。後悔もない。
ただ、“処理”として語っている。
リリアーナは小さく笑った。
「あら、ようやく本音?」
空間が脈動する。
裂け目の奥で、古代魔獣が低く唸った。
レオンハルトは剣先を向ける。
「覚悟しろ、リリアーナ」
リリアーナは微笑んだ。
そして。
「ねえ、レオンハルト」
穏やかな声で言った。
「“世界の危機”って……こうやって始まるのね」




