表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
60/76

第60話 祝福された完璧な王太子様②

 王城地下深部。


 そこは、限られた者しか立ち入りを許されない、王族専用の秘匿保管庫だった。

 重厚な扉が、鈍い音を立てて開く。

 肌を刺すような、ひやりとした冷気が通路へ流れ出した。


「失礼いたします」


 管理官が恭しく頭を下げる。

 レオンハルトは無言のまま、薄暗い保管庫へと足を進めた。

 

 壁際に並ぶのは、膨大な資料の山。

 国家機密にあたる封印指定文書や古い魔導記録。

 その最奥に、一冊の分厚い資料が保管されていた。


『アルヴェルト家管理記録』


 レオンハルトは迷いのない手つきで、その書を開いた。



 アルヴェルト家。

 それは、古代召喚術師の血を引く家系。


 古代魔獣の召喚。

 異界との契約。

 あらゆる結界への封印干渉。


 現代では失われたはずの、あまりにも危険な術式への高適性を持つ血統。


 はるか昔。

 この血統は、国家級の災害を引き起こした。


 制御を失い、暴走した魔獣。

 崩壊した封印。

 一夜にして消失した都市。

 数えきれない犠牲者。


 ――本来なら、一族もろとも根絶やしにするべき大罪人。

 だが、その強大すぎる力は、途絶えさせるにはあまりにも惜しかった。

 ゆえに王家は、アルヴェルト家を徹底的な管理下に置いたのだ。

 公爵家という立派な肩書を与える代わりに、その強大な力を持つ一族を、手中に収めた。


 その甲斐あって、ここ数百年間は大規模な災厄は発生していない。

 だが、それは“起きていない”だけだ。

 彼らの血に刻まれた異質な力が、消えたわけではない。

 だからこそ王家は代々、アルヴェルト家を管理し続けてきた。


 血統の統制。

 婚姻の制限。

 行動監視。


 そして――


 必要に応じた精神干渉。


「……」


 レオンハルトは淡々とページをめくる。

 その端正な顔に、躊躇いの色は一切ない。

 彼にとっては、国家という巨大な歯車を維持するための、当然の処置だった。


『対象名:リリアーナ・フォン・アルヴェルト』

『召喚適性値:極めて高』  

『封印干渉適性:危険域』

『精神干渉耐性:低』


 レオンハルトの指先が、そのページで止まる。

 リリアーナ・フォン・アルヴェルトは、歴代のアルヴェルト家の中でも、特に危険視されている個体だった。

 もし彼女が王家への不満を募らせ、制御を失えば、その瞬間に国が滅びかねない。


 だからこそ、彼女には幼少期から、高度な『精神干渉安定術式』が施されていた。


 王家に対する敵意の抑制。

 レオンハルトへの好意の増強。

 攻撃衝動の緩和。

 

 さらに、強い精神負荷による暴走を防ぐため、過度な恐怖や憎悪を定着させない補助術式も施されていた。

 つまり、彼女が周囲からどんな仕打ちを受けようと、心を壊さないようにされているのだ。


「……妙だな」


 レオンハルトが、誰もいない保管庫でぽつり、と呟いた。


 ここ数年、リリアーナの情緒不安定化が急激に進んでいた。

 思春期に入り、他者との接触が増えるにつれ、本来の気質と、成長過程で蓄積した感情、そして精神干渉が歪に噛み合い、ヒステリックになり、攻撃性が増していた。

 大きな事件はないものの、家庭や社交の場で度々小さな問題を起こし、厄介な令嬢として、悪名が広がっていた。

 

 このまま学園に入学させるのは危険だ。

 そう判断し、入学を半年後に控えたタイミングで、強制的な追加調整を行ったはずだった。


 それは、一見すると成功だった。

 リリアーナは目に見えて大人しくなった。


 ただ、精神干渉による変化としては、どこか異質にも見えた。

 そして彼女の周りで起こる、事件――


 ◇


「殿下」


 背後で、側近が静かに声をかけた。


「確認ですが、あの者との婚約を継続される理由は……やはり、最も近くで監視するためでしょうか」


 レオンハルトは、音を立てて資料を閉じた。


「当然だ」


 一切の迷いがない、冷徹な声。


「しかし、殿下ご自身が婚約者となられるのは、あまりにも危険が大きすぎるのでは。万が一の際、殿下の御身が……」


 アルヴェルト家の人間は代々、王家の手足となる他貴族へ嫁がせ、間接的に管理するのが通例だった。

 次期国王であるレオンハルト自らが婚約者に名乗りを上げたのは、異例中の異例だ。


 短い沈黙の後、レオンハルトは、冷えた青い瞳を側近へ向けた。


「……あの女は特別だ。他の誰の手にも余る。檻の鍵は、私が握っておくべきだ」


 そこに感情はない。

 好意も。憐れみも。情も。

 リリアーナ・フォン・アルヴェルトは、ただの“管理対象”だった。


 ――その時だった。

 保管庫の入口側から、静寂を破る激しい足音が響いてきた。


「失礼します……っ!」


 現れたのは、息を切らせた、血相を変えた若い騎士だった。


「緊急報告です!」


 レオンハルトが不快そうに眉を寄せる。


「騒々しい。何事だ」


「たった今、監視を振り切ったリリアーナ様が――」


 騎士が、恐怖に喉を鳴らしながら叫んだ。


「“旧礼拝堂”の結界を破り、内部へ侵入いたしました……っ!!」


 保管庫の空気が、凍りついた。


「……何だと?」


 初めて、レオンハルトが驚愕と焦燥を顔に滲ませた。


 地下旧礼拝堂。

 そこは、かつてアルヴェルト家の血を使った「禁忌の召喚術」の研究が行われていた――王家が最も隠蔽すべき、封鎖区域だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ