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第56話 悪役令嬢の独白③

 カイルは、もっと簡単だった。


 あの正義厨、昔から私が嫌いだったもの。

 理由なんて、きっと大したことじゃない。


 気に食わない目をしているから。

 可愛げがないから。

 みんなが嫌っているから。

 それだけで私は“彼にとっての悪”となった。


 子供の頃は、随分と虐められた。

 直接的な暴力もあった。


 もちろん、彼だって馬鹿ではない。

 痕が残らないように。周囲に気づかれないように。周到に私を甚振った。


 元々同世代よりずば抜けた身体能力がある彼は、自分の力を持て余していた。

 それを”悪者の排除”という形で発散させていたのだろう。


 抵抗したり、助けを求めてみたこともあった。

 でも、誰も信じてはくれなかった。


 だって彼は、騎士団長の息子で、正義感が強く、周りからも信頼される“正しい子供”だったから。

 一方の私は、“問題児の令嬢”。

 最初から、誰も私の味方なんてしなかった。


 成長してからは、暴力が言葉に変わっただけ。


 公開糾弾。

 説教。

 人格否定。


 悲しくて、悔しくて、恥ずかしくて。

 毎日が本当に辛かった。


 でも周囲には、“正義感の強い騎士見習い”に見えていたらしい。

 ……滑稽よね。


 「だから利用するのは簡単だった」


 私は口元に手を当て、静かに笑う。


 カイルみたいな人間は単純だ。

 “正義”という目的を与えれば、自分で勝手に走り出す。


 未来の断片を少し見せるだけでいい。

 彼はそれを“使命”だと思い込み、疑わない。

 むしろ、疑うこと自体が悪だと思っている。


 正義という名の、思考停止。

 見ていて本当に分かりやすかった。


 マリーを助けたのも予定通り。

 馬車からタイミング良く助けるのは至難の業だったけれど、何度もシミュレーションを重ね、複数の手段を用意していた。


 マリーさえ生きていれば、ロベルト・エインズは闇堕ちしない。

 つまり、“本来起きる事件”は消える。


 でもカイルは止まれない。

 自分だけが“未来”を知っていると思い込んでいるから。


 本当なら、信用を失う程度で終わるはずだった。

 冤罪騒ぎで、指導対象(リスト)入りをさせれば、プライドの高いカイルは落ちぶれるだろう。そうして、騎士の道を閉ざすのが目的だった。


 ……でも。


 あの子、思ったよりずっと短絡的だったのよね。


 ロベルトを、本当に斬りつけた。


 まさかあんなに血生臭い事件になるなんて。さすがに驚いたわ。

 でも、結果としては悪くなかった。


 ロベルトからしても、重傷を負ったとはいえ、娘が助かったんだから、本来の未来より、よほど幸せでしょう?


 もちろん彼が私の名前を出すことも想定内だったわ。

 でも私は徹底的に彼との繋がりを表に出さなかった。


 むしろ意図的に、彼が気にかけている指導対象(クラウス)とも関わりを持っておいた。

 そうすればカイルが私に難癖をつけるのは目に見えていたから。

 おかげで、人前で私たちの不仲をさらに周知することができた。

 そうなれば、私に唆されたなど誰も信じない。


 それに、クラウスをこちら側へ引き込めたのも大きかった。

 今後の計画を考えれば、なおさらね。


 こうして、カイルは“英雄”ではなく、“加害者”になった。


 彼の“正義”は、もう二度と誰にも信じてもらえない。

 ——私だけは、ちゃんと知っているけれど。

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