第54話 悪役令嬢の独白①
ミレイアとの面会を終え、自室へ戻る。
長い廊下を歩く間、私は一度も表情を崩さなかった。
すれ違う使用人に、静かに会釈を返す。
「おかえりなさいませ、リリアーナ様」
「ええ。少し疲れたわ」
声も、歩幅も、呼吸すらも。
いつも通り。
誰にも違和感を抱かせない、“公爵令嬢リリアーナ”を完璧に演じ続ける。
――そして。
自室の扉が閉まった瞬間だった。
かちゃり、と鍵の音が響く。
「……ふ」
喉の奥から、小さな笑いが漏れた。
肩が、ぴくりと震える。
「……ふ、ふふ」
駄目。
抑えようとしても、込み上げてくる。
口元を押さえる。でも、無理だった。
「ふふっ……あ、はは……」
笑いが漏れる。
次第に呼吸が乱れ、肩が大きく震え始める。
「あははっ……あははははっ!!」
堪えきれなかった。
私はそのまま扉へ背中を預け、崩れるように笑い続ける。
ああ。
こんなに上手くいくなんて。
まだ終わってはいない。
復讐は、まだ途中だ。
でも、少しくらい気を緩めても、許されるでしょう?
私はふらつく足取りのままテーブルへ向かった。
ワイン瓶を掴み、乱暴にグラスへ注ぐ。
赤い液体が揺れ、硝子の内側でどろりと光を反射した。
それを、一気に飲み干す。
熱い。
喉を焼く感覚すら、今は心地いい。
「……全部」
ぽつり、と呟く。
唇が、ゆっくりと吊り上がる。
「全部、復讐のためだったのよ」
悪役令嬢。
リリアーナ・フォン・アルヴェルト。
社交界で嫌われ、傲慢だと恐れられていた公爵令嬢。
――私は、本当に生まれつき悪女だったのかしら?
「……違うわ」
小さく笑う。
「あいつらが、私を変えたの」
エドガー。
カイル。
ユリウス。
そして、レオンハルト。
あの四人が。
ただの“リリアーナ”を、“悪役令嬢”に変えた。
あの日。前世の記憶が戻った日。
私は全てを理解した。
私がこの世界でどんな扱いを受けてきたのか。
私を悪役令嬢たらしめたのは何なのか。
そして、なぜ今記憶が戻ったのか。
幼い十代のリリアーナと異なり、前世で40年以上生きてきた私は、ずっと物事を客観視できるようになった。
そして自分がいかに理不尽な環境に置かれているかを理解してしまったのだ。
だから私は、悪役令嬢リリアーナを作った彼らに復讐することにした。
しかし、記憶が戻っても、私は心も体も自由ではなかった。
だからやり方を考える必要があった。
私はあくまで善行をしているだけ。
それがたまたま裏目に出てしまっているだけだと。
他人だけではなく、自分自身まで騙すほどにうまくやる必要があった。




