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第52話 みんなに愛される心優しいヒロイン⑫

 国家合同審問が行われた、その翌日。


 まだ夜も完全に明けきらぬ薄暗い朝早くから、ミレイアに与えられた宿舎の部屋には、複数の神殿騎士と学園関係者が詰めかけていた。



「……え? 部屋の、捜索……ですか?」


 ベッドから引きずり出されたミレイアは、寝乱れた髪のまま、呆然と大きく目を瞬かせる。


「どうして……」


「王家および神殿合同審問会において正式に下された決定です」


 先頭に立つ神殿騎士は、淡々と事務的に答えた。


「先日の魔物侵入事件、および貴女が昨日の審問の場で口にした、一連の"未来予知"と称する不審な発言との関連性を調査します」


「予知、って……」


 ミレイアの顔が、恐怖で引きつる。


 昨日の審問での、あの手痛い失言。

 窮地を脱するために必死に口にした前世のイベント知識――それが完全に裏目へと出て、自らの首を絞める最悪の縄と化していた。


「お、おかしいよそんなの! あたしはただ――」


「必要な手続きです。下がっていなさい」


 冷酷極まる返答。

 そこに並ぶ大人たちの誰一人として、“聖女候補”としては接していなかった。



 ミレイアの制止を聞き入れることもなく、部屋の中へ次々と無骨な騎士たちが土足で入り込んでくる。


 本棚、机、引き出し。

 年頃の少女のデリケートな私物までが、容赦なく乱暴にひっくり返され、確認されていく。


 「わっ、ちょっと待ってそれ見ないで!」


 ミレイアは顔を真っ赤にして、慌てて止めようとする。


「失礼します」


 だが、神殿騎士は彼女を容易く片手で押しのけ、引き出しの奥底から数枚の紙束を取り上げた。


「……これは?」


「あっ……それはっ……」


 ミレイアの顔が真っ赤に染まる。

 騎士が持っていたのは、ミレイアがレオンハルトに宛てて書いた手紙だった。

 ラブレターというほどではない、憧れの人に書いた、出せない手紙。


「……レオンハルト殿下宛てか」


 騎士の一人が呆れたように呟く。


「ち、違うの!それは別に出してないし!」


「構いません。続けろ」


 乙女の秘密を無理やり引っ張り出され、ミレイアは恥ずかしさで今にも泣き出しそうだった。


「失礼します。怪しいノートが見つかりました」


 別の騎士が耳打ちをする。


「えっ」


 ミレイアの顔から、文字通り完全に血の気が引いた。

 騎士が持っていた一冊のノート。そこに、彼女自身の拙い筆跡でびっしりと書かれていたのは――。


『研究資料盗難事件』


自立型魔導人形ゴーレム暴走事件』


『魔物侵入』


 そして、それらの末尾に添えられた、ごく簡単な事件の発生内容と正確な日付。それは彼女が前世の乙女ゲーム『聖銀のレガリア』の知識を元に、忘れないよう自分用に書き留めていた”未来のイベントメモ”だった。


「ち、違っ……違います!」


 ミレイアは必死で首を振る。


「それ、ただのあたしのただのメモで……!」


 ノートに目を通した騎士たちの空気が一変した。


「……未来に起きる事件をすべて"把握"していたのですか?」


「違うの! これはそうじゃなくて、その!」


 言葉が、無残に詰まる。

 これを『ゲームの知識です』なんて説明できるわけがなかった。


「――隊長、こちらも発見いたしました」


 部屋の隅にあるクローゼットを漁っていた別の騎士が、一通の高級な便箋を持ち上げた。


 豪奢な白地に、鈍く輝く銀の紋章。

 アルヴェルト公爵家の専用便箋だった。


「……え?」


 ミレイアが完全に硬直する。

 知らない。そんなもの、自分の部屋に置いた覚えは絶対にない。


「な、なんで……そんなの、あたしの部屋にあるわけが……」


 騎士がその便箋を開き、書かれた内容へ冷酷に目を通す。

 そこには、流麗な筆跡で短くこう記されていた。


『例の件、予定通り進めてください。明日必ず事件は起こります』


 そして末尾には――リリアーナ・フォン・アルヴェルトの名前。


 ざわり、と部屋を満たす空気が、不気味に大きく揺れ動いた。


「……未来の事件の話?」


 便箋を覗き込んだ別の騎士が、低く押し殺した声で呟く。


「……まさか、カイル・レイナードの件か……?」


 ミレイアの呼吸が、完全に停止した。


「さらに、一緒にこちらの紙が、便箋のすぐ裏の隙間から……」


 騎士が差し出した数枚の紙には、リリアーナのサインをそっくりそのまま真似た文字が並んでいた。

 まるで、誰かがリリアーナの筆跡を完璧に偽造するために、必死に練習を重ねたかのように。


 騎士たちは、パズルの最後のピースが完璧に繋がったかのように、一斉に顔を見合わせた。

 

 カイル・レイナードは拘束時、確かに狂乱しながらこう証言していたのだ。

『リリアーナに唆された』と。


 だが、当時は何の証拠もなかった。

 だからカイルの逆恨みとして片付けられ、正式には認められていなかった。

 それなのに、今。その犯行を裏付けるアルヴェルト公爵家の便箋と、偽造の証拠が――他ならぬミレイアの部屋から、発見されたのだ。


「……なるほど、そういうことでしたか」


 立ち会っていた神官の視線が、氷点下へと冷え切る。


「貴女が公爵令嬢であるリリアーナ様の筆跡と便箋を偽造して彼女を騙り、裏でカイル・レイナードを操って事件を引き起こしていた。その可能性が極めて濃厚ですね」


「ち、違う!!」


ミレイアが目に涙を浮かべて叫ぶ。


「あたし、そんなことしてない!!」


「では、この公爵家の便箋と、貴女の筆跡で書かれた事件メモの整合性は、どう説明するのですか?」


「知らない! 本当に知らないの! !」


 でも。その必死の叫びを信じる者は、この部屋には誰一人として存在しなかった。


 異様な未来予知の発言。

 事件メモ。

 そして、アルヴェルト家の偽造便箋。

 全ての点と線が、完璧に繋がってしまっていた。


(……違う、違うのに……!)


 肺が押し潰されたように、息が苦しい。


 何も証明できない。

 未来のメモは、紛れもなく自分の手で書いた。

 便箋は、言い逃れようもなく自分の部屋から出てきてしまった。

 何もかもが、言い訳の通用しない最悪の形で揃いすぎてしまっている。


「ミレイア・ルーン」


 神殿騎士の隊長が、冷徹に剣の柄に手をかけながら静かに告げた。


「お前には引き続き、神殿特級管理下での強制拘束命令が出ている」


「え……あ……」


「連行する。同行を」


 冷たい、無慈悲な声。

 もう彼女には、弁明の余地すら一切与えられてはいなかった。



 両脇を屈強な神殿騎士に固められ、ミレイアは罪人のように薄暗い廊下を歩かされる。

 登校中の生徒たちが足を止め、彼女を白い目で見つめる、その視線がナイフのように痛かった。


 かつて彼女を"聖女"と持て囃した者たちは、誰も助けようとはしなかった。

 もし、彼らと友好な関係を築けていたら、誰か一人くらいは庇ってくれたのだろうか?

 そんな虚しい考えが脳をよぎる。


 その時だった。

 長い廊下の遥か先、冷たい朝の光が差し込む窓の傍らに、見覚えのある美しい銀の髪が見えた。


 ――リリアーナだった。


「……リリィ……っ!」


 ミレイアはすがるような声を上げて身を乗り出そうとする。


 だが、遠く離れた場所に佇むリリアーナは、ただ静かに、冷然とこちらを見つめ返すだけだった。

 彼女の濃紺の瞳は、どこまでも冷たく、遠い目をしていた。

 その端正な輪郭からは、何の感情も読み取ることはできない。


「助けて……」


 消え入りそうな、震える声。


 その懇願を聞いた一瞬だけ。

 リリアーナの美しい瞳が、微かに細められる。


 ――でも。

 彼女は最後まで、その薄い唇を開くことはなく、一言も言葉を発しなかった。



 重厚な鉄の扉が、容赦ない音を立てて閉まる。

 冷酷に鍵がかけられる重い音が、石造りの廊下の奥深くまで虚しく響き渡っていった。


 明かりのない、薄暗い地下の牢獄。

 体温を奪う、冷え切った石の床。

 鼻を突く黴の匂いと、じめついた重苦しい空気。


「……なんで」


 全身の力が抜け落ち、ミレイアはその場に力なく膝をついた。


「なんで、こんなことに……っ」


 暗闇の中で、彼女の問いに答える者はもう誰もいない。

 ただ遠くで、鍵の閉まる残酷な音だけが、響いていた。

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