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第31話 誰もが惹かれる未来の宰相⑤

 ユリウスは、少しだけ変わった。


 ――周囲から見れば、おそらく誰も気づかない程度の、些細な変化。


 でも、毎日彼を見ていれば分かる。

 確実に、どこか歯車がずれ始めていた。


「ユリウス、さっきの議題だけど――」


 昼休み。

 生徒会役員の男子生徒が、廊下で彼に話しかける。


 以前のユリウスなら、相手が誰であれ完璧に耳を傾けていた。

 必要なら雑談も交え、気分よく会話を終わらせる。

そういう男だった。


 でも。


「それ、前にも説明したよね?」


 空気が止まった。


 責めるような口調ではない。

 声音も穏やかなまま。


 けれど、その返答には、相手への配慮が決定的に欠けていた。


「あ……ご、ごめん」


 男子生徒が気まずそうに黙り込む。


「……」


 一瞬だけ。


 ユリウスの表情から、感情が抜け落ちていた。


 以前の彼なら、こんな隙は見せなかったはずだ。

 どんな相手に対しても、完璧な“ユリウス・クラウゼン”を演じ切っていたのに。



「ユリウスってさー」


 お昼休み。

 ミレイアが焼き菓子を頬張りながらユリウスに向かって言う。


「最近ちょっと、塩対応が増えたよね」


「塩対応……?って何?」


「前はもっと全員に"アイドル営業”って感じだった!」


「営業って言葉好きね、あなた」


「だってそうじゃん!」


私は呆れて紅茶をすするが、ミレイアは全く悪びれない。


「アイドル営業……?」


 ユリウスは、ミレイアの口から飛び出す未知の単語に、戸惑っているようだ。


「でも、あたしは今の方が自然で良いと思うな!」


「そう?」


「うん!なんかさ、“好きでもない子にも好きそうな顔をしてる感”が減った!」


 その瞬間、中庭の空気がまた止まった。


(あぁ……また地雷を笑顔で踏み抜いたわね……)


 私は思わず片手で目を覆った。


 でも。


「ははっ」


 ユリウスだけが、声を上げて笑った。

 お腹の底から本気で可笑しそうに。


「好きでもない子、かぁ」


「え、違った?」


「いや」


 ユリウスはまだ肩を震わせている。


「本当に遠慮がないね、ミレイア嬢は」


「よく言われる!」


「ミレイア、今の言葉は1ミリも褒められていないと思うわよ」


 私は即座に、冷たいトーンで訂正を入れた。

 私たちのやりとりを見て、またユリウスは声をあげて笑った。



 でも、その日の放課後。

 私は偶然、彼を見てしまった。


 学園の裏門近く。

 古い石壁に囲まれた、夕日も当たらない人気のない薄暗い場所。

 ユリウスが、一人の可憐な令嬢を壁際に静かに追い詰めていた。


「ユ、ユリウス様……」


 頬を耳まで真っ赤に染めた令嬢。

 ユリウスは彼女を優しく見下ろし、とろけるような笑みを浮かべている。

 いつも以上に近い距離感。異質なまでの甘い雰囲気。


「今日は……君に慰めてもらおうかな」


 その囁きは、ゾッとするほど空っぽに聞こえた。



 数分後。

 令嬢は熱い吐息を漏らし、夢見心地で去っていった。


 そして、一人その場に残されたユリウスは。


「……はぁ」


 深く、重い息を吐き出した。

 壁に片手を乱暴についたまま、しばらく動かなかった。


 夕闇に紛れたその顔は、酷く疲れ果てていた。

 満たされた男の顔などではない。

 むしろ、その逆だった。


(最低ね……)


 年頃の令嬢の好意をいいように利用する姿に、胸の奥で嫌悪が走る。

 でも同時に。


(……そういう人なのよね)


 納得している自分もいた。


 ユリウス・クラウゼンという男は、誰かに求められていないと、不安になる人間だ。

 だから空っぽになるほど、他人の好意へ縋ってしまう。


 最近は、ミレイアのおかげで少し変わったのだと錯覚していた。

 私たちの前で自然に笑うことも増え、以前より肩の力も抜けているように見えたから。


 でも、根っこの歪んだ部分は、何一つとして変わっていなかったのだ。


 むしろ、ミレイアと私という”安全地帯”ができたせいで、外面を取り繕う負担が減った分、空いた心を埋めるための“手段”だけが、より過激になっていったのかもしれない。


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