第30話 誰もが惹かれる未来の宰相④
「――もっとみんなで集まろうよ!」
お昼休み。
ミレイアが両手を突き上げて勢いよくそう宣言した。
「……何ですの、急に」
私は手元の上質な磁器のカップをソーサーに置きながら、怪訝そうに眉をひそめる。
「だってさ!」
ミレイアは不満げに頬を膨らませた。
「リリィってば、いつも一人で本ばかり読んでるじゃない。だからもっと、気軽な交流が必要なの!」
「交流って……」
「というわけで!」
(嫌な予感しかしないわね……)
「このランチ会は定期開催ね!」
「ちょっと、待ちなさい」
「放課後のお茶会もやるし!」
「待ちなさい」
「テスト前には図書館で勉強会もしたいな!」
「人の話を一瞬でも聞きなさいな」
「あとあと、学園のイベントの後は絶対みんなで打ち上げ――」
「だから、待ちなさいって言っているでしょう!」
私が少し声を鋭くすると、ミレイアはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「えー、なんで?」
「なんで、じゃないわよ……」
これ以上、私のあずかり知らぬところで勝手にプライベートの予定を増やさないでほしい。
しかも、被害者は私だけではないのだ。
「へぇ。僕に拒否権はないんだ」
テーブルの向かい側で、ユリウスがクスクスと可笑しそうに笑っている。
「もちろん!」
ミレイアは元気よく、力強く頷いた。
「ユリウスにだって、絶対こういうの必要だもん!」
「そう?あまり自覚がないけれど」
「うん!」
ミレイアの瞳には、一切の迷いがなかった。
「だってユリウスって……なんかね、“本当は寂しいのに、平気なフリをしてる人”って感じがするから!」
私はあまりの恐ろしさに、思わずそっと両目を閉じた。
(本当に距離感どうなってるのこの子)
ミレイアは、原作ゲームにおける”ヒロイン”の台詞をなぞっている。
でも本来それは、好感度が積み上がった終盤、二人きりの空気の中だからこそ成立する台詞なのだ。
それを、まだ知り合って間もない段階で、衆人環視の中庭でぶっ放すなんて、正気の沙汰ではない。
でも、ユリウスは怒らなかった。
それどころか、どこか優しげな目でミレイアをじっと見つめた。
「……君は本当に、面白いことを言うね」
「当たってるでしょ?」
「どうだろうね。自分でもよく分からないな」
いつものように、はぐらかすような柔らかな笑み。
でも、その口元は少しだけ柔らかく、自然に綻んでいるように見えた。
◇
それから、数日。
ミレイアは本当に勝手に私とユリウスを巻き込んで交流を増やしていった。
「今日もお昼は中庭集合ね!」
「今日の放課後は、図書館でお菓子を食べながら一緒に勉強しよ!」
とにかく、彼女の距離の詰め方はバグっていた。
遠慮がない。空気も読まない。それでも”純粋な善意100%”なのだ。
むしろ、ミレイアは「ユリウスって、本当は寂しい人なんだよね」と、本気で信じて接していた。
もちろん、ゲームの知識で知っていたからなんだけど。
◇
「ユリウス様!」
ある日の放課後、廊下を歩いていると、華やかな令嬢たちがユリウスに駆け寄る場面に出くわした。
「今度の夜会なのですが――」
「もしよろしければ、私とご一緒にエスコートをして頂けませんでしょうか……?」
学園では毎日のように繰り返される、いつもの見慣れた光景。
以前のユリウスなら、完璧な笑顔で相手を立てていたはずだ。ほんの少し期待を持たせて、それでいて誰も傷つけない。
でも、今日の彼は違った。
「ごめん。今日はそういう気分じゃないかな」
一瞬。
廊下の空気が、完全に止まった。
「え……?」
ユリウスの、あからさまに面倒くさそうな、冷ややかな声音。
令嬢たちの表情が強張る。
さらに、また別の日のこと。
「ユリウス様、この後の放課後、お時間ありますでしょうか?」
「今日はこの後、先約があるんだ」
「先約……?」
「うん」
ユリウスはさらりと返し、廊下の先を見つめた。
その視線の先には――中庭のベンチで、ミレイアにがっちりと腕を捕まれて困惑している私の姿があった。
ざわり、と。
周囲の令嬢たちの間に、明確な悪意の波紋が広がっていく。
◇
「ねぇ、最近のユリウス様、少し変わられたと思わない……?」
図書室の影、廊下の隅。
本を読むふりをしながら、私は耳に飛び込んでくる令嬢たちの声を静かに聞いていた。
「というか、あの二人と一緒にいるようになってからじゃないかしら?」
「やっぱり、リリアーナ様の手回しですの?」
私はページをめくりながら、小さく、重いため息を吐き出した。
(……あーあ。ほら、始まったわ)
身に覚えのない悪評。理不尽な孤立。周囲からの冷徹な刺すような視線。
まぁ、慣れたことだ。むしろ、悪役令嬢としてはこれが通常運転だ。
でも。
「ねぇねぇ、リリィ!」
そこへ、ミレイアが弾んだ足取りで勢いよく駆け寄ってきた。
「聞いて聞いて!ユリウスが今日、また女子からの誘いをバッサリ断ったんだよ!」
「……ミレイア、声が大きいわ」
「あっ」
もう遅い。図書室内の全生徒の視線が、さらに鋭く私の背中に突き刺さる。
だが、当のミレイアはその視線に全然気づいていなかった。
「これ絶対いい傾向だよ!ユリウス、他の人に無理して気を遣わなくなってきたってことでしょ?」
ミレイアは満足そうに無邪気に笑う。
本当に、彼女には悪意はないのだ。
だからこそ、最高に厄介だった。
◇
その日の、沈みかけた夕闇が広がる帰り道。
「……最近さ」
放課後お茶会の帰り、隣を歩いていたユリウスが、ぽつりと静かに呟いた。
生徒たちの人気が完全に引いた静まり返った廊下。彼の声はいつもより少しだけ低かった。
「前より、楽なんだよね」
「……何がですの?」
「全部」
ユリウスは夕日に目を細め、少しだけ笑った。
「君たちといると、相手を喜ばせるための正解を考えなくて済むから。ただそのままの僕でいられる」
その声音は、どこまでも軽やかだった。
でも、私はその彼の言葉を聞いた瞬間、妙な寒気を覚えた。
これは、本当に彼にとって良い方向に進んでいるのだろうか?
校門の前で、ミレイアは何も知らない笑顔のまま、大きくこちらへ手を振っていた。




