第25話 転生悪役令嬢と聖女①
中庭は、いつも通り静まり返っていた。
私の心臓の騒ぎとは裏腹に、木々の隙間を、穏やかな風だけがゆっくりと吹き抜けていく。
その静寂の中心で、ミレイアは私をじっと見つめていた。
柔らかな木漏れ日の光の中に立つ彼女の瞳は、今まで見せたことのないような鋭さを帯びていた。
「……やっぱり、そうなんですね」
小さな、けれど確実に核心を捉えた声。
「あなたも、私と同じ。このゲームの世界にやってきた“転生者”」
「……どうして、そう思いますの?」
私は努めて冷静を装い、慎重に尋ねる。
内心では、肯定すべきかどうか迷っていた。
だって、私のせいでこの世界の正規シナリオは、崩壊しつつあるのだから。
ミレイアはふっと視線を落とした。
「だって、どう考えてもおかしいんです。カイルが、本来ならシナリオで私が解決するはずだった学園の事件を、ことごとく“事前に完璧に解決”し続けるなんて」
「それだけじゃありません。本来のゲームルートなら、エドガーは学園にいるはずです。でも、彼は姿を消した」
その名を聞いた瞬間、胸の奥がドクリと跳ねた。
「カイルの件だけなら、彼自身が転生者という可能性も考えました。でも、エドガーの件は入学前――つまり、ゲーム開始前の出来事です。これって、“誰かが物語そのものに干渉している”としか思えないんです」
私は思わず息を止める。
「そしてカイルは昨日、捕まったときにあなたが情報源だと言った。カイルを動かす情報を持ち、入学前のエドガーに直接干渉できる立場にある存在は……限られます」
静かに、けれど完璧なロジックで外堀を埋められていく。
(そこまでたどり着いていたのね)
私は少しだけ目を伏せた。
もう言い逃れはできない。ここで下手に嘘を吐いても、余計に怪しまれるだけだ。ここはもう、腹を括るしかない。
「……ええ」
私は自嘲気味に頷き、まっすぐに彼女を見た。
「私も、貴女と同じ“転生者”です」
ミレイアの大きな目が見開かれる。
その瞬間。
彼女の纏う空気が、劇的に変貌した。
「は……」
そして。
「……え、ええええええええっっっ!?!?!?」
ミレイアの可憐な声が、鼓膜が破れるほどの音量でひっくり返った。
さっきまでの真面目な聖女の面影はどこへやら、両目をこれでもかとまんまるにして、口元を金魚のようにぱくぱくと動かしている。
「え、待って、マジで!? マジのガチで同業者ですか!?!?!?」
声のトーンが一気に数オクターブ跳ね上がる。
「ちょ、待って待って待って! やばいってこれ!! 転生者同士の直接会話イベントとか、二次創作の読みすぎで見える幻覚じゃなくて本当に現実に存在したんですか!!」
あまりの豹変ぶりに、私は思わず一歩あとずさった。
「な、なんなの急に……。少し落ち着きなさいよ」
「無理です不可能ですお静かにとか絶対に無理案件です!!!!」
即答だった。
「はうぅ〜〜〜〜!!やばい、現実でリアルに手が震えるタイプの神イベントなんですけど!」
ミレイアは両手を握りしめ、目を輝かせている。
「……あの、あなた、前世は一体何者だったの?」
「陰のJKです!!!!! アニメ・漫画・ゲーム・乙女ゲーは主食にして全部履修済みの限界オタクです!!!」
「……なるほど」
ものすごく納得がいった。
「だから入学式でレオ様のビジュを生で拝んだ瞬間、『最高レアSSRの確定演出キターーーー!』って心の中で大号泣のスタンディングオベーションだったんです!!」
「……えすえすあーる?」
「気にしないでください!!!」
……うるさい。さっきまでの、あの思慮深そうな聖女のオーラを返してほしい。
でも、おかげで私の心の中にあった重苦しい空気は、秒速でどこかへ吹き飛んで軽くなっていた。
◇
それから数分後。
荒い呼吸を整え、少しだけ落ち着きを取り戻したミレイアは、急に真面目な顔に戻った。
「それで……リリアーナさん」
「はい、何かしら」
「エドガーのこと、カイルのこと。……やっぱり、あなたの干渉が原因なんですか?」
その言葉に、先ほど霧散したはずの胸の痛みが、再びチクリと蘇る。
「……ええ」
私は自嘲気味に、静かに頷いた。
「私が、自分自身の破滅フラグを避けようと必死に動いたことで……彼らの未来を歪め、結果として……不幸にしてしまったわ」
私はぽつりぽつりと、これまで溜め込んできた胸の内を打ち明けた。
自分の保身のために、ゲーム知識を使って彼らに関わろうとしたこと。しかしその行動のすべてが、最悪な形で裏目に出てしまったこと。
物語の正ヒロインであるミレイアに激しく責められることも、十分に覚悟していた。
だが。
ミレイアは、きっぱりと強く首を振った。
「違います」
「え?」
「だってあたし、ロベルト先生の事件は、ゲームで“本来起きるはずだった”って知ってます。本来なら、先生の娘さんも、それ以外の一般生徒も、もっともっと大勢の人が犠牲になる事件だったんですよ」
私は思わず目を見開いた。
「リリアーナさんは、その悲劇自体を、起きる前に止めたんです。犠牲になるはずだった命を助けた。それって……」
ミレイアは、悪戯っぽく少しだけ笑った。
その笑顔は、ゲームの聖女そのものの、どこまでも穏やかで、まっすぐなものだった。
「完全に悪役じゃないです」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「……そう言ってもらえると、少し救われるわ」
「はうぅ……生リリアーナ様のデレ、ビジュが良すぎて直視できない……無理……」
「……え?」
「あ、独り言なんで気にしないでください!!!」
本当に、忙しい子だ。
でも、彼女が全力で放ってくれたその言葉は、傷だらけだった私の心にとって、少しだけ救いになった。




