第26話 転生悪役令嬢と聖女
「ねえ、リリアーナ」
ミレイアが、実に軽いトーンで話しかけてきた。
というか、いつの間にかいきなり呼び捨てになっている。
「……なんでしょう?」
「やっぱり喋り方、堅くない?」
ミレイアは顔を覗き込んできて、にこにこと無邪気に笑った。
「せっかく同じ転生者同士、この世界で巡り会えたんだしさ。もうタメ口でいいよね?」
「……いや、急に距離感バグりすぎじゃない?」
思わず素のトーンでツッコミを入れてしまう。
すると、ミレイアはぱっと目を輝かせた。
「出た!今のそれ、完全な“前世モード”でしょ!」
「いや、別にモードとかないけど」
「あるあるある!今のツッコミ、絶対前世の口調だった!」
会話のテンポがおかしい。
でも、妙に会話が噛み合ってしまっているのが一番の問題だった。
ミレイアは当然のような顔をして、私のすぐ隣へとベンチを詰めて座り直す。
「ねえねえ、リリィは前世で何してた人なの?」
(今度はリリィになってるわ……)
「ただのOL」
あまり深掘りされたくなくて、短く答える。
前世の生活を、あまり思い出したくなかったからだ。
「やっぱり!!」
「その妙な納得の返しは何なのよ」
「だって、なんか全体的に落ち着いてる感じがするもん!」
「……それ、一応褒めてるの?」
「褒めてる!」
即答だった。
「わー!嬉しい!あたしお姉ちゃんが欲しかったんだよねぇ」
本人の許可なく、勝手に姉ポジションに収められてしまった。
本当に、台風みたいな女の子だ。
「でさ」
ひとしきりはしゃいだ後、ミレイアは急に少しだけ、トーンを落として真面目な顔になった。
「リリィってさ……この世界で、最終的にどうしたいの?」
核心に触れる問いに、私は少しだけ視線を落とした。本の表紙を見つめながら、静かに答える。
「本来のゲームシナリオだとね。私はどんなルートでも最終的に破滅して、魔王軍側に取り込まれる役回りなのよ」
「……うん」
「社交界でも、この学園でも完全に孤立して……最終的に都合よく利用されて、惨めに取り返しのつかない終わりを迎える。……だから、私はただ、その最悪の未来を避けたいだけ」
少し間を置いてから、ぽつりと続ける。
「だからこそ、破滅の引き金になりそうな攻略対象(彼ら)と、事前になんとか仲良くなろう、関係を改善しようと思ったんだけど……。結局、どう動いても変な方向に事態が転がっていく気がするのよ」
「変な方向?」
「カイルの件もそう。エドガーの件もそう。……怖いのよ。また同じ”不幸な結末”に向かって運命が寄っていくんじゃないかって」
ミレイアは、少しだけ黙り込んだ。
さっきまでの喧騒が嘘のように、珍しく真剣に考え込んでいる。
……と思った、次の瞬間だった。
「じゃあさ、そもそも最初から彼らと関わらなきゃよくない?」
あっけらかんと、彼女はそう言い放った。
「……は?」
「いや、だってほら。リリィがみんなと無理に関わろうとするから、悪いことが起きちゃうんでしょ?だったら、最初から最低限の挨拶だけで、あとは一切接触しないで生きれば安全じゃん!」
私は即座に、強く首を振った。
「無理よ、それはできないわ」
「え、なんで?」
「ゲームの私は、彼らに嫌われ続けた結果、社交界での居場所を完全に失ったの。そうして孤立して、心の隙を突かれて――最終的に魔王軍側へ堕ちた」
そこまで言って、ふう、と胸の熱を逃がすように息を吐く。
「この現実でも、私はすでに彼らに嫌われてしまっている。今ここから急に距離を取って完全に引きこもったとしても、結果として”孤立する”という同じ状況が完成するわ」
自分の声が、少しだけ震えているのが分かった。
「そうなったら……私は絶望して、またゲームと同じ最悪の選択をしてしまう気がするの」
視線を地面に落としたまま、胸の奥の言葉を吐き出しているような感覚だった。
「結局、私はどう足掻いても、そういう役割の人間だったんじゃないかって……それが、少し怖いのよ」
ミレイアはしばらく黙っていた。
しかし次の瞬間にはまたぱっと目を見開いた。
「じゃあさ!!」
中庭に響き渡るほどの声量で、ミレイアが勢いよく立ち上がった。
さっきまでの沈黙が嘘みたいに、爛々とした眩しい光が戻っていた。
「それなら、あたしが手伝う!!」
「……は?」
「リリィがそんなに怖がってるならさ!あたしが全部、“平和ルート”に変えてあげるから!」
「……え?」
「あたしがみんなとリリィを仲良くさせる係をやる!!任せて!」
「任せて、とは言うけれど……」
「だってあたし、こういうの得意だし!乙女ゲームの全攻略ルートのフラグ管理とか、大好物だし超得意分野だから!」
自信満々に胸を張るミレイアを見て、私はふっと、張り詰めていた肩の力を抜いて息を吐いた。
「……本当に、そんなことができると思う?」
「できる!」
即答だった。
「だってさ。リリィが一人で抱え込むよりさ」
「そっちのほうが絶対何倍もみんなハッピーじゃん!」
その言葉は。
底抜けに明るくて、やけに軽い響きだったのに。
私の胸の奥には――少しだけ、ひやりとした重さが残った。
ミレイアはキラキラとした満面の笑顔のまま、私の答えを待っている。
その一点の曇りもない無邪気な「善意」が。
なぜだか、私の胸の奥に、チクリと小さな棘のように刺さったのだった
次回からはユリウス編です!




