第24話 強くて正しい騎士見習い⑪
翌日。
学園内に正式な発表が出された。
カイル・レイナード。
無期限の拘束処分。
騎士科からの資格停止。
および、学園内におけるあらゆる警備・臨戦権限の全剥奪。
そして――
ロベルト・エインズ傷害事件の主犯として、国家騎士団による継続調査対象。
それは、実質的な“社会的断罪”の宣告だった。
彼の輝かしい天才騎士としての将来は、事実上、完全に閉ざされたのだ。
◇
「……カイル」
誰もいない自室で、思わずぽつりと声が漏れた。
もちろん、その声が届く場所には、もう彼はいない。
ふと見上げた廊下の窓の外は、胸が痛くなるほどにやけに明るかった。
昨日までと全く同じ空のはずなのに、見え方がまるで違う。
白い雲が高いところをのんびりと流れていく。どこか遠くで鳥が小さく鳴いた。何も知らない、いつも通りの残酷な朝だ。
(違う……)
そう感じているのは、世界じゃない。
私のほうだ。
私の選んだ行動が、前世の知識が、物語の歯車を狂わせ、一人の人間を壊した。
エドガーに続き、これで二人目。
しかも今回は、公的な罪人という、二度と取り返しのつかない形で。
幸いにも、ロベルト先生の命に別状はなかった。
それでも、彼が心と身体に負った重傷は消えない。
胸の奥が、少しだけ重い。
けれど――ここで私が立ち止まるわけにはいかないのだ。
カイルの未来を狂わせてしまっても、まだこの世界の“運命”は、私を引きずりながら続いていくのだから。
◇
あの凄惨な事件の後、氷薔薇学園はしばらくの間、強制的な休校措置となった。
だが、数ヶ月もすれば、生徒たちは何事もなかったかのように、日常へと戻っていった。学園を騒がせた天才の失脚も、今や過去の出来事だ。
被害に遭ったロベルト先生も、来週から正式に復帰できるらしい。
――あの人は、生きている。娘と一緒に。
私が変えた未来の、その事実だけが、静かに王都の片隅に残っていた。
◇
心地よい風が吹き抜ける、昼休み。
事件以降、さらに人の少なくなった中庭のベンチで、私は一人、静かに本を読んでいた。
その時だった。
視界の端に、遮るように人影が滑り込んでくる。
「リリアーナ……様」
鈴を転がすような、どこか儚い声。
陽光に淡い茶色の髪を揺らしながら、立っていたのは――ミレイア・ルーン。
聖女とされる強大な光の魔力を持つ、この世界の紛れもない”正ヒロイン”だった。
彼女は少し戸惑ったような表情でこちらを見ていた。
その瞳は、迷っているようで、それでも絶対に引き返す気はない、強い決意のようなものが滲んでいる。
「少し……お話、よろしいですか?」
私は本を閉じ、小さく目を細めて彼女を見つめた。
「ええ、構いませんわ。そこへお掛けになって」
隣に腰を下ろしたミレイアは、少しの間だけ、膝の上で手をぎゅっと握りしめて黙り込んでいた。
張り詰めた沈黙。それから、彼女は意を決したように顔を上げた。
「あの……カイルのこと、あの件があってから、ずっと気になっていて……」
あまりにも唐突に、そして当たり前のように、彼女はカイルの名前を口にした。
(……え?)
心臓が跳ねる。
なぜ、この子がそんなことを言うの?
原作ゲームならともかく、この世界で、私とミレイアはほとんど話したことがない。
それなのに、彼女はまるで当然みたいに、私へカイルの話を切り出してきた。
私が警戒を強め、少しだけ首を傾げた、その時――。
彼女の小さな唇から零れ出たのは、私の想像を遥か斜め上に飛び越えたものだった。
「リリアーナ様、あなたは……」
ミレイアは、私を真っ直ぐに見据えた。
「もしかして、私と同じ"転生者"ですか?」
一瞬にして、中庭の空気が完全に凍りついた。
「……は?」
あまりの衝撃に、思わず素の声が出た。
冗談を言っているようには見えない。探りを入れているわけでもない。
ミレイアの瞳にあるのは、絶対的な確信だった。
「私も、あなたと同じなんです」
その一言で。
この世界の輪郭が、わずかに歪んだ気がした。
カイル編、これにて終了です。
そして、ミレイアが動き出したことで、物語はまた少し違う顔を見せ始めます。
さすがにちょっと更新頻度を落とそうと思いますが、毎日更新は続けるので、お付き合いいただけると嬉しいです。
次章もよろしくお願いいたします。




