第23話 強くて正しい騎士見習い⑩
カイルはその場で、駆けつけた教官たちに取り押さえられた。
「離せ……っ!」
「俺は間違ってない!間違ったことはしていない!」
騎士科の屈強な生徒たちが、さらに数人がかりでカイルを地面に押さえ込む。
それでもなお、カイルは悲痛な声を上げながら暴れ続けていた。
血の付いた剣が、乾いた音を立てて石畳に落ちる。
その金属音が、私の耳にはやけに遠く聞こえた。
「ロベルト先生は魔族と繋がっているんだ!俺はみんなを、学園を守ろうとしただけだ!!」
騒ぎを聞きつけ、教師たちや学園の防衛騎士たちも次々と集まってきた。
必死に身の潔白と正義を訴えるカイルは、人混みの中にいる私を見つけると、血走った目で指を差した。
「リリアーナだ! リリアーナが俺に言ったんだ! 今日、この場所で事件が起きると言ったのはあいつだ!」
その唐突な叫びに、周囲の生徒たちがざわつき始めた。
「リリアーナ様が……?」
「いや、あり得ないだろう」
「あのリリアーナ様に、カイル様が従うわけがない」
「そもそも、あの二人はずっと仲が悪かったはずだ」
周囲の否定は、残酷なほどに早かった。
誰も、カイルと私の間に“繋がり”があったことなど認めようとしない。
カイルの必死の告発は、当然のように切り捨てられていく。
「嘘じゃない!俺はあいつに直接聞いたんだ!これから起きる未来の事件を!」
カイルが狂ったように叫ぶ。
「リリアーナは確かに未来を――!俺はそれを信じて、悲劇を止めるために動いただけだ!」
だが。
「未来……?何を馬鹿なことを……」
「ついに正気を失ったか」
その冷ややかな一言で、場の空気は完全に決まってしまった。
もはや彼の言葉は、“説明”や“弁明”として扱われていない。
誰もがカイルを、過度な訓練や重圧で、ついに錯乱したのだと判断していた。
「クラウス!お前は知っているだろう!」
カイルが藁にも縋るように、野次馬の中にいたクラウスへ叫ぶ。
「俺とリリアーナが、二人きりで話していたことを!」
「え、あ……っ」
名指しされたクラウスは、びくりと肩を震わせた。
周囲の大人たちの視線が、一斉に彼へ集まる。もはや逃げ場はなかった。
「確かに、一度……お二人が話しているのは見ました」
蚊の鳴くような、小さな声だった。
「でも、それ以外は特に接触もなく……。リリアーナ様も、普段はカイル様から距離を取られているようでした」
クラウスは少しだけ間を置き、言葉を続けた。
「……正直、僕が以前に助けていただいた時も、カイル様はリリアーナ様の言葉を全く信じていませんでした。かなり、ひどいことを……言っていたのも見ました」
そこまで一気に言って、クラウスはいたたまれなさそうに俯いた。
だが、その証言はカイルの退路を完全に断つ、十分すぎるものだった。
――“もともと激しく対立していた二人”。
周囲の人間の頭の中で、その認識だけが強く補強されていく。
カイルがリリアーナの言葉を本気で信じる理由など、どこにも存在しない。
「違う、そうじゃないんだ……!信じてくれ!」
カイルの声は、もう誰の耳にも届いていなかった。
彼の必死の主張は、周囲の『そんな関係性であるはずがない』という前提によって、最初から成立しないものとして処理されていく。
(ああ……)
私は、その光景を遠巻きに見つめながら、胸の奥が鉛のように重く沈んでいくのを感じていた。
未来を少し変えただけで。
まさか、こんなことになるなんて。
でも――。
どんな理由があれ、無抵抗の教師へ剣を向け、実際に傷つけたという客観的事実だけは、もうどう足掻いても消せない。
私がここで割って入って、『未来を知っていたんです』なんて言ったところで、火に油を注ぐだけだ。
そんなことをしても、カイルを救うことなど絶対にできない。
取り返しのつかない現実だけが、夕暮れの回廊に冷たく横たわっていた。
◇
その夜。
自室のベッドの端に腰掛けていた私へ、リネットが静かに報告をもたらした。
「ロベルト・エインズ先生の容態ですが……」
リネットは少しだけ言葉を区切ってから、私の顔を見る。
「命に別条はないそうです」
「そう……」
私は短く、それだけ答えて深く息を吐いた。
(最悪の結末には、なっていない)
でも。
カイル・レイナードの輝かしい未来だけは、この日を境に、確実に粉々に砕け散った。
本来のゲームシナリオ通りなら、いずれ誰もが憧れる“王国の英雄”になるはずだった、高潔な騎士見習い。
彼は今、英雄への道から真っ逆さまに転がり落ち。
ただの、哀れな"凶行の加害者"として、冷たい地下牢へ閉じ込められている。
カイル編は1日2回と言いつつ、実は毎日3回というハイスピードで突っ走って投稿していました。
そんなカイル編も、次回で終了です。
あんまり後書きも活動報告も書かないですが、ブックマークやリアクションいただく度に小躍りしてます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。




