第21話 強くて正しい騎士見習い⑧
氷薔薇学園の学園祭――《白銀祭》。
年に一度、生徒たちが主体となって行う大規模行事だ。
普段は厳重に閉ざされている学園の正門も、この日ばかりは広く開放され、外部からの多くの来客で賑わう。
貴族たちの思惑が交錯する社交。
学園お抱えの商人たちとの秘密裏の取引。
騎士科による、手に汗握る華やかな模擬戦。
魔導科による、最先端の魔術展示発表。
それは単なるお祭りではなく、実質的には王国の未来を担う有力者たちを見定める、国家規模の壮大な見本市でもあった。
「すご……」
私は校舎前の広場を見回しながら、ぽつりと小さく呟く。
普段の氷薔薇学園は、どちらかといえば張り詰めた空気感が強い。
だが、今日だけは全く違っていた。
通りを彩る色とりどりの華やかな装飾。
ずらりと並ぶ、香ばしい匂いを放つ屋台。
あちこちから聞こえてくる、楽しげな笑い声。
生徒たちも、今日ばかりはどこか浮き足立っている。
白と銀を基調としたお洒落な飾り付けが歴史ある校舎を彩り、学生たちの手による魔法の灯りが、昼間から街路樹の隙間で淡く幻想的に光っていた。
賑やかな熱気のせいか、いつもより空が広く見える。
「リリアーナ様、あちらの模擬店のお菓子が大変な人気だそうですよ」
隣に控えるリネットが、静かに言う。
「え、何それ。気になる」
思わず素が出てしまった。
するとリネットがほんの少しだけ目を細める。
「楽しそうで何よりです」
「だって学園祭よ?前世でも、こういうお祭りイベントはちょっと好きだったのよね」
「……前世?」
「あ」
しまった、口が滑った。
楽しさに当てられて完全に油断していた。
「い、いえ、なんでもないわ!」
誤魔化すように、咳払いをする。
(危なすぎた……本当に気が緩んでるわ、私)
でも、それくらいここ数ヶ月の学園生活は順調だったのだ。
カイルとの最悪だった関係は目に見えて良くなっているし、事件もすべて未然に防げている。大きな問題は、何一つ起きていない。
(……いや)
だからこそ、少し怖い。
私は無意識に、賑わう周囲をぐるりと見渡した。
華やかな笑い声。賑やかな空気。楽しそうな人々。
――でも。
(今日は、本来なら“あの日”なのよね)
ゲーム中盤の大事件。
学園内への魔族侵入事件。
多数の負傷者を出し、死者まで出る、シナリオ上の大型惨劇イベント。
そして、その引き金になるのが――魔導科教師、ロベルト・エインズ。
◇
「……おい」
振り向くと、そこにカイルが立っていた。
(うわ、顔こわ……っ!?)
カイルは、ここ最近では見たこともないほど険しい顔をしていた。
いつも涼しげな目の下には薄黒い隈があり、寝不足のせいか少しやつれて見える。いつもの余裕は消え、どこか張り詰めた空気を纏っていた。
「ごきげんよう、カイル」
「ふざけている場合か」
ぴしゃりと冷たく遮られる。……挨拶しただけなのに。
カイルは油断なく周囲を警戒するように視線を巡らせ、声を潜めた。
「……本当に、今日なんだな?」
「ええ。間違えないわ」
「時間は?」
「詳細な刻限までは分かりません」
私は小さく首を振る。
「ただ、学園祭の最中に結界の術式が内側から乱され、そこから魔族が侵入する。それだけが、私の夢でわかっている全てよ」
カイルは舌打ちを飲み込むように重い息を吐いた。
「証拠が、何一つないんだ」
「え?」
「お前に言われてから、結界管理室の過去の記録もすべて確認した。ロベルト先生の身辺も、この数日間不眠不休で調べた。だが、不審な点は何もない」
焦っている。明らかに。
それも当然だった。今までの事件は、事前に小さな違和感や、隠された物理的な証拠があった。だが、今回は違う。現時点では、どこをどう探しても完璧に綺麗なのだ。
「……カイル」
「何だ」
「私、その……未来を断片的に”見た”だけで、全てを知っているわけではありませんの。だから、細部は曖昧なこともあるわ」
「お前が言ったんだろう」
「そうだけれど……」
「もし、何も起きなかったら――」
「起きる」
即答だった。
「今まで、お前の予言は全部当たっていた。なら今回もそうだ。必ず起きる」
カイルの声色は強く、迷いがない。
その目には、“止めなければならない”という焦燥が宿っていた。
「俺は見逃さない。あの教師が魔族を引き入れるつもりなら……どんな手段を使ってでも、必ず止める」
その言葉に、私はほんの少しだけ、胸の奥が冷たくざわついた。
(……大丈夫、よね?)
カイルの言うことは正しい。彼は真面目で、誰よりも責任感が強い。
だからこそ、だからこそ、ここまで上手くやってこられた。
今回だってきっと、彼が上手くやってくれる。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
◇
その時だった。
遠くの空で大きな音がして、同時に大歓声が上がる。
魔導科の生徒たちによる、お披露目の演出魔法らしい。
白昼の空に、色鮮やかな光の大輪の花が次々と咲き誇っていく。
「きれい……」
思わず、見惚れて呟く。
周囲の生徒や観光客たちも一斉に足を止め、感嘆の声を漏らしながら空を見上げていた。
弾ける笑い声。割れんばかりの拍手。
どこまでも穏やかで、幸福に満ちた空気。
――まるで。
本当に、何も起きない平和な学園祭のようだった。




