第20話 強くて正しい騎士見習い⑦
――それから数ヶ月。
氷薔薇学園では、小さな事件がいくつも起きた。
寮内での薬品紛失。魔導科での不正試験。訓練用魔物の脱走騒ぎ。
そのほとんどにおいて、ある一人の少年の名前が英雄のように挙がることとなった
「またカイル様が解決したらしいぞ」
「騎士団からも、異例の早期評価と推薦が来ているらしい」
廊下を歩けば、至る所からカイル・レイナードを称賛する声が聞こえてくる。
(うんうん、素晴らしいわ)
私は廊下を歩きながら、内心で頷く。
順調である。ものすごく順調。
もちろん、表向きには私は何も関わっていないことになっている。
私はただ、時々、人目につかない場所で。
『次の週の夜間巡回は、北棟の倉庫を見た方がよろしいかと』とか。
『魔導科の第三実験室、少し危ない気がしますわ』とか。
そんな風に、前世のゲーム知識から得た“少し先の未来”を、彼にコソッと教えているだけだ。
実際に動くのも解決するのもカイル。だから皆、彼を称賛する。
完璧な役割分担だった。
◇
「……で?」
昼休み。陽光が優しく降り注ぐ中庭の東屋に一人でいると、カイルが当然のように私の向かいへ座る。
(普通に来るようになったわね)
最初の頃を思うと感慨深い。
「今日は何かあるのか」
完全に聞きに来ている。
「ありませんわよ」
「本当か?」
カイルの目がスッと細くなり、疑わしげに私を凝視する。
「いや、最近は妙に静かだからな」
「平和は良いことでは?」
「それはそうだが……」
カイルはそこで言葉を切り、視線を泳がせた。その顔は、どこか手持ち無沙汰というか、落ち着かない様子だった。
私はじっとその表情を見る。
「……まさかとは思いますけれど」
「何だ」
「少し期待してません?」
「してない」
あまりにも早すぎる否定。
けれど、彼はすぐに少し身を乗り出して、声を潜めて聞いてきたのだ。
「……で、実際はどうなんだ?」
(してるなこれ)
最近のカイルの学園内での目立ち方は尋常ではなかった。教師からの評価も高く、騎士科の中でも中心人物だ。本人に自覚は薄いだろうが、“解決する側”として扱われることに慣れ始めている。
「お前が言った通りだった」
カイルは腕を組み、噛み締めるように言った。
「薬品庫の件も、試験不正も。魔物脱走も、俺が事前に動いたから被害はなかった」
「ええ。貴方が優秀だからよ、カイル」
「最初はただの偶然かと思った」
カイルの目が細まる。
「だが、ここまで続くと違う。お前は本当に”見えている”んだな」
その声音には、最初の頃にあった刺々しい疑いはもうひとかけらもなかった。
むしろそこにあるのは――純粋な期待、信頼、そして、少し歪な高揚感。
「お前が未来を教え、俺がそれを防ぐ。そうして、この学園の平和が守られるんだ」
その真っ直ぐすぎる言葉に、私は少しだけ目を瞬いた。
カイルは昔から正義感が強かった。でも今は、それだけじゃない。
“止められる力”を知ってしまったからこそ、止められないことを許せなくなり始めている。
◇
「……それで?お前は本当はわかっているんだろう?」
カイルが再び聞いてくる。
(前のめりね……)
私は少しだけ躊躇した。本当は、あまり早く話したくなかった。
でも、次の事件は規模が大きい。準備期間も必要だ。
「……次は、かなり大きいですわ」
少しだけ声のトーンを落とした。空気が変わる。
「学園祭の日、学園内に”魔族”が侵入します」
カイルの息が止まった。
「……魔族だと? 学園の結界をどうやって突破する」
「結界を内側から操作して、侵入経路を作る者がいるの。――魔導科教師、ロベルト・エインズ」
その名前を聞いた瞬間、カイルの眉が動いた。
「……ロベルト先生? 彼が魔族に協力するとは思えん」
「理由までは分からないわ」
私はゆっくりと言う。
「ただ、学園祭の日に事件が起きる。それだけは確かよ」
カイルは私の目をじっと見つめ、やがて――黙り込んだ。だが、その沈黙は迷いではない。
どう止めるか、どう証拠を掴むか。その方向へ一直線に進んでいる。
「……止めればいい」
低い声だった。
「結界管理を調べる。学園祭当日まで監視も必要だな」
もう完全に動く前提で計画を組み立てている。
「今までだって、どんな事件も未然に防げたんだ。今回も、誰一人として被害が出る前に、俺が完璧に止めてみせる」
その言葉には強い確信があった。
成功体験、正義を成した実感、感謝される喜び。それらが少しずつ積み重なって、“自分は止められる人間だ”という確信になり始めている。
「……ただ、気をつけてくださいね」
私は念を押す。
「相手は教師ですし、魔族絡みです。下手をすると、貴方自身の立場も危うくなるわ」
「なら尚更、見逃せない。知っていて止めなかったなら、それは同罪だ」
強い言葉。一点の曇りもない、透き通った瞳。
――そして。
その瞳の奥に、ほんの少しだけ、危うい火が灯るのが見えた。
正しさを信じて突き進む人間は、確かに強い。
でも、”自分は正しい”と信じ始めた人間は、時々、止まれなくなる。
カイルの目に宿っている光は、最初に会った時とは少し違う。正義感じゃない。使命感だ。
なのに、この時の私はまだ、それがどこまで危険なことなのか、ちゃんと理解できていなかった。




