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第17話 強くて正しい騎士見習い④

 翌日。


 二限終了を告げる重厚な鐘の音が、校舎に鳴り響く。


(さて)


 私は廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


 資料室前。

 ゲーム序盤で発生する、小さな盗難イベント。


 本来なら、ヒロインであるミレイアが持ち前の観察眼で解決し、攻略対象との好感度を稼ぐイベントの一つだ。

 今回は、その「手柄」をまるごとカイルに渡す。


(うまくいけば、少しは信用してもらえるはず。……たぶん)


 資料室前には、すでに人だかりができていた。


「ない!研究資料が消えている……!」


「誰か持ち出したのか!?」


 ざわめき。

 教師たちが青ざめた顔で慌ただしく動き回る。


(始まったわね)


 私は少し離れた柱の陰から様子を窺う。

 すると。


「――待て」


 低く、よく通る声。


 カイルだった。


 騎士科の制服を翻し、人混みを割って前へ出る。

 その堂々とした佇まいは、荒れ始めていた空気を一瞬で塗り替えた。


「状況を説明しろ」


「カイル様!それが、魔導科の研究資料が消えたんです。ついさっきまであったのですが……」


 その場にいた騎士科の生徒が、即座に説明する。


「最後に室内で目撃されたのは、指導対象リストの生徒で――」


 そこまで聞いた瞬間。

 カイルの目が鋭く細くなった。


(来た。昨日の私の"予言"を、彼は今、目の当たりにしている)


 ゲーム通りなら、ここで指導対象の生徒が疑われる。


「こいつだ!こいつが盗んだに違いない!」


 鋭い追及が飛ぶ。


 視線の先には、一人の男子生徒が立たされていた。

 指導対象リストの札を付けた魔導科の少年だ。

 青ざめた顔で震えている。


「ち、違います!僕は頼まれた本を戻しに来ただけで、僕じゃありません!」


「嘘をつけ!なら、なぜ資料室付近にいた!」


 教師の追及。

 周囲の冷ややかな視線。


 現場は完全に、彼を犯人と決めつける空気に支配されていた。


(放っておけば、この子は退学にまで追い込まれる……)


 けれど、本当の犯人は別にいる。


「――待ってください」


 カイルが静かに、だが拒絶を許さない圧力で前へ出た。

 指導対象リストの少年を問い詰める教師との間に割って入る。


「まだ犯人と決まったわけではありません。確認が不十分です」


「だが、状況的に――」


「状況など、いくらでも偽装できる」


 カイルは周囲を見渡す。


 鋭い目。

 いつもの、“正しさ”を執拗に探す目だ。


「……窓が開いているな」


 ぽつりと言った。


 資料室の奥。

 確かに、小窓が半分ほど開いている。


「外部からの侵入経路の可能性があるな。二階でも、魔導具を使えば不可能ではない」


 カイルは静かに室内へ入り、視線を巡らせた。


 机。

 散らばった書類。

 そして、床。


「……床にインクの染みがある。この資料室の備品ではないな」


 彼はしゃがみ込み、指先で床をなぞる。


「特殊な香りがする。魔導科の研究室で使われる記名用インクだ」


 さらに、窓際へ視線を向ける。

 外壁には、うっすらと靴跡が残っていた。


「逃走経路だ」


 確信を持った低い声。

 その瞬間、窓の外から小さく舌打ちが聞こえた。


「逃がすな!捕まえろ!」


 カイルの指示に、騎士科の生徒たちが一斉に動く。


 数分後。


 研究資料を横流ししようとしていた魔導科の上級生が捕らえられた。


「え……」


「じゃあ、あの子は無実だったのか」


 空気が一変する。


 疑われていた少年は、安堵のあまりその場にへたり込んでいた。


「すごい……カイル様が一瞬で見抜いたのか」


「さすが、正義を重んじる騎士科の筆頭候補だ……!」


 一瞬で、周囲に称賛の声が広がっていく。


(うん、完璧。カイルの評価も爆上がりね)


 私は少し離れた場所で頷いた。


 これこれ。

 こういうのでいいのだ。


 人が助かって、カイルの評価も上がる。


 完璧では?


 私は満足して、人混みに紛れながらその場を離れようとした。


 ――しかし。


「……お前」


 背後から、逃げ場を塞ぐような声。

 気づけば、カイルがこちらを睨んでいた。


「はい?」


「ちょっと来い。話がある」



 人気のない空き教室。


 重い扉が閉まる。


 カイルは腕を組んだまま、食い入るように私を見つめてきた。


「……本当だった」


 低い声。


「お前の言った通り、時間は二限後。場所は資料室前。盗まれたものも、犯人まで一致していた」


「だから、そう言ったじゃない」


「なぜ、自分で解決しなかった」


 カイルの問いは、純粋な疑問だった。


「お前は知っていたんだろう。だったら自分で動けば、今頃あの称賛はお前のものだったはずだ」


 私は少しだけ目を瞬き、それから自嘲気味に笑った。


「私では、誰も信じませんもの」


「……何?」


「“氷薔薇の毒華”が急に正しいことを言い出しても、裏があると思われるだけですわ」


 私は肩をすくめる。


「まして、あの子を庇おうものなら、『リリアーナ様がリストの生徒を操っている』と噂されるのがオチです」


 実際、昨日もそうだった。


 未来が見えると言った瞬間、詐欺師を見るような顔をされたのだ。


 ……まあ、普通はそうなるのだけれど。


「でも」


 私は、戸惑うカイルの瞳をまっすぐ見つめる。


「貴方なら違うでしょう?」


「……」


「貴方は、たとえ私を嫌っていても、目の前の“正しさ”を見捨てられない人だから。だから、皆が貴方を信じるのよ」


 一瞬。


 カイルの表情が止まった。

 何かを言いかけ、唇を噛み、そして吐き出すように言う。


「……今回だけだ。予知だか何だか知らんが、お前を信用したわけじゃない」


「ええ。構いませんわ。上出来ですもの」


 私は微笑む。


「……意味が分からん。お前、本当に何を考えているんだ」


 カイルはひどく困惑したように眉を寄せた。


 自分の知っている“悪女”とは違う。

 合理的で、どこか投げやりなリリアーナを、どう扱えばいいのか分からない――そんな顔だった。


 でも。


 昨日よりは、ほんの少しだけ敵意が薄くなった気がした。

裏設定:

騎士科の制服にはマントが付いています。

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