第16話 強くて正しい騎士見習い③
問題は。
(どうやって話を聞かせるか、なのよね)
私は廊下を歩きながら、小さくため息を吐いた。
カイル・レイナード。彼は基本的に、私の話を聞かない。正確には、“最初から疑っている”。だから会話にならないのだ。
私が「おはようございます」と言えば、『何を企んでいる』。
私が「今日は良い天気ですわね」と言えば、『話を逸らすな』。
(会話難易度高すぎない?)
「……あ」
その時、廊下の先に見覚えのある姿を見つけた。クラウス・ベルトン。相変わらず少しおどおどしながら、周囲の貴族生徒たちから距離を取るように歩いていた。
「クラウス」
「ひゃっ!?」
すごい悲鳴。周囲の生徒が何事かとこちらを振り返る。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「す、すみません!指導対象の僕にリリアーナ様が声をかけるなんて、何か恐ろしいことが始まるのかと……!」
(条件反射で絶望されるの、地味にくるわね)
「別に聞きたいことがあるだけよ。……あなた、カイルとよく話しているの?この前、あなたを庇っていたでしょう」
「あ、あれは……。カイル様は、その……怖いですけど、僕みたいな落ちこぼれも気にかけてくださっていて。あの日以降は、まるで“汚染者”を見るような目で避けられていますが……」
(あー、カイル。相変わらず極端ね)
「ねえクラウス。私、カイルと少しだけ話したいの」
「……え?」
空気が凍り、クラウスが"この世の終わり"を見るような目で私を見た。
「いや、その顔やめて?私だって正面から行っても無理なのは分かってるわ。でも、どうしても伝えたいことがあるの」
「で、ですが……カイル様、リリアーナ様のことをかなり……」
「嫌ってるわよね」
「……はい」
私は小さく肩を落とす。
「本当に少しだけでいいの」
クラウスは困ったように視線を彷徨わせ、しばらく迷ってから小さく口を開いた。
「……それなら。放課後、訓練場でカイル様が自主訓練をされています。遅い時間なら、人も少ないですから二人きりでお話することも可能かと……」
◇
日暮れ前。訓練場。
西の空が橙色に染まり始めた時間帯。他の生徒たちが夕食に向かう中、人気の少ない訓練場でカイルが木剣を振るっていた。乾いた音が響く。
「カイル」
彼は私を一瞥すると、露骨に眉をひそめた。
「……なぜ貴様がここにいる。クラウスに吐かせたのか」
「人聞きの悪い。お話したいことがあるだけですわ」
「何の用だ。今の俺は、お前に会った時点で不機嫌だ。話をしたらさらに悪化しそうだ」
カイルがぐいっと身を乗り出し、私に圧をかける。条件反射で、身がすくんだ。
しかしここで気圧されてはいけない。私は姿勢を正し、真っ直ぐに彼の目を見た。
「少しだけ、“これから起きること”の話を」
「は?」
「私、少しだけ“見える”んですの」
沈黙。
「……何がだ」
「未来が」
「くだらん」
はい終了。速攻である。
(早い早い早い!予言者ギミック、一秒で却下されたわ!)
「待ってくださいな!話くらいは聞いてくださってもいいでしょう?」
「お前が善意で動くとは思えん。何を画策している?」
「偏見が強い!」
「事実だ」
ぐうの音も出ない。私は一瞬だけ言葉に詰まり――そして、思い切ってゲームの知識を開示した。
「……明日の二限後。資料室前で、盗難騒ぎが起きます」
カイルの木剣を握る手が、ぴたりと止まった。
「盗まれるのは魔導科の研究資料。犯人に仕立て上げられるのは、指導対象の生徒。でも、本当は違う。犯人は、他にいます」
「…………」
「信じろとは言わないわ。でも、一度だけ確認してみてほしいの。もし何も起きなければ、私は二度と貴方に近づかない」
風が吹き抜け、カイルはしばらく私を射抜くように見ていた。疑い、測り、そして最後に吐き捨てる。
「……馬鹿馬鹿しい。だが、もし嘘だった場合。次はないと思え。公爵家だろうが叩き斬って学園を去る覚悟はある」
「……ええ。それで構いませんわ」
私は微笑んだ。これでイベントのフラグは立った。解決するのは正義感の塊であるカイル。私はただの"匿名希望の情報提供者"。
その瞬間、カイルの眉間の皺がさらに深くなった。
彼は私の笑みを、“何か恐ろしい罠が完成した合図”とでも受け取ったのか、ひどく嫌そうな顔で目を逸らした。
(あれ?なんで?ちゃんと物分かりの良い令嬢として協力したのに、なんでさらに不機嫌そうなの?)
不審に思いつつも、私は優雅に一礼して訓練場を後にした。
――明日の二限後。氷薔薇学園、最初の"事件"が起こる。




