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第16話 強くて正しい騎士見習い③

 問題は。


(どうやって話を聞かせるか、なのよね)


 私は廊下を歩きながら、小さくため息を吐いた。

 カイル・レイナード。彼は基本的に、私の話を聞かない。正確には、“最初から疑っている”。だから会話にならないのだ。


 私が「おはようございます」と言えば、『何を企んでいる』。

 私が「今日は良い天気ですわね」と言えば、『話を逸らすな』。


(会話難易度高すぎない?)


「……あ」


 その時、廊下の先に見覚えのある姿を見つけた。クラウス・ベルトン。相変わらず少しおどおどしながら、周囲の貴族生徒たちから距離を取るように歩いていた。


「クラウス」


「ひゃっ!?」


 すごい悲鳴。周囲の生徒が何事かとこちらを振り返る。


「そ、そんなに驚かなくても……」


「す、すみません!指導対象リストの僕にリリアーナ様が声をかけるなんて、何か恐ろしいことが始まるのかと……!」


(条件反射で絶望されるの、地味にくるわね)


「別に聞きたいことがあるだけよ。……あなた、カイルとよく話しているの?この前、あなたを庇っていたでしょう」


「あ、あれは……。カイル様は、その……怖いですけど、僕みたいな落ちこぼれも気にかけてくださっていて。あの日以降は、まるで“汚染者”を見るような目で避けられていますが……」


(あー、カイル。相変わらず極端ね)


「ねえクラウス。私、カイルと少しだけ話したいの」


「……え?」


 空気が凍り、クラウスが"この世の終わり"を見るような目で私を見た。


「いや、その顔やめて?私だって正面から行っても無理なのは分かってるわ。でも、どうしても伝えたいことがあるの」


「で、ですが……カイル様、リリアーナ様のことをかなり……」


「嫌ってるわよね」


「……はい」


 私は小さく肩を落とす。


「本当に少しだけでいいの」


 クラウスは困ったように視線を彷徨わせ、しばらく迷ってから小さく口を開いた。


「……それなら。放課後、訓練場でカイル様が自主訓練をされています。遅い時間なら、人も少ないですから二人きりでお話することも可能かと……」



 日暮れ前。訓練場。


 西の空が橙色に染まり始めた時間帯。他の生徒たちが夕食に向かう中、人気の少ない訓練場でカイルが木剣を振るっていた。乾いた音が響く。


「カイル」


 彼は私を一瞥すると、露骨に眉をひそめた。


「……なぜ貴様がここにいる。クラウスに吐かせたのか」


「人聞きの悪い。お話したいことがあるだけですわ」


「何の用だ。今の俺は、お前に会った時点で不機嫌だ。話をしたらさらに悪化しそうだ」


 カイルがぐいっと身を乗り出し、私に圧をかける。条件反射で、身がすくんだ。

 しかしここで気圧されてはいけない。私は姿勢を正し、真っ直ぐに彼の目を見た。


「少しだけ、“これから起きること”の話を」


「は?」


「私、少しだけ“見える”んですの」


 沈黙。


「……何がだ」


「未来が」


「くだらん」


 はい終了。速攻である。


(早い早い早い!予言者ギミック、一秒で却下されたわ!)


「待ってくださいな!話くらいは聞いてくださってもいいでしょう?」


「お前が善意で動くとは思えん。何を画策している?」


「偏見が強い!」


「事実だ」


 ぐうの音も出ない。私は一瞬だけ言葉に詰まり――そして、思い切ってゲームの知識を開示した。


「……明日の二限後。資料室前で、盗難騒ぎが起きます」


 カイルの木剣を握る手が、ぴたりと止まった。


「盗まれるのは魔導科の研究資料。犯人に仕立て上げられるのは、指導対象の生徒。でも、本当は違う。犯人は、他にいます」


「…………」


「信じろとは言わないわ。でも、一度だけ確認してみてほしいの。もし何も起きなければ、私は二度と貴方に近づかない」


 風が吹き抜け、カイルはしばらく私を射抜くように見ていた。疑い、測り、そして最後に吐き捨てる。


「……馬鹿馬鹿しい。だが、もし嘘だった場合。次はないと思え。公爵家だろうが叩き斬って学園を去る覚悟はある」


「……ええ。それで構いませんわ」


 私は微笑んだ。これでイベントのフラグは立った。解決するのは正義感の塊であるカイル。私はただの"匿名希望の情報提供者"。


 その瞬間、カイルの眉間の皺がさらに深くなった。


 彼は私の笑みを、“何か恐ろしい罠が完成した合図”とでも受け取ったのか、ひどく嫌そうな顔で目を逸らした。


(あれ?なんで?ちゃんと物分かりの良い令嬢として協力したのに、なんでさらに不機嫌そうなの?)


 不審に思いつつも、私は優雅に一礼して訓練場を後にした。


 ――明日の二限後。氷薔薇学園、最初の"事件"が起こる。

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